二十七話 姉妹
厄子は誰かに担がれながら、夜の城下町の屋根上を駆けていく。
「…こいつをレヌ様に渡せば、出世できる。」
巡回の途中で偶然見つけられてラッキーだった……そうヘネキは内心喜んだ。
「っ!離せっす!!」
「うるさいなあ。」
必死に抵抗してくるので、地面に何度も叩きつけていると…ある考えが浮かんだ。
「っあ…痛い…っす。」
「あ、そうだ。死体で渡した方が喜ばれるかもしれないなぁ。」
ヘネキは厄子を槍で刺そうとしたその時、空から少女が降ってくる。
「…それ以上、余の同胞への狼藉は許さんぞ、下郎。」
「…っ、ロネさん!?」
「ああん?そんな事知るかよ。」
そう言ってヘネキは少女…エリアが動く前に槍を厄子に突き刺した。即座に引き抜いて、執拗に厄子の体を刺す。
「あ、あ、ぁっあ痛、い!!!、痛いぃぃ…。」
「っっ!?貴様っーー!!」
エリアは動揺しながらも、すぐに剣を出し、ヘネキを斬ろうとするが、
「こいつをもっと傷つけたかったらそうしな。」
「……っ。」
厄子の首を掴んで盾にする事で、エリアの動きを止めた。
(さて、これからどうするか…。)
このまま逃げてもいいが、確実にあいつが追ってくるだろう。俺も一応レヌ様の側近の一人だが、単独で戦えば間違いなく負けると長年の勘が言っている。
とにかく、距離を取ろうとこの場から離脱する。
「っ、待て!」
ヘネキは厄子を掴みながら、城へと急ぐ。後ろからエリアが追いかけくる。
(速いな。なら、)
屋根から市街地に飛び込み、即座に路地裏に隠れて息を整えていると、後ろから足音が聞こえた。
「っ、誰だ!」
槍を構え厄子を掴みながら、後ろを振り返った。その姿を見て、内心拍子抜けした。
色とりどりの花飾りを頭につけて、巫女服を着た長い茶髪で虹色の目の6歳ほどの少女がそこにいたからだ。
「…人間のガキか?何でここに…。」
「ねえねえ、なにしてるのだー?」
——たとえ姿形や口調が違くても、あの特徴的な目を見間違える訳がない。厄子が痛みに苦しんでいるにも関わらず、驚きの表情で言葉が漏れる。
「……お、ねえ…ちゃ…ん?な、んで、」
「は、お前の姉?…ハハッ、傑作だ。外見が全然違うじゃねえかよ。死にかけてるから、幻覚でも見てんじゃねーの?」
ぶつぶつと呟く厄子を壁に叩きつけて黙らせた後、槍を少女に構える。
「…じゃあな、時間がないからさっさと終わらせてやるよ。」
「うー?」
無垢な表情をしている少女の体に槍を突き刺さそうとした筈だった。
「…ガッ!?…グホッッッ…な、どうして、」
——自らの体に槍を突き刺していた。ヘネキは口から血を吐き出す。その姿を見向きもせずに少女は厄子の方へと向かった。
「だいじょうぶかー?」
「……やっ、と会えたっ…す。」
今にも死にそうな厄子を見て、少女は自分の指を噛んで、出て来た少量の血を厄子に飲ませた。
「なおったかー?」
「!?…っえ、な、治ったっす。」
厄子が受けた傷がまるで逆再生する様に消えていく……それをヘネキは見ていた。
「…おい、ガキ。俺にも飲ませてくれよ。」
「っ!駄目っすよ、お姉ちゃん。この人は悪人っすよ。」
厄子に止められながらも、少女はヘネキの前に立った。
「はっ、ありがとうよっ!」
ヘネキは槍を即座に引き抜くと、槍を少女…ではなく、厄子に投げつけた。
「あ…終わったっす。」
——槍は見事に顔面を貫き、厄子は即死した。
それを見て、少女は少し目を見開いた。
「へ、へへっ、ざまあみろ。」
そう言いながら、隠し持っていたナイフで少女を殺そうとして、目を細め空を見上げる。
「…え?」
——まだこの時間帯は夜の筈だ。なのに空は明るく、日が登っていた。少女を見ると茶髪から黒髪になっていて、背後に後光が差していた。
「っ!」
確実にやばいと察してその場から離脱する。少女は何かを呟いた。
「……
その瞬間、城下町にいる全ての獣人が跡形もなく消え失せた。そして少女は貫いた槍を消して再生させてから、厄子の胸に手を置いた。
「『生き返る』事を許します。」
「……はっ!」
厄子は起き上がった頃には、少女の髪色は元に戻っていた。
「あれ、ワタシって死んだんじゃ…。」
「…あっ、『カオス』ちゃん。こんな所にいたんですか。」
ニコニコしている少女、否…カオスはコック姿の男を見る。
「あー、グラだ!」
「切らしてた食材を回収し終わりましたので帰りますよ…おや、貴方は…」
「えっと…」
カオスは厄子に抱きついた。
「…っ、お姉ちゃん…恥ずかしいっすよ。」
「ひさしぶりだからなー。さびしかったかー?」
「そ、そんな事…ないっすよぉっ…!」
厄子は抱きしめられながら、再会した事の喜びで涙がこぼれる。
「…カオスちゃんのお知り合いですか?」
「さいごにうまれたいもうとだよー。」
「という事はまさか、」
グラと呼ばれた男が厄子に何かを言おうとして、聞き覚えのある声が大声で聞こえ、話が中断する。
「貧運ーー!!…どこにいるのだ?、返事をするがよい!…いないのかー!!」
「この声…あっ、ロネさん。」
厄子は抱きついたカオスを優しく引き離した。
「ごめんなさいお姉ちゃん…ワタシにはまだやるべき事が残っているから、一旦お別れっす。」
「んー、わかれるのかー?いっしょにいようよー。」
俯くカオスの髪を厄子は撫でると、とても嬉しそうにしていた。
「…カオスちゃん。そろそろ行こうか。冷蔵庫にあるプリンがそろそろ出来上がる頃ですからね。」
「んーーー分かった!」
「本当に、助けてくれてありがとうございましたっす!」
厄子はおじぎをした。そして二人は去ろうとしてグラの足が止まり、振り返って言った。
「すいません、ここに馨さんという人を見かけませんでしたか?」
「…?知らないっすね。お役に立てず、ごめんなさいっす…。」
「あっ、いえ。こちらこそ、教えてくれてありがとうございました。」
今度こそ、二人はどこかへ歩いて行った。
それと同時に、上から剣を持ったエリアが路地裏に入ってきて、厄子を発見して少し目を見開いた。
「っ、無事か、貧運!」
「ロネさん、あの…」
厄子…貧運が話す前にエリア…ロネがすぐに剣を消し、抱きついてきた。
「…本日、二度目っすね…ん?もしかしてロネさん、泣いてるっすか?」
「…!そんな筈がない…余はこの程度では泣かないぞ。」
すぐに貧運の体から離れた。
「あの、ロネさん…どうしてここにいるっすか?……今更ではあるっすけど。」
「うむ…余とした事がまだ言ってなかったな。」
ロネはここに来るまでの経緯を説明した。
「それで…ロネさんがここに来たんすね……迷惑かけて、ごめんなさいっす。」
「…よいのだ。そなたは余の同胞…いや、親友なのだからな。」
「…っでも、いくら『漂流者』さんの特例だとしても、ルールを破った事には変わらないっすから『非人』…腐死さんが黙って静観するとはとても思えないっす。最悪…」
「言わずともよい。それを理解した上でここにおるのだから。」
貧運の口元にロネの指を当てて黙らせた。びっくりしたのか、貧運は一歩後ろに下がった。
「ち、ちょっ…ロネさんっ!」
「…少し静かにしてくれると助かる。」
そう言ってロネは目を閉じた。
(…Gift:『広範囲索敵能力』)
自身に能力を付与して、この世界を俯瞰して見る。それを知らない貧運はその間、きょとんとした顔をしていた。
「えっと…。」
「…っ………………見つけたぞ。」
一分も掛からない内にそう小さく呟くと、ロネは目を開けた。
「アンダック城付近の森で『非人』が戦っているのを確認した。」
「…っ、マジっすか!?よくあんな短時間で見つけられるっすね…え、戦っている?誰とっすか??」
少し躊躇いながらもロネは言った。
「…『臆病者』だ。」
「えっ…『臆病者』って…別の異世界で死んだって聞いたっすよ…ロネさんの見間違いなんじゃ…。」
ロネは無言で首を横に振った。
「…あの背丈、あの服装…あのやさぐれながらも愛らしい顔をしていたあの『臆病者』をこの余が見間違えるとでも?」
「え…あっ、はい。そうっすよね!」
ロネの親友を自任している貧運は知っていた。
(…しばらく会ってなかったっすけど、相変わらずのショタ好きっすね。)
「…で、助けに行くっすか?」
「うむ、当然だ、では余が『門』を出すからそなたは避難を、」
「……じゃあ、これから別行動っすね。」
「…何?」
ロネに睨まれて、内心少し怯えながらも貧運は言葉を紡いだ。
「ワタシはこれから、アンダック城に行くっす。」
「…何をしに行くのだ?」
「一人で牢獄にいた時のワタシの心を救ってくれた恩人であり後輩を助けるっす。」
「…そこにいるとは限らないのではないか?」
「必ずいるっすよ…まあ、いつも通りの直感っすよ。」
何となくわかるんすよ。そう貧運は付け加えた。ロネは黙り込んで考えた後に…言った。
「好きにするがよい…余は止めぬ。」
「…かたじけないっす。では行くっすね。」
「……余も終わり次第、そちらに向かう。故にそれまで……生きよ。これは命令である。」
「任せるっす。ロネさんも、油断しちゃ駄目っすよー!!」
ロネは、『臆病者』を救うため
貧運は、やまねと合流するため
——それぞれの行動を開始した。
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