20. 出るまで粘る

 


 「ギャア!ギャア!ギャア!」

 「黙れっちゃ!」

 「グガ、ァ…」

 〝おはよう…寝起きにこれはうるさい〟

 〝おはー。今日の10階はミニラプトルかぁ〟

 〝おははー。ジャングルになってーら〟

 「遮音結界でも足しゃあよかったな…くっそ眠い」

 〝寝足りないけど寝るのはよくないんだっけ〟

 〝体内時計が狂うって聞いたことあるねぇ〟

 〝フィールドタイプは外と日の出とか一緒だからまだマシ〟

 〝体内時計の有無はいまだに議論されてるなぁ〟


 あー、ねむ…いつも起きる時間より10分早いわ…あのクソトカゲが…


 〝おはよー。寝起き悪いね?〟

 〝朝っぱらからミニラプトルの目覚まし〟

 〝察した〟

 〝あのトカゲはね…騒音レベル高いよね…〟


 とりあえず朝飯作って食って、そしたらクソトカゲ狩りしよ…ほしい素材ないけど肝取って乾燥しときゃ納品できるし。薬に使えるんよな、あれ。

 朝飯は…久しぶりにガスコンロ出そ。メスティン入れっぱやったはずやし、それで米炊いて肉焼きゃええやろ。濃い味付けのやつ食いたいけえ、なんかそれっぽいの…ああ、すき焼きの割下入れっぱやったわ…これでええか。




 〝おはよう。朝っぱらからがっつりいくね?〟

 〝これはすき焼き丼になるのか…〟

 〝市販のすき焼きのタレ、汎用性高いよね〟

 〝肉じゃがにも使えるよね〟

 〝腹減った。ギルドで飯食ってこよ…〟

 〝いってらー〟

 〝いってらっしゃーい〟


 スパークレックスの肩肉のすき焼き、ありやな…米とよぉ合うわ。卵がありゃあよかったんやけど、まあ贅沢は言わん。今度は入れ忘れんようにしよ。


 〝よくメスティンで米炊けるなぁ、っていつも思ってる〟

 「米どんくらい、水どんくらい、ってのは、まあ感覚で覚えたな。最初は測っとったんやけど、めんどくさぁなってなぁ…まあでも、どんくらいっての覚えたら、あとは水に漬け置きしてそんまま火ぃかけるだけや。火加減も慣れや、慣れ」

 〝鍋で炊く米とか美味いよなぁ〟

 〝炊飯器のも悪くはないけど、鍋炊きとかに比べちゃうとねぇ〟

 〝お高い炊飯器だと、鍋で炊いたのと変わらないうまさだけどな〟

 〝ファブリケーターのは…うん。お察しください〟

 〝不味くはないけどね…なんか、ジャポニカ米の新米が、インディカ米の古米になったような違和感がある〟

 〝水と米の量は指の関節のどのあたり、って覚える人もいるよね〟

 〝火加減は、はじめちょろちょろ中ぱっぱだっけ〟

 〝赤子泣いても蓋取るな?〟

 〝大昔からあるやつだな。昔の資料サルベージしてると、こういう童歌的なの出てきて面白い〟

 〝ほへー〟


 昔の知識は役に立たんとかうて、昔の学者とか偉人とかを見下しよる連中おったなぁ、そういや。アルストロメルディア人になんかいろいろ論破されてから消えたけど。

 …温故知新。ええ言葉よなぁ。

 あ、ついつい米より先に肉全部食ってもうた…また切らんと。






 「あかん。1階まで登ってきたけどおらん」

 〝ポイズンラプターいないねぇ〟

 〝それっぽいのは10階のミニラプトルくらいかぁ〟

 〝使えそうなのはいた?〟

 「おらん…そもそも食えるやつがおらん…」

 〝害鳥が食えりゃあなぁ〟

 〝不味くて無理〟

 〝アラスタじゃあ珍しい虫系いたね、そういえば〟

 〝いたね、烏さんの突風でぶっ飛ばされた蛾が〟

 〝蛾にしては見た目綺麗なんだけどね…〟

 〝幻覚作用のある毒鱗粉はご遠慮願いますわ…〟

 「あれの幼虫は食えるらしいで」

 〝うげ〟

 〝あ、聞いたことある。なんかカマンベールチーズの味がするらしい〟

 〝うわぁ…〟

 〝世界が食糧難に晒されようと、虫だけは無理…〟

 〝見た目がどうにかなりゃあなぁ…あと食感?〟

 「せやなぁ…そこらも一時期りくが研究しとったけど、まあ…「見た目ハどうにもならナイ!」って諦めとったわ」

 〝そっかー〟

 〝一時期昆虫食の見た目どうにかしようとしてミキサーにかけたことあるけど…逆に、なんかこう、アレだよアレ〟

 〝入ってないことを知らなければ平気、知ってるとちょっと…なやつか〟

 〝そう、そんな感じ〟


 虫…出汁…うん、ない。

 他…他なぁ…サルばっかやったんよなぁ…ガラには使えんなぁ…











 「はい、5日目でーす」

 〝わこつー。今日こそはポイズンラプター出るといいなぁ〟

 〝わこわこ。お仲間のパラライズラプターは出たけどね〟

 「あれもあれで試し甲斐あるでー」


 パラライズのほうが肉の味濃いし、ガラも違うと思うんよな。

 もうこれでも、と思ったんやけど、初志貫徹って大事やし?ポイズンのほうがええかもしれんし?

 うちはもう!出るまで!粘りたい!

 でも畑がなー。あん時1週間って言うてもうとるけんなー。


 「とりあえず今日の1階は雪原で雪花始祖鳥」

 〝害鳥だー〟

 〝環境はどんぴしゃなのになぁ〟

 〝お前じゃない〟

 〝雪花始祖鳥の羽根を使った保冷バッグ…〟

 「お嬢んとこで売ってへん?容量そんなないし、お値段お高めやけど」

 〝えーっと、ひめのひめの…あ、うん。保冷バッグにしちゃ高いね…〟

 〝100ドルかぁ〟

 〝でもデザインいいなぁ。シンプルだけど色合いがかっこいいウエストポーチ〟

 〝今のレートだと1万円台か…さすがにちょっと…〟

 「たしか昨日、お嬢からこれの羽根ほしいって言われとったな…狩るかぁ」

 〝探索者が探索者に依頼を出すという珍しい状況〟

 〝女帝は探索者の前に社長やってるからね…〟

 〝社長なのに現場に出てる人〟

 〝HIMENOは少人数体制らしいからなぁ〟


 そうなんよな。あそこ、社員50人もおらんとちゃうか?事務さん込みで。

 そのうち魔法技術者が20人くらいやったか。その人数で回しよるって、大昔の下町のメーカーみたいやな。

 まあ、老舗っちゃあ老舗になる、んかなぁ?親会社が23世紀からあるし。お嬢が会社作ったんって、たしか35世紀あたりやったはずやし。


 「そんじゃあ今日のお試し、ダウンバースト!」

 〝うわぁ〟

 〝魔法でできんのかよそれぇ…〟

 〝潰れてない?大丈夫?〟

 〝血で汚れても洗えばおっけー!〟

 〝その前に凍りそう〟

 〝凍った血をぺりぺり剥げばいいな〟


 …思ったより勢い強ぉなって、何体か潰れたわ。まあでも羽根は確保したし、なんかめっちゃ綺麗な尾羽も取れたし、セーフセーフ…たぶん。


 〝解体も大変だよなぁ、数多いし〟

 〝ちーちゃん分裂できるからいいけど、まだ分裂できない子だと血抜きも大変〟

 〝1羽ずつだもんな〟

 〝羽根きれいだよなぁ…でもやってくることがなぁ…〟

 〝集団でやられるともはやぜったいれいどなんよ〟

 〝凍る。凍った〟

 〝一撃必殺ぅ…〟

 「かがやくいきの予兆あるけん、それ見極めりゃあ楽やで」

 〝あー、一瞬体が光るんだっけ〟

 〝吹雪の中だと見極めらんないです〟

 〝ゴーグルつけよ?目の保護大事〟

 〝やっぱあったほうがいいですかね?前のやつ壊れてから、なくてもいいやってなって着けなくなったんですよね…〟

 〝あったほうが依頼失敗は減る。少なくとも視界不良による行動の遅れはなくなる〟

 〝新しいの探して買ってきます〟

 〝買ってらー〟

 「軍やと布ゴーグル支給やけど、探索者はその手の支給品ないよな」

 〝合う合わないあるしねぇ〟

 〝布ゴーグル、動いてるうちに取れちゃう〟

 〝巻き方次第で変わるよ〟

 〝ほう?調べて試してみよう〟

 〝ギルドは住むとこ探してくれるだけで助かる〟

 〝それな。ギルドの仮宿とかも空いてたら借りれるし〟

 〝ギルド創設者に不動産屋さんいたんだっけ〟

 〝そんな話を聞くねぇ〟

 「年寄りの道楽がどうこう言いよったな、あのじーさん」

 〝あ、そっか。烏さんはギルドできたころにはいたんだっけ〟

 「おったけど、当時は軍との橋渡ししよったくらいやなぁ…まだ軍属やったし、戦後の後始末あったしで…」


 好々爺っちゅー言葉がよぉ似合うじーさんやで。やることやったら満足した言うて死んで…今は情報生命体として第二の人生歩んどるわ。なんか知らんけど月1で将棋やったり麻雀やったり遊んどる。


 〝こないだしれっとアンドロイド機体使って西部にいたよ〟

 〝ギルド関係者だから制限関係ないのか、そういえば〟

 〝あれ、制限って探索者だけじゃなかった?〟

 〝そうだっけ?〟

 「そういやこっち来とる言うとったなぁ。肉食いたいとかなんとか」

 〝味がわかるアンドロイド機体って高いんじゃなかったっけ?〟

 〝それなり?結界発生装置より安かったと思う〟

 〝あ、そんなもんなのか〟

 〝高いのは軍用。数億ドルしたはず〟

 〝ひえっ〟


 おし。解体終わりー。言うて羽根毟っただけやけど。

 肉は燃して放置。そのうち雪に埋もれるやろ。






※パラライズラプター(英語圏ではParalyze Velociraptor):ポイズンラプターの亜種。麻痺毒を使う。ポイズンラプターより毒は弱いが、痺れて動けないうちに噛みつき、蹴り上げなどの攻撃をくらうと致命傷になる。基本10体前後の群れで活動しているが、稀に1体だけでいるときがある。はぐれラプターとも呼ばれるその個体は、群れている個体より凶暴で食欲旺盛。毒入り餌でも食べてしまうほど。やや癖のある鶏に似た肉は、焼酎に合うと酒飲みに人気。討伐推奨ランクはA。

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