二十九話 始動/食事

戦い…否、神崎の必死の抵抗は虚しく、30分程で終わりを迎えた。


「…もう少し時間を稼げると思ったんですが…やっぱり、今の僕ではこれが限界ですかね。」


体の自由がきかずに、神崎は後ろにある木にもたれかかる。『非人』がゆっくりと向かってきていた。


「えへ、へへ、へ、やっとと、と動かなくなって裏切り者の始末の、の時間だよっ、う、うれしいな♪」

「……。」


『転移魔法』が使える回数は残り2回。『透過能力』はこの状態では使えない。


(…たとえ使えても、その場合…僕は確実に死ぬんですけどね。)


——『透過能力』。あえて谷口には言っていなかったがこれにはあるリスクが存在する。


(使う度に世界から僕の形跡が消えていき…最終的には、元々いなかった者として扱われ消滅する。)


かつての僕の場合、まだ余裕があったから考えなかった…しかし、今の僕はそうではない。


(残滓ですからね…今の僕は。)


情報収集の為とはいえ何度も『透過能力』を使用したのがまずかった。そう思いながら神崎は目を閉じた。


「…せめて、ひと思いに殺ってくれると助かります。」

「うう、うん、わ、分かったノ。バイバイ…『臆病者』。」


涙を浮かべながらそう言って神崎に手を伸ばす。


(…でもせめて別れの挨拶は…言いたかったですねぇ。)


「——っ何を諦めておるか!!!」


聞き覚えのある声で神崎は目を開けた。『非人』の後ろから真紅のドレスを着た金髪の少女…ロネが走ってくる。


「あ、あぁーー!!『女帝』…」

「すまぬ腐死よ…少々手荒にいくぞ!」


『非人』…腐死が反応しようと動く前にロネが『王剣』を出し、胴体を斬った。


「っ!?ひ、ひ、ひ、ひゃああああああ!?!?!?」


斬られた部分を両手でおさえていると体中から触手の様な物が生え始める。


「っ、今だ『臆病者』っ!」

「…分かってますよ!」


その隙に神崎はまだかろうじて動く左手で『転移魔法』を腐死に発動させ、その姿はどこかへと消えていった。それを見届けたロネは『王剣』を消した。


「初めての共闘にしては、悪くなかったです…ねぇ。」

「…っ!『臆病者』。」


ロネは急いで駆け寄る。


「…はは。僕は『臆病者』じゃなくて神崎春人…ですよ。」

「っ、今はこれを飲め…楽になるぞ。」


渡された盃をロネに介抱されながら飲んだ。


「…ありがとうございます…ロネさん。」


そう言って立ち上がったが少しふらつき、ロネに支えられる。


「無理をするな、臆病…いや、神崎よ。まだ、腐死の毒が回っている……少し休め。」

「…それも…そうですね。」


神崎はその場で座り込んだ。


「こうして二人で話すのはパーティーの一件以来…ですね。」

「…うむ、懐かしいな。」


ロネも神崎の隣に座る。


「さっきのが噂の『王剣』ですか。」

「…!そなた、知っておったのか。」

「ええ勿論。秘密裏に『剪定者』の皆さんの事は調べていましたから。」

「む、全く気づかなかったぞ…。」

「…『非人』…腐死さん、でしたっけ?彼女の事も…ある程度は分かります。何でもとある世界では『怪物』と呼ばれていたそうです。」

「そうか…それは知らなかったな。」

「『傾奇者』は…あれは、見たまんまの人達でしたしね……調べるまでもなかったです。」

「……。」

「…まあ、『雑魚』や『漂流者』だけはいくら調べても全く分かりませんでしたけどね。能力も素性も何もかもが不明でした。」


そう言って神崎はポケットから鍵を取り出してロネに渡した。


「パーティーの時に渡した箱の鍵です。その中には僕が拠点としていた場所にいつでも行ける魔道具が入っています…僕が調べた資料等もそこに全部ありますから、後は…好きに使って下さい。」

「…そなた、」

「僕みたいな姑息な仕事人よりもロネさんの様な人が『剪定者』には必要です。あなたが居なくなればこの組織そのものが破綻してしまうでしょうから。」


そう言って神崎は立ち上がった。


「それに……ロネさんにはまだ生きていて欲しいんですよ。この世界での責任は『剪定者』の裏切り者である『臆病者』の僕にお任せを…あなただって、能力の行使のし過ぎで限界が近い事くらい僕にはお見通しです。」

「ま、待てっ…」


ロネも立ち上がろうとして、酷く咳き込んだ。


「…さようなら、ロネさん。緑茶好きの僕でしたけど、あの時のあなたの淹れてくれた紅茶…とてもおいしかったです。」

「…くっ、神崎!」


ロネは咄嗟に神崎に手を伸ばしたが『転移魔法』が発動し、届かないままに消えていった。

それを見届けた後、神崎は前を向いた。


「お初にお目にかかります…とでも言った方が良いですか?『大賢者』いえ、スロゥさん。」

「……。」


そこには白い少女…スロゥがいつの間にか立っていた。


「…僕を殺しに来ましたか?確かに今が絶好のチャンスですけど。」


そう言って神崎は肩をすくませた。スロゥは瞬時に神崎の接近し、腹部に手を当てた。


「っ!?…何をっ、」


手を当てた部分に激痛が走った。手を離し、少し距離を取ってからスロゥは淡々と言った。


「…共鳴させた。」

「共鳴…?」


痛みがだんだんと消えていき、体に力が巡っていくのが分かる。


「…の髪の毛の力を流した。」

「…??」


最初の部分が聞こえずに神崎は首を傾げた。


「…契約関係だから…可能だった。」

「……すいません、もう少し分かりやすく言っていただけると助かります。」


満足したのか神崎を無視してスロゥは踵を返して消えて行った。ついため息が漏れた。


「…まあいいです。殺されないだけマシと思いましょう。」


何故かやけに体の調子が良い。今なら何だって出来そうな気すらする。


(正直、不気味ですけど…これで。)


助けにいける。そう思いながら神崎は改めて行動を開始した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


——世界の果て、『飽食亭』2階。


「…んー、ぷりんおいしー!!」


プリンを美味しそうに食べるカオスを見ながら、グラは巨大な鉈を担いだ。


「…?グラ、どこにいくのー。」

「…調味料を少し買い忘れました。カオスちゃんはここにいていいですよ。」

「いってらっしゃーい。」

「はい、少し遅くなるかもしれないので棚にあるクッキーも食べてて良いですよ。」

「やったー!!」


喜んだ声を聞きながら、グラは階段で一階に降り、食材倉庫に入る。


「…行きますか。」


グラ専用にスロゥが作った『食材搬入扉』の前に立つ。するとアナウンスが流れ始める。


【向かう異世界を指定して下さい。】


「…『異世界ザムラ』で。」


【了解…座標固定完了。扉を開けて下さい。】


グラは扉を開けて、再び『異世界ザムラ』へと向かった。



…扉を開けると、どこかの町の中にいた。急いで走っている男に声をかける。


「あの、ここって何処でしょうか?」

「ああ?ザガバの町だが…今は急いでるんだ、

邪魔すんなよ。」

「何があったのか聞いてもいいですか?」


舌打ちをしながら男は言った。


「…『アンダック城』から大量の軍勢が攻めて来たんだよ、しかも今までとは格が違うんだ。このままだと町が滅んじまう。」

「……そこに案内を頼めますか?」

「あん、お前…戦えるのか?」


グラのコック服姿を見て男は言った。


「…まあまあといった所です。」

「まあまあかよ…はぁ、いないよりはマシか…こっちだ!早く着いてこい。」


男の後についていくともう町から目と鼻の先に軍勢が迫っていた。


「…あれだ。」


グラは獣人達を観察する。


(成程、装備が並の物ではないですね。武器も良質な金属を使っているに違いな…あの鍛えられた筋肉、食べたら一体どんな味がするんでしょうかねぇ?)


——お腹が鳴る……腹が減った。


「おい、どうした。怖気付いたのか?」

「……ひ、ひひっ!アハッ。気になりますねぇ!!!」

「っ!?おいっ、どうしたんだよ!」


男の制止を無視して鉈を右手に持って、グラ…否、トニーが狂的に笑いながら、軍勢に突っ込んで行く。


「何だ、お前…っぐああぁぁーー!?」


前方にいた獣人を鉈で鎧ごと右足を斬り落とし、そのまま口に入れる。


「ワァオ。美味しいぃぃい!!!…これは中々に悪くないですよぉ?鎧も含めてねっ!!」


——迫り来る獣人の胴体を一刀両断し、溢れる内臓を落ちる前に拾い上げ食らう。


「うーん、内臓も悪くないですがぁ…んんっ、アクセントが足りませんねぇ?ですが、食えれば全て良し!!!」


そうして、トニーの食事が始まった。獣人の軍勢は阿鼻叫喚に陥る。


「っ嫌だぁ!!!」

「ヒ、ヒ、ヒャッハー!!!!!」


獣人の目を抉り、口に放り込む。


「うん…プチプチしててぇ、良いですね!!おかわり下さいなぁっ!」

「ひ、ひぎぃぃぃやぁぁあ!?!?」


軍勢がほぼ瓦解しても尚、中には勇敢に戦う者もいた。


「怯むな、相手はたったの一人だ、全方位から攻めろぉ!!」

「「うおおおおおおお!!!」」


その数時間後…


「た、隊長っ、」

「…ごくごくっ…ぷはっ、脳漿が実に美味しいですぅ。また飲みたいなぁ、ひはっ。」


隊長と呼ばれた獣人は、頭を引きちぎられ潰されて、ジュース代わりにされていた。飲みきった後は、入っていた器もしっかりと食す。


「うんうん実に、上質な食材達ですねぇ。腐る前に、食べてしまいましょうか。腐っても美味なのですがぁ。」


グラは辺りに散らばった食べ残しを血のシミ一滴も残さずに食べ切り、周辺を見渡した。


「あれぇ、確かまだ一人残っていた気がしましたがぁ。」


大軍が接近してくる音が聞こえて、後ろを振り向いた。


「撃てぇ!!」


無数の矢がトニーに襲いかかる。回避しようとしたが5、6本程体に刺さった。


「ああ…痛いですねぇ。」

「奴は手負だ!突撃ぃーー!!!」

「は、おかわりですかぁ…実に素晴らしいっ!」


鉈を握り締めた…が落とした……体が痺れる。


「おや、体が…。」

「畳み掛けるなら今だぁ!」

「麻痺の矢が効いているぞぉ!!」


無抵抗で攻撃を浴び続け、体中から血が大量に溢れいつしか、動かなくなった。


「よし、これで…」


肉塊と化したトニーを無視して、町に行こうとした時、前方に男がいた。


「……は?」


——驚くのも当然だった。


そこにはさっき殺されたコック姿の男がいたのだから……しかも、複数で口々に話しながら歩いてくる。


「あの獣人は俺がいただきますよぉ。」

「いやいや、あれは今日の晩御飯の食材ですよ。」

「あははぁ!どれも美味しそっ!!」

「ええ、目移りしていまいますねぇ。」

「ここで仕込みの準備をしますね。」

「お願いします。こっちで簡易式の竈を作りますから。」

「調理料はこっちで、っああ駄目ですよトニー!食べないで下さいっ。」

「ああ、待ちきれないですぅ。」


そうこうしている内に、野外調理場が出来上がっていた。ハッとして、獣人の一人が号令を出す。


「っ弓兵部隊撃てぇ!!」


…返事がない。後ろを振り返ると弓兵部隊がいた筈の離れた場所に大きな鍋があって、コック姿の男達が脚立を使って長い棒でかき混ぜていた。


——遠くからでもとても良い匂いがした。


「…うおぇ。」


吐き気がした。準備ができたのか、皆が獣人達を見つめる。


「ねえ、食べていいですぅ?もう、お腹が減って減って減って仕方がないんですよぉ。」

「…仕方がないですね。半分はそちらで食べていいですよ。残りはこちらで調理しますから。」

「「「いやっほーー!!!!!じゃあ、いただきます!!」」」

「こちらもトニーに全部食べられる前に調理を開始しますよ。」

「「「っ了解です!」」」


料理人と獣の様な人間が獣人の軍勢に襲いかかる。


「ぐ、最後まで戦うぞ!俺に続けぇーー!!!!」


第二攻勢部隊の隊長の号令で、獣人達は決死の戦いに挑む。


………


……



「はいどうぞ、温まりますよ。」

「…あ、ありがとな。」


辺りは活気に満ち満ちていた。町の広場ではテーブルや椅子が並べられお祭りみたく様々な料理が振る舞われ、それを皆美味しそうに食べている。


…その様子を見ながら一口食べる。


「…美味い。」

「口にあって良かったです。」

「獣人の肉って、こんなに美味しいんだな。」

「ええ、そうなんですよ!皆さんは普段から食べられていないのがちょっと勿体無いぐらいですよね?」

「…ああ、そうだな。」


あんな惨状を直に目撃したというのに、食事をする手が一向に止まらない。


「では、僕はこれで。」

「……どこかに行くのか?」

「はい。ちょっとアンダック城に用事がありまして…ではまた。」


そう言って、グラは男と別れて町の外へと行き、アンダック城へ向かって走る。


「…っうわっ!?」


少しして、上空から何者かがグラの前方に落ちてきた。


「…!エクスちゃんじゃないですか。やっぱりこの世界に来てたんですね。」

「……。」

「えっと……エクスちゃん?」


いつもと違い無表情のエクスにグラは心配していると突然、機械的な声で話し始めた。


「——警告。『アルファ大神殿』ニテ、封印が解カレマシタ。退避ヲ推奨シマス。」

「『アルファ大神殿』……?」

「——現在ノ呼称『旧大神殿』デス。」

「…あっ、アンダック城の城下町の外れにある建物ですよね?……あそこに何が…」

「——!反応増大。兵器ハコレヨリ神魔滅殺ヲ開始シマス。」

「あっ、待って下さい!」


エクスは鋼の翼を広げその場所へと飛んで行った後、エクスを追おうとして……猛烈な怖気を肌で感じ取り、足を止める。


「…う…この感じ、確かに危なそうですね。」


するとグラの周りに魔法陣が展開される。周囲には誰もいなかったがそれをした人物を察して少し笑った。


「……スロゥちゃん、馨さんの事を頼みます。

後、晩御飯には間に合わせて下さいね。」


恐らく何処かで聞いているであろう彼女にグラはそう伝えると『飽食亭』へと戻って行った。








































































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