第三幕 無明剣一閃
「かざかみぃ? なぁんだぁ? 聞いたこともねぇ苗字だなぁ」
チンピラの1人が頭を傾げながらそんな事を言う。隣に立っていた女子生徒も、男の名前に全く聞き覚えのない様子でキョトンとしていた。
チンピラは、再び小馬鹿にした態度で男を煽るような事を言う。
「……そんな名前の侍が、この世にいたかぁ? テメェ、もしかしてかなり下級の武士だろ! 下級すぎて最早、歴史の端にも見かけないカッスい武士もどきがよぉ! そんなのが、俺達に敵うわけ……」
「……さて、それはどうかな?」
「……あぁ?」
その瞬間、チンピラが息を吸い込んだ途端に男の手に持っていた鞘に収まった刀が勢いよくチンピラの腹部に向かって衝突しにかかっていた。
──なっ!? コイツ、早い!?
チンピラは、すぐに躱そうとするが、しかし……鞘に収まった刀は、相手の動きを待ってくれるはずもなく、瞬く間にチンピラの腹部に3度の突きが炸裂する。
「……ぶぐぅ!」
その強烈な攻撃に腹部を抑えて苦しそうに藻掻きだすチンピラの1人。そして、そんな彼の事を心配そうに見つめる他の仲間のチンピラ達。
「……てっ、テメェ! 今何を!?」
そんな発言に男……風上蒼汰は、真剣な瞳でチンピラ達を見つめたまま何も言わないでいた。
すると、そんな彼の剣さばきを見ていた女子生徒が、口を開く。
「……無明剣。江戸混乱期、新選組一番隊隊長沖田総司が使ったとされる神速の剣。本来の侍の剣である”斬る事”よりも”突く事”に特化した刀で……体の全体重を足腰に集中させて放つ一撃は、必殺の一撃と言われているわ」
チンピラは、女子生徒の丁寧な解説を聞いて、どんどん青ざめて行く……。しかし、女子生徒はそのまま解説を続ける。
「……本来の侍が使う斬る剣よりも殺傷力が高く、スピードも速い事から江戸混乱期最強の剣と呼ぶ学者もいるくらい強力な剣で沖田総司以外の他の新選組のメンバーも”突く剣”を使用したと言われているわ。しかも、今回放ったあの技……一度の攻撃で合計3度の超高速連続の突き技。あんな綺麗な無明剣を放てる者が現代にもまだ生きているだなんて……いや、それはもしかしたら……」
少女の言葉に恐れる不良生徒2人。そして、苦しそうにいつまでも腹を抑えているだけのもう1人のチンピラ。彼らの事を今にも殺してしまいそうな瞳で見つめる風上蒼汰は、そのまま鞘に収まったままの刀を構えて、低い声で告げる。
「……なるほど。やはり、実践となると今までと違うな。いや、鞘に収まった状態で放ったからかな? ギリギリ急所は、外れてしまったが……まぁ、良い。後、2発も練習できるんだ。……覚悟しろ」
「……ヒッ!」
完全に恐怖に怯えた声を上げるチンピラ達。しかし、そんな様子を見ていても風上蒼汰は、全く攻撃をやめようとしない。それどころか、本当に今すぐ殺しにかかって来そうな鋭い殺気を放ち続けている。
「……たっ、たす! たすけてぇぇぇぇぇぇ!」
「……命乞いとは、上級武士も落ちたものですね……」
そして、風上蒼汰が2発目の無明剣を撃とうとしたその時だった。突如、彼の目の前にさっきまでチンピラに絡まれて嫌そうにしていたはずの女子生徒の姿が現れて、風上に告げる。
「……そこまで!」
風上も女子生徒のその言葉を聞くや否や集中力が切れてしまったのか、鞘に収まったままの刀を下ろして、構える事をやめてしまう。彼は、突然目の前に現れた女子生徒の事をキョトンと見つめる。
「……へ?」
「……これ以上彼らを痛めつける事は許しません! 彼らは、私にとってとても大切な物達です」
「……ん? だが、さっきまでコイツらに腕を引っ張られたりして、すごく迷惑そうにしていて……」
「……そりゃあ、誰だってあんな強引にされたら本能的に嫌がるものです」
「……え? ちょっと待ってくれ。アンタとそのチンピラ達の関係はなんだ?」
すると、風上のその一言に怯えていたチンピラの1人が異性よく立ち上がって怒鳴り出す。
「……アンタとは何様だ! 下級武士の分際で! この御方を誰と心得るか!」
「……え? いや、誰ってこの学校に入学してきた同級生の……」
その一言にチンピラは、もう我慢ならないと言った様子で立ち上がって威勢よく告げた。
「……ええい! 無礼者! 貴様ァ! 下級武士の生まれでしかもニュースも見ぬうつけかぁ!」
「……はっ、はぁ!? ちょっと待て! テメェらにそこまで言われる筋合いなんかねぇ!」
「……黙らんか! ニュースやネット記事も読まぬ無知な貴様に……教えてやろう! こちらにおわす御方こそ、恐れ多くも先の日本国を長年統治する大将軍閣下様こと、19代目
右のチンピラがそう言うと今度は左に立っていたチンピラが口を開く。
「……一同、若様の御前である……頭が高いッ! 控えおろう!」
「……はっ!? はぇ! はっ、ははぁ!」
──そんなに偉い人だったなんて……この数十年、ずっと修行の日々だったからニュースとか見てる余裕なんてなかった……!
風上が慌てて膝をついてよく分からない感じにぐちゃぐちゃな礼をすると、そんな彼の姿を見た松平泉は、男にこう尋ねる。
「……顔を上げて。別にいい。全く気にしてなどいないわ。それより、貴方の名前を……もう一度ちゃんと聞きたいのだけれど、良いかしら?」
「……あっ、はっ、はぁ。俺は、江戸の端。多摩の地からやって来ました。風上蒼汰と申します」
「……ふむ。風上……やはり聞いた事のない名前ね。どうして貴方が無明剣を? その剣は、新撰組かその関係者にしか再現する事の出来ないとんでもない剣よ。それを貴方が……」
松平泉は、言いかけてその先を言う事をやめた。
──さっき見た無明剣のクオリティ。あれは、間違いなく……私が文献で見た沖田総司の剣そのものだった。
そんな言葉を言わずに少し間を置いてから彼女は、尋ねた。
「……貴方、一体何者?」
その一言に風上は、答える。
「俺の家は、実はその……」
しかし、そう言いかけた所で泉の隣に立つチンピラみたいな男に言われる。
「……貴様! さっきから聞いていれば、俺だなんだと……下級武士が泉様の前で喋る時は、もっと敬語を使ってだな……」
だが、そんなチンピラに対して泉は、冷静に表情一つ変える事なく告げた。
「……三助!」
すると、名前を呼ばれたチンピラはビクッと体を震わせてオドオドした様子で泉の方を振り向く。
「うるさい」
「……はっ、はみ」
三助と呼ばれた左側に立っていたチンピラは、大人しく返事を返すとそこから喋るのを辞める。蒼汰は、そんな様子を見て流石、将軍候補だぁと思っていると泉に話しかけられる。
「……すまぬ。気にしなくて良い。続けてくれ」
「……はっ、はぁ。では……俺の家は、苗字こそ風上となっていますが、そのルーツを辿れば、新撰組一番隊隊長沖田総司へ通じます」
何!? と驚いた様子の泉。彼女は、とても衝撃的な顔を浮かべたままその後も蒼汰の説明を聞く事にした。
「……俺たち一族は、先の維新政府軍との戦いの前に病死したと言い伝えられている幕末の英雄……沖田総司が若いうちに完成させた幕政混乱期最強の剣……無明剣をその後の長い歴史の中で完成させていった影の一族だ。……です。ご先祖様は、死ぬ前に……京都で出会った女性との間に隠し子を設け……その子孫達が無明剣をより発展させていき、そして今に至るわけだ。……です」
「……ほぉ。なるほど」
泉は、目を見開いて驚いた様子。とても興味深そうに聞いていた。どうやら、この事は徳川幕府も知らない事だったようで、蒼汰も泉の様子を見て少し意外に思っていた。
そして、しばらくすると……泉は顎に手を置いてふむふむと納得した様子で1人で頷き始める。
それから蒼汰の事をチラッと見て、彼女はふふんと何かを企むような顔になって告げるのだった。
「……なるほど。とても興味深い話だった。聞かせてくれてありがとう」
「……いや、良いんだ。……です」
「……ふむ。ところで、風上くん? 風上どの?」
「蒼汰で良い」
「……では、蒼汰」
「なんだ?」
「……貴方、私のモノになりなさい」
「……はぁ、生憎と私は忙しく……ん?」
「……聞こえなかった? 私のモノになりなさいと言ったの」
「ん?」
「あら? 貴方ってもしかして耳悪いの? それなら、もう一度言うわね。私のモノに……」
「……いっ、いや! もう良い! 分かった! 分かったけど……え? えぇ?!?」
「あら? 分かってくれた? それじゃあ、これからよろしくね」
「は? いや、ちょっと待て! それって!」
「……さぁ行くわよ」
「……って、違う! そうじゃない!」
かくして、2人の侍見習いが出会う事となり、この物語は幕を開ける事となったのでありました。
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