二十六話 開戦

山崎が死んだのを感じ、エリアが構成した空間は自然と消え、鍛錬場に戻っていた。


「…っ。」


エリアは盛大に血を吐き出した。ハンカチを取り出して、口元についた血を拭き取る。


「……聖亜…。」


つい熱くなって、自身の奥の手まで使ってしまった……肩が震える。


「…す、すまなかったっ、そこまでするつもりは……なかったのに。」


涙が溢れそうになるのを誰も見ていないのに、必死に堪えながら鍛錬場を後にしようとした。


——ちょうどその時だった。ふと気配を感じてエリアは振り返り……驚愕した。


「…な、ぜ?…そなたが、」

「……。」


さっさまで確かに居なかった筈なのに、鍛錬場に山崎が折れたククリナイフを持ち、ただ立っていたからだ。


「…生きている筈がない、なのに、どうし…」


エリアの言葉を無視して、山崎は襲いかかってきた。


「…ぐっ、」

「……。」


咄嗟に槍を出したが、弾かれてしまい手ぶらになってしまう。また武器を出そうとしたが…


「…っ、ゲホッ、ゴホッ。」


先の戦いで、エリアは消耗し切っていた為、また血を吐く……その隙を山崎は決して見逃さなかった。



——そして現在に至る。


「…余の負け…だ。」


エリアがそう言うと、山崎はククリナイフを手渡した。


「ほらよ…元々、これエリアのだろ…悪いな、壊しちまった。」

「…それは問題ないのだが、そなた…覚えてないのか?」

「……ん?何だっけか。」


呆れた顔で見てくるエリアを見ながら、山崎は考えた。


「……あー、勝った方が絶対服従…だっけ?」

「…そうだぞ…分かっているではないか。」


心なしかエリアの頬が赤くなった。


「…それで、余に何を要求するのだ?な、何でも…良いぞ……言ってみるがよい。」


山崎は即答した。


「じゃあ、また勝負しようぜ。明日とかでも別にいいからよ。」

「…勝負?」

「久しぶりにさ……楽しかったんだ。ギリギリの戦いをするってのは…あの人からは得られない貴重な経験だしな。」

「……うむ、そうか……まあ、良いか。」

「よっし、約束だぜ…エリア。」


そう言って、山崎は笑った。

何故かエリアは複雑な表情をしていたが。


(この、もやもやするようなこの気持ち。これは……何なのだ?)


「…流石に疲れたし、汗もかいたからまた大浴場まで案内頼めるか?エリア。」

「…っ。う、うむ。ついて来るがよい!」


また二人は大浴場の前に辿り着いた。


「エリア……もう風呂に入ってくるなよ。」

「…分かった。上がったら余を呼ぶがよい。その間余は自室で休む事にする。」

「…大丈夫か?」


山崎はエリアの額に手を当てた。


「…ん、ちょっと熱があるんじゃないか?」

「いやっ、問題はないのだ…ではまた後でなっ!」


頭を抱えながら、エリアは自室に向かっていった。


「何だエリアの奴…はぁ、まあいいか…風呂入ろう。」


山崎は大浴場でまた、汗を流し、また着替える。


(…あれ?あの時、ボロボロにしたのに服が直ってる……まあいいか。)


大浴場から出て、エリアを呼ぶとすぐに現れて、そのまま自室に案内された。


「広くて、煌びやかで…落ち着かねえなぁ。」

「む、文句を言うでない。ここで後4日過ごすのだ……慣れよ。」

「はいよ……住ませてもらってる立場だからな。有り難く使わせて貰う。」

「…では、今日は休め。」

「分かったよ……どちらにせよもう眠いからな。」


エリアは扉を閉めた。山崎は何も考えずにすぐに、大きなベットで泥のように眠る。


——そこからは怒涛の日々だった。


まずご飯から何までが全て豪華で、驚きの連続だった。そして残りの4日間ひたすら、エリアと鍛錬場で戦い、ご飯を食べ、戦い、大浴場に行き、戦い、ご飯を食べて、たまに戦い、大浴場に行き、寝るというサイクルを繰り返した。


——そしてとうとう、その日がやってきた。

その日、山崎はエリアの部屋に呼び出された。


「…後数分でアンダック城に到着する。」

「やっとか。」


山崎は喜びを噛み締めていた。


「エリア。お前のお陰で、もうあの人以外に遅れは取らないくらいに成長できた気がするぜ……本当にありがとよ。」

「余はまだ、ここ数日の疲労が抜けていないのだが……まあ、感謝は素直に受け取ろうではないか。」


そうエリアは苦笑いを浮かべながら言った。


「じゃあ早速、」

「待て。そなたに話がある……よく聞け。」


その真剣な表情に思わず山崎は黙った。


「余の目的は同胞の救出。そなたの目的は『獣王レヌ』の殺害…それで間違いないな?」

「…そうだ。」

「それならば、無闇に獣人を殺さなくてもいい違うか、聖亜よ。」

「……ああ、そういう事か。」


山崎が納得していると、エリアは頭を下げた。


「……後生だ、聖亜よ……これ以上、無辜の民を殺さないで欲しい。獣人でも、人と同じ様に生きておるのだ…」

「…あれは人間の敵だ。」

「……聖亜っっ!!!!」


涙ぐみ、エリアは山崎を見て叫びながら、山崎に掴み掛かる…その力は弱々しく、縋り付く様だった。


(俺はエリアの考えを理解出来ない。けど…借りは返さねえとな。)


——山崎は知っていた。毎晩…エリアが自室に来ては治療を施していた事を。その目的は、前の『王剣』で受けた傷を癒そうとしていた事も……分かっていた。


——山崎の手がエリアの肩に触れた。


「…っひゃうっ!?!?」


掴んだ手が離れ、エリアは頬を赤らめてへたり込んだ。山崎も肩から手を離す。


「な、な…何をするかっ!?」

「…一般の獣人を殺さない…か。ハンデとしては丁度いいな。」


エリアは少し戸惑いながら言った。


「つ、つまりそれは…。」

「ハッ、エリアのやり方に付き合ってやる。感謝しろよな?」


山崎はエリアに手を差し伸べる。


「何やってるんだよ……行くぞ、同胞を助けるんだろ?」

「…!その通りだな。」


エリアは山崎の手を掴んで立ち上がった。


「行く前に…余からそなたへのプレゼントだ。有り難く受け取るがよい!」

「……これ、俺の制服かぁ!あんなにボロボロだったのに。」


喜びながら新品同様の制服に着替えようとして…エリアを見る。


「…おい、着替えるからよ…部屋から出て行ってくれないか?」

「ここは余の部屋である。よってそなたがそれを言う権限はない。故に、ここで聖亜の肉体を見ることは合法である!」

「っ合法な訳あるか!?」


足早にエリアの部屋から出て、扉を閉めた。その様子見て、部屋で一人…クスッと笑った。


……



制服に着替えた山崎がエリアの案内で外に出ると、空が暗く、アンダック城やその城下町が見える位置にいた。


「…着いたんだな。」

「……うむ。」


エリアが手を叩くと、馬車は跡形もなく消え

た。


「…どうした?エリア。」

「……いるな。」


思案顔で城下町を見つめて、そして山崎を見る。


「余はこれから城下町へ向かう。」

「…つまり、こっからは別行動って事か?」


無言で頷いた。


「じゃあ、また会おうぜ…エリア。もしこっちが早く終わったら…手伝ってやるからな。」

「感謝する…そなたの無事を祈っておるよ。」


それを聞いて、山崎は助走をつけてアンダック城に向かってぶっ飛んでいった。


「…さて、余も動くか……待っているがよい、貧運。」


エリアは城下町に向かって歩き出した。



ーー時は、少女が谷口に出会う数十分前に遡る。アンダック城の王座にて。


「お前が…『超越者』か。」

「あんたは、エンリから生まれた『原初の魔物』でしょ?」


距離が離れながらも、互いに睨み合う。


「我も貴様の事は知っているぞ、かつての大戦において猛威を振るった『対神魔専用殺戮殲滅兵器』…であろう?」

「ふん、分かってるじゃない。」


辺りには戦いの余波に巻き込まれた獣人達が血を流して倒れていた。


「故に我は、知っているぞ…貴様の弱点を。それは、」

「…『S武装展開』っ!」


両手がビームソードになり、レヌを攻撃しようとして…当たる直前に止まる。


「…神や悪魔以外の生物に一切の攻撃が出来ない。」

「…くっ、」


レヌの爪を避けて少女は武装をしまい距離を取った。その姿を見て嘲笑う。


「我は伊達に長生きしていない。だが、もし他の『超越者』であったら…危なかっただろうな。」


逃げようと翼を広げる少女にレヌは追撃を浴びせようとして、突如玉座の窓ガラスが割れる。


「おっ、着いたな。」


ホコリを払う男…山崎を見て、レヌは即座に爪で切り裂こうとして…左腕が斬り飛ばされた。


「っ、何!?」

「邪魔だよ、お前。」


動揺するレヌを玉座の方向に蹴り飛ばしてから山崎はその場にいた少女に言う。


「おい、獣王レヌって知ってるか?」

「…あんたがさっき蹴った奴がそうよ。」

「はぁ?さっきのアレが??」


玉座で倒れている獣人を見てため息混じりに言った。


「…拍子抜けだ……あんなのが親玉かよ。正直がっかりだ。これならエリアの方が強かったぞ……それよりお前、大丈夫か?」

「え、ええ平気だけど……っはっ!今主様の気配がっ!」

「おい!ちょっと待てって…行っちまったか。」


少女は何かを感じたのか、急いでどこかへ行ってしまった。後ろから迫る爪の攻撃を見ずに剣で防ぎ…互いに少し距離を取る。


「…流石親玉だ、やっぱそれくらいじゃねえと張り合いがないからなぁ!!」

「弱き人間如きが、図に乗るなよ!!」


アンダック城、玉座にて。

——山崎聖亜と獣王レヌの戦いが始まった。












































































































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