二十八話 懐古/誤想

違う、違う、違う、違う、違う、違う……。


「…どこにいるんだろうな…厄子さん。」


襲いかかる獣人を華奢な腕や足で肉体や武具を抉り、破壊していく。


「えっと、あなたは知ってますか?」

「あ…し、知らねえって!」

「…違いますか。」


答えた獣人の顔面を右手で掴んで抉り取りながら回し蹴りで後ろから攻撃しようとした卑怯者の腹部をぶち抜き内臓を飛び散らせる。


「ぎ、がぁ……」

「ごめんなさい。今、楽にさせますから。」


顔面が抉れた獣人の首を手刀で斬り落とした。


「……部屋も全部見たけど2階には…いないのかな?3階も見に行かなくちゃ。」


誰も返事をしなくなった廊下でやまねは一人そう呟きながら、三階の階段を登って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


……ザ………ザザ…………ザザッ……ザザ…


白銀の城の中、玉座に座る人物の前で跪く。


「我が主ラスト様。この兵器に命じて下さい…神々を滅殺することを。この機を逃せばもう後がありません。悪魔が条約により煉獄に帰った今がチャンスなのです。」

「…だが、我が『◾️◾️帝国』の物資や民の食糧もこの『大戦』においてかなり枯渇している。一度ここは体制を立て直した方が…」


玉座で男が生真面目に今後の方針を考えていると、空気を読まずに隣にいる人物が元気いっぱいに発言した。


「…体制とかさ、どうでもいいじゃん!エクスちゃんがやれるって言ってるんだぜ〜王様として、やっちまえって答えた方が良いとお姉ちゃんはそう思うなぁ。」

「…◾️◾️◾️よ、一応ここは玉座の前だぞ。少しは慎みをだな…。」

「これが最後のチャンスなんでしょ。エクスちゃん?」

「…はい。ここしか無いと考えます…ラスト様……ご決断を。」


葛藤しながらも、決心したように立ち上がった。


「…このラストの名において我が兵器に命ずる………」



——声が聞こえてふと目を開けた。


「おーい、大丈夫かい?おっ、起きたか。」

「……。」


ベットから飛び起きた。アンダック城の部屋の中にいるらしい。


「いやぁ、心配したよ。『人違い』って言った途端に驚いて倒れちゃうんだから、むしろ私の方が驚いちゃったよ。」

「…ラスト、様。」


そう言って、少女は谷口に抱きついて来た。


「うわっ、硬っ!?強く抱きしめ、られると私の体が壊れちゃ、うぜ?」

「やっぱり…この特有の気配、香り…我が主様にして、私を一から創り上げたラスト様に間違いありません…あの時『主様緊急正当防衛機能』が働いて獣人達を攻撃できたのが何よりの証拠っ、」

「いや、知らな…」

「やっと……会えたっ。この時を、どれほど待ち望んでいたか…」


少女が胸の中で泣いているのに気づき、谷口は無言になる。


(…んー、困った。どうしようかな?)


どうやって泣きやますかを片隅に考えながらこの状況について改めて思考する。


(神崎君に突然ここに飛ばされて、獣人達に囲まれていた所をこの少女助けられたと思ったら別の人に勘違いをされた…か。)


正直、訳がわからんと思いながら、とにかく行動を起こそうと結論付けた。


「あのぅ、名前…教えて貰ってもいいかい?」

「…っ。」


谷口の体から離れて、少しだけショックを受けたような顔をしたが、すぐに冷静になって答えてくれた。


「『エクス』です…主様。この壊れた兵器をまだ覚えていて、くれていますか?」

「いや、自嘲しなくてもいいよ…エクスちゃんか……ごめん、覚えてないかもだ。」

「…そう、ですか。無理もないですよね、遥か昔の出来事ですからっ。」

「いやいや、また泣かないでくれよ!…私も思い出せる様に頑張るからさ……ねっ?」

「っ、ぐすん…本当ですか?」

「本当だとも、この谷口馨の名に賭けて断言してあげるからさ。」

「……!はいっ、兵器も主様が思い出せる様に頑張りますね。」


エクスはそう言って微笑んだ。谷口は一瞬、息を呑む。


「……主様?」

「…っあ、うん。何でもないよ。」


それを不思議そうにエクスが見ていると窓から光が差し込んだ。


「あれ、さっきまで夜だった気が…。」

「…これは」

「え、何どうした…っ!?」


谷口がエクスに押し倒される。


「……わお、大胆だね。」

「…少し静かに。」


真剣な表情で言われて谷口は仕方なく黙った。二分くらい経って谷口は解放された。


「…どうやら、ここは範囲外だったみたいです。」

「ごめん…ちょっと説明が欲しいな。どういう事だい?」

「カオス…グラと共にこの世界に来たのですか。大方、グラの食材回収のお手伝いといった所ですか。」

「え、グラ君来てんの!?…ん?あの子??」


エクスは何故か苦い顔をして言った。


「…カオス。七人の『超越者』の中で最も敵に回してはならない存在にして大戦において唯一仕留め切れられなかった…宿敵です。」

「…お、おう。『超越者』って言ったら…えっと、グラ&トニー君とかスロゥちゃんとかと同じなのかい?」

「…あれは『超越者』の中でも異端の存在なのです。『神技の料理人』や『大賢者』とは格が違います…何せ彼女は、」


部屋の扉が開く音でエクスの話が中断する。


「っ!誰ですか。」

「…すいません、厄子さんを知りませんか?」

「……知りませんよそんな名前。」

「では、監獄の人達を…ハットさんを殺したのは…貴方ですか?」

「え、やまねちゃん?」

「…主様の知り合いですか?」


血に濡れすぎて、何の服だか分からないものを着たやまねがそこにいた。ゆっくりと向かってくる。


「この感じ…っ、ヤバいっ!逃げるよエクスちゃん!!」


谷口の言葉に素直に従いエクスは動こうとしたが、それをやまねは許さなかった。咄嗟に谷口はエクスの前に立つ。


「……っ。」

「…あ、主様?」


谷口の胸が左手に貫かれ、血をぶち撒けながら力なく倒れる。


「…何で……どうしてっ!」

「はは…『命令だ』…撤退しろ、エクス。」

「っあ…待っ、」


言葉を言い切れずにエクスの目から感情が消え、その命令を果たす為に鋼の翼を展開する。


「命令の邪魔…デス。」

「…!」


途中、エクスを殺そうとするやまねを軽くあしらいながら武装を展開し、窓を割って外へと飛び去って行った。


「嘘…ついて、ごめんよ…エクス。でも仕方ないんだ…そうしなきゃ、いけなかったから。」

「まだ…生きてますか。」


やまねが谷口の止めを刺そうとする。


「…お願いだから、やまねちゃんを殺さない程度で頼むよ……スロゥちゃん。」

「何を言って、」

「——…うん。」


突然、真横に現れた全身真っ白な少女にやまねは反射的に蹴りを繰り出そうとする。


「…ふぁ〜……眠い。」


一瞬でやまねの体が凍結して、当たる事無く沈黙するのを谷口は死にかけながらも驚いて見ていた。


「…マジか…えっとまず、私の傷を…治してくれないかい?」

「……分かった。」


傷口に手を当てて、回復魔法を発動させる。


「……ぐう。」

「ちょっ、あのっ!途中で寝ないでくれないかい!?」

「…問題ない…『睡眠時自動効果発動』…を使用…だから…すやぁ。」

「だとしても、すごい不安なんですけどぉ!?」


そうしている間に谷口の傷が完治した。


「はぁ、めっちゃ不安だったよ…ってまだ寝てるぅ!?」

「…んん。」


スロゥは気持ち不機嫌そうに目をこする。


「ぶっちゃけ賭けだったとはいえ…何とかなるものだなぁ…私は。」

「…約束は…守るべき。だから死なせない。」

「あーそうだったね。その前に、やまねちゃんのそれ、解いてくれないかな?」


谷口は蹴りの体勢で固まるやまねを指さした。


「…そう。」


スロゥが小さく呟くと、凍結が一瞬で解除された。意識を失ったやまねが床に倒れるのを谷口が体を張って何とか阻止し、ベットの上に寝かせる。


「これで、大丈夫かな?」

「問題ない…ついでに『精神制御プロトコル』を彼女に刻印した。」

「ん、え?何それ??」

「…効果は、体内の因子の暴走の抑制及び簡易的な封印。」

「体内の因子……あっ。それって、魔王の加護のことかい?」


谷口は『異世界アニルア』での記憶を持っている。だからすぐに理解できた。


「…彼は危険…特に彼女は…。」

「スロゥちゃんには分かるんだね。やまねちゃんの今の状態が。」

「…これである程度は問題ない。だけど、」


言葉を区切る。だが谷口はスロゥの言いたい事は分かっていた。


「これ以上、やまねちゃんを異世界に居させてはいけないってことだよね?」


無言で頷いた。


「…これは予防措置に過ぎない。仮にもう一回

自身の枷が外れる様な事態が発生したら、」

「その時は…やまねちゃんがやまねちゃんで無くなるって事か。」


(前回はあの人と混ざっていた。でも、今回は違う。でも私はあのやまねちゃんを…知っているし、見てもいる。)


——あれは…デスゲーム時のやまねちゃんだ。

ふと納得して、つい言葉が出た。


「そっか…逆だったんだ。」


勘違いをしていた。てっきりあの人がやまねを乗っ取ろうとしたとばかりに考えていたが、あの人が…あの佐藤楓が愛しい弟に害を成そうとする訳がない。


「…むしろやまねちゃんがあの頃に回帰しない様に無理矢理介入する事で守っていたんだ。」


流石、異世界でもあの人はどこまで行っても本物の化物だなと改めて痛感した。でもそのやり方ではいつかやまねの精神が破綻するのも、分かっている筈だ。


(でも、やまねちゃんを助ける為ならあの人は容赦なく…たとえ破綻してでも介入するんだろうなぁ……なら、今出来る最善手を打つまでだ。)


「…スロゥちゃん。やまねちゃんを元の世界に帰す事は出来るかい…って、あれ?」


少し考え事に集中し過ぎたせいか、いつの間にかスロゥの姿は部屋のどこにも無かった。


「……あ、あの。」

「まあ、いっか。」


意識を失い、眠っているやまねの髪を軽く撫でた。


「私のやる事は大体終わったし、どうせ山崎君がラスボス倒すでしょ。私はやまねちゃんが起きるまで可愛い顔を独り占めしよっと♪」

「…や、やまねさんに何をするつもりっすか?」

「あっ、そうだ。やまねちゃんの髪の毛を食べるチャンス来たじゃん!!少し痛かったらごめんよ〜っと。」

「はっ!?変態は、成敗っすーーー!!!」

「っぐわぁぁあ!?」


横から衝撃を受けて谷口は床に転がる。


「何だい、今が絶好のチャンスだろ!?」

「ワタシの後輩に手を出すなっすよ!この、変態っ!!」


悪口を言い慣れていないのか、ボサボサの青い長髪をした同年代っぽい黒い目をした少女は、目に少し涙を浮かべていた。





















































































































































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る