第四幕 将軍家護衛募集中

 市ヶ谷侍塾は、153年の歴史を持つ名門校だ。そんな学校のチャイムは、文明開化期の学校に取り付けられたチャイムの音色。イギリスのビッグベンの音色とは違う。ここのチャイムは、御筝の音色。とてもおしゃれなチャイムのようだが、かかる曲は、メダカの学校。学生や近隣住民の間では、チャイムが可愛いと評判なのである。



 そんな可愛いチャイムが鳴る中、1人の女子生徒が学校のキャンパスの1つである侍塾キャンパス3号館の中を歩く。このキャンパスは、他の所とは違いとても美しい和風の庭園があったり、食堂の他にお昼時のみ現れる屋台が立ち並ぶ。



 この学校の昼食は、他の一般の学校とは少し違い、お昼時になると屋台が廊下のあちこちに立ち並ぶ。屋台の種類は蕎麦、うどん、天ぷら、おでん、寿司など……とにかく和食が数多く揃えられている。だが、屋台はこんな感じだが当然、洋食も存在する。学生達が集まる食堂には、カレーやハンバーグなどの洋食も揃えられている。




 そして、食堂とは別にお茶を飲む場所。それから、3号館で最も突出すべき点は、日本庭園が存在している事だ。庭園には、貴族の庭のように川が流れており、そこを渡れる船。そして橋までかかっている。また、水と花と木だけかと思えば、庭の所々に岩が置かれ、更にその後ろの方には緑の自然や川を囲むように白砂の真っ白い景色が見えていて、まるで様々な庭園の特徴を一つに混ぜたかのような、美しい+美しい=美しいという式を成り立たせている綺麗な空間だった。




 この庭園は、国内の中でもかなり評価された美しい庭園で……ビルが立ち並ぶ江戸の都会っぷりを全く感じさせないそこだけ異世界のような空間がとても人気で……夏になると観光スポットとしても特別解放されている不思議な場所でもある。四季折々の花や葉を感じられ、春は桜、夏は蒼い葉、秋は紅葉、冬は裸の木々……。一応モデルになった庭園もあるようで、それが江戸の駒込にある六義園とのこと……。



 そんな所に、1人の女子生徒と1人の男子生徒がいた。女子生徒の方は、綺麗な黒髪と花飾りが特徴的な少女──徳川家の次期当主候補とも呼ばれている松平泉。男子生徒の方は、長い黒髪を後ろで結んだ和服を着た侍のような見た目をした少年──風上蒼汰。2人は、春の桜が舞う庭園の景色を眺めながら、お茶屋で買った温かい緑茶を飲んで落ち着いていた。



「……どう? ここの景色は?」



「綺麗だなぁ……っす。って、そうじゃなくて……!」



 風上は、何かを思い出したかのような顔で泉に問いかけようとする。だが、それよりも早く泉は、風上の抱いている疑問に答えるべく話し出した。




「……私のものになりなさいと言った事の意味かしら?」



「……うっ、ああ……す」



 風上は、とても緊張していたがそれに対して泉は逆に物凄く落ち着いた様子で笑ってみせた。そして、彼女はあらかた笑った後に告げるのだった。



「別に、何か含みがあったわけじゃないわよ。ただ、少し貴方に私のボディガードをやって欲しいって思っただけよ」




「……ボディガード? 誰から守るんだ……です」



「……無理して敬語なんて使おうとしなくて良いわ。いつも友達とかに話しかける時みたいな感じで全然いいわよ」



 泉は、案外平然とそんな事をいう。その態度や様子に風上蒼汰は、少し違和感のようなものを感じた。



「……なぜ? ……です。貴方は、次期将軍候補だったはずだ……です」



 風上蒼汰の言った事は、さっきチンピラの男が言っていた通りの事。それ以外の彼女の事なんて知らない。だから、別に特に思う事もなく何となくでそんな事を言ったわけだが……どうやら、それが泉の勘に触ったらしい。彼女は、突然機嫌の悪い様子で蒼汰の事を睨みつけてきた。



「……その言葉、私の前で使う事はこれから二度としないで」



「……?」



 蒼汰には、泉がどうして怒っているのか? それがいまいちよく分からなかった。彼にとって泉が将軍候補である事は事実であるはずだし、そこを怒られても蒼汰には、どうしようもできなかった。


 しかし、そんなも知らない蒼汰の事を察した泉はすぐに咳払いして自分の気持ちを切り替えて、喋り出す。



「……とにかく、そう言う事」



「……わっ、わかった。……です」



 風上蒼汰は、なぜか分からないが少し気まずさを覚えた。どうしてだか機嫌の悪い泉の姿に彼は、頭の横をぽりぽりかいたりしてこの僅かな時間を何とかやりくりした。すると、泉の方から再び話しかけられる。



「……本題に入るけど、貴方をどうしてボディーガードに選んだのかについてだったわね?」


「……」



 蒼汰は、無言のままコクリと頷き、一瞬だけ泉と目を合わせる。すると、泉は庭園の景色を眺めながら彼に話し始める。




「……私は、将軍候補です」



「……いや、さっき聞いたし。自分でそれ、嫌だって言ってたじゃないか」



 泉が少しムッとした顔で蒼汰の事を不機嫌そうな顔で見つめた後、彼女は一口だけお茶を飲んで心を落ち着かせた後にもう一度改めて話し始める。



「……ですので、私は結構色々な所で狙われやすいのです」



「……はぁ」



 ――まぁ、確かにそうだな。次期将軍候補ともあろう御方が、こんな堂々と外出なんてしていたら、誰かから狙われる事だってあるだろう。しかも、この子は……女の子だ。人さらいだとか、痴漢だとか、不審者だって現れるかもしれない危険性は……充分にある。いや、だがしかし……。



「……それなら、そもそもなんだが……学校に通うのではなく、家庭教師を雇うとかにした方が良かったんじゃないか? その方が安全だと思うし……」



 しかし、蒼汰のこの疑問はすぐに解消される。泉は、サラっと告げるのだった。




「……それは、できません。父上と母上は、私に社会勉強をさせるためにわざわざ学校を受験させてくれました。私も……一度、学校という所に自分の足で来てみたかった。だから、学校には執事もボディーガードも最低限の人しか置いてません。まぁ、置きすぎると……他の生徒さんの迷惑にもなりますしね。そう言った理由から私は……今、普通の学生としてこの学校に無事、入る事ができました。ところが……」




 泉が、突然和服型制服の胸元の中に手を突っこみだして、内側から何かのファイルを取り出す。



「……!」


 彼女がそうやって、何かの書類を取り出す時、蒼汰の目の中に……ほんの若干だが……泉の下着のような……黒い何かが見えた気がして、彼はすぐに恥ずかしくなって、庭園の景色を見て泉が書類を取り出してモタモタしている間の時間を潰す事にした。



 少しすると、彼女は取り出した書類を広げて、蒼汰に見せてきた。



「……ついこの前、入学式が始まる数日前に……私の前住んでいた二条城のある場所に、1つの矢が突き刺さっておりました。そこには……このような事が書かれていたのです」




 蒼汰に見せられたその書類には、このような事が書かれてあった。




 ──松平泉殿、今回の市ヶ谷侍塾へのご入学おめでとう御座います。ご入学祝いに貴方様の首を頂戴いたそうと考えております。市ヶ谷の地で待っております。





 蒼汰が、この文章を読み終えて最初に抱いた感想は、おかしな文章だなという事。違和感を覚えたのだ。



 ──脅迫状なのに……どうしてこんなにも礼儀正しいのか? もっとストレートに”お前を殺す”くらいでもいいはずなのに……。




 すると、そんな疑問を感じていた蒼汰に対して泉はこう答えた。



「……こういった事から学園内で護衛をしてくれる人を1人探していた。そして、風上蒼汰くん。君のさっきの剣技を見て……私は確信した。君ならきっと私の護衛をこなしてくれる。いざという時、きっと力になってくれるはずだ」





 ――と、言われても……。



 蒼汰は、泉の頼みごとに対してかなり真剣に考えこむ。蒼汰には、蒼汰なりにやらなければならない事があった。それは、この学校で優秀な成績を収める事。そして……ある重要な役職に就く事でもあった。




 それを果たすためには……この学園で死に物狂いで勉強して強くならなければならない。






 ――いくら、将軍家の人からのお願いとはいえ……今回は、断るしか……。これは、俺の為でもある。そして……翠のためでも……。





 彼の脳裏に中学生くらいの瘦せ細っていて肌も白い女性の姿が浮かんでくる。そして、この後に彼はぎゅっと目を瞑り、泉の問いかけに答えた。






「……申し訳ない。俺は、どうしても成し遂げたい事が他にある。だから……貴方の頼みごとには……了承できない。すまない……」




 真剣な表情のまま彼がそう言うと……泉は黙り出す。そして、彼女はしばらくしてから口を開いた。






「……そうですか。分かりました……」



 2人は、それからしばらくの間何も喋る事なく庭園の景色を眺めるのだった……。

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