二十四話 約束
二人は鍛錬場に到着した。
「…広いな。」
「うむ、凄いだろう。もっと讃えるがよい!」
エリアを無視して、軽く準備運動を始める。
(今のコンディションは…まあまあだな。)
「聖亜よ、余を無視するでない!」
「…ん?何か言ってたか?」
「むう……何でもないわ。」
ムッとした顔でエリアは山崎から少し距離を取る。
「そなた、さっき余が述べたルールは覚えておるか?」
「勿論だ。殺しはなしで、勝ったらそいつに絶対服従…そうだろ?」
準備運動を終えた山崎はエリアに剣先を向ける。
「…概ねその通りだ。では、いくぞ聖亜よ。」
エリアはどこかから剣を出し、構えた。
山崎は目を丸くする。
「…あの『王剣』じゃないのか?」
「あれは特殊でな。そう何度も使える物ではないのだ……それでも、余は天才だからな。それくらいのハンデはあってもよかろう。」
「ハッ…そうかよ、その判断…後で後悔させてやるよ。」
二人は同時に動いた。山崎がエリアの体を斬ろうとして、弾かれる。だか、山崎は止まらない。
「…一回、見てるからなぁ!」
「…っ!」
山崎は即座に体勢を変えて、エリアが持つ剣を落とす。そのままエリアの首を斬り落とそうとして、止まった。
(危ねえ、殺すのは駄目だったな。)
その隙にエリアは山崎から距離を取る…その瞬間だった。
「…う、」
2本の双剣が山崎目掛けて飛んでくる。それを剣で弾くと、気がつけば視界からエリアが消えていた。
「っ!そこかっ!?」
振り向きながら、剣を振るう。がそこには誰も居なかった。
「——違うぞ。」
山崎の頭上から声が聞こえ、大剣を持ったエリアが山崎を砕かんと迫っていた。咄嗟に、それを剣で防いだ……山崎の剣にヒビが入る。
「っおい。殺す気か!?」
「余は防ぐと信じていたぞ。そなたも本気で余を殺すつもりで来るがよい。」
そう言った途端、エリアの手から大剣がなくなり今度はククリナイフで、山崎に肉薄する。何とかその猛攻を防ぎきり、今度は山崎は距離を取る。そこからエリアを観察する。
(…武器の扱い方が上手いな…厄介だ。)
飛んでくるククリナイフを弾き、エリアは槍を持って山崎に接近してくる。
「…いいぜ、本気でやってやるよ。」
山崎は折れかけの剣をエリアに投げつける。予想通り、槍で弾かれた。その間に落ちてたククリナイフを拾う。
「…いいか、エリア!ククリナイフってのはこういう使い方があるんだよ!!」
迫りくるエリアに向けて、ククリナイフを……ただ、床に落とした。
「む、そなた…何を、」
動揺で動きが鈍ったエリアの腹目掛けて、拳で殴る。エリアは壁までぶっ飛んでいった。
「…卑怯とか言うなよエリア。お前も武器をあんなに使ったんだからな。俺、剣一本だけなのに。」
「卑怯…とは言わぬよ。本気で来いと言ったのは余……自らなのだから。」
エリアは立ち上がり、血を吐いた。
「おい、大丈夫か?今回は俺の勝ちって事で終わりにしてもいいんだぜ?」
「…うむ。それでは、駄目なのだ。」
——その生き方をしていけばいずれ、聖亜は破綻してしまう。あの時、『王剣』をくらっても尚、立ち上がる程の執念深さ、とても並の人間の物ではなかった。それは確かに強力だが、同時に諸刃の剣にもなりうる。
(……?何故、今後の聖亜の事を心配をしたのだ?余は。)
エリアは持っていた槍を消した。その間に山崎は落としたククリナイフを拾い、エリアの方に剣先を向けていた。
「……これから余の全力を持って、そなたを倒す。」
「…ハッ、武器も無しでか?」
もう終わらせてやるよ…そう山崎は言った途端、姿が消える。おそらく、数秒後にはエリア
は敗北するだろう。
だからエリアは祈るように手を組んだ。その時には山崎が目前に迫り、
(取ったぁぁぁ!)
——その瞬間、世界が変質しククリナイフは空を切った。
「……は?」
山崎は驚く。ここはさっきの鍛錬場ではなかった。
——夜空。数多の星々が煌めいている。障害物も木々も何もない、どこまでも平原が広がっていた。
「…ん?」
だがよく見ると、離れた所に一本の剣が無造作に刺さっていた。刃は錆び付き、触れば砕けそうだが、柄には宝剣みたく、七色の美しい宝石が装飾されていた。
——足音が聞こえる。それが誰なのかは既に、理解していた。
「…これは、一体何なんだ………エリア?」
エリアは刺さっていた剣を抜き取り、構える。
「ここは…余の精神世界。言わば、魂そのものの、具現である。」
「はぁ、そんな事も出来るんだな。」
即座に接近して、エリアの喉元に刃を…その寸前で動きが止まる。否、止められる。
「…う、動かねえ……何、で。」
「余が創造した世界なのだ。余を害する事などできぬ……降参してもよいのだぞ?そうすれば、」
「…降参?」
——敗北は許されない。
…誓った筈だ。あの人に勝つまでは、俺は誰にも負けないと。それは異世界だろうが何処であろうが決して………変わることはない。
「……ふざけるなよ。」
「…聖亜?」
——動け、動け、動け……体が壊れてもいい、たとえ心が砕けても、何だっていい。勝てればそれで良い……最後まで立っていれれば、それでいいんだ。
ーーー『…それだけ……ですか?』
山崎はただ獰猛に笑った。
「いや、勝負は…こっからだぁ!」
「…っ何!?」
ククリナイフを振り切った。エリアは咄嗟に避けたが首筋を薄く切ったのか、血が滲んでいた。首を抑えながら、翡翠色の目を大きく見開いていた。
「な、何故動けるのだ!?この空間は余の、」
「知るかそんな事、俺はあの人に勝つ為なら手段なんか選んでられねえんだよ!!」
「余の事を無視して、別の者のことを考えるとは、無礼であるぞ!!」
「あぁ?エリアなんかより、余程…あの人の方が強いんだよっ!」
「な、なんか…だと。余はそなたに激怒しておるぞ!!」
「ああそうかい、さっさと俺に負けやがれ!!!」
互いに言葉を紡ぎながら、激戦を繰り広げる。
「「……っ!」」
そして、同時に距離を取り互いに息を整える。
「…しぶとい……あんな錆びた剣でよく戦えるよな。」
「……そっちこそ、よもや余の世界でここまで健闘するとは…先の発言の件はともかく、素直に賞賛に値するぞ。」
そのエリアの余裕のある態度に、山崎は違和感を覚えた瞬間、エリアの方へ駆け出していた…消耗しているとはいえ、10分あればいける。
ー1分経過
「…誇るがよい、聖亜よ。『女帝』である余が認めよう……そなたは強い。」
——4分経過
「故に余はそなたに奥の手を使う……だから、どうか死なないで欲しい。」
——6分経過
「目覚めよ……『◾️◾️◾️』」
———9分経過。
「っらあ!」
とうとう山崎がエリアの場所まで辿り着き、ククリナイフで斬ろうとしたその瞬間、錆びた剣から白い光が溢れ出す。
「原初へ還れ……『生死輪転』」
エリアが剣を振り落ろした瞬間、山崎の意識が消し飛んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…ここは、何処だ?何も視えないし、声も出ないし、体も動かない。まるで暗い海に沈んでいる様な心地だった。
(…そうか、負けた…のか。)
その時、山崎はあの人に約束した日の事を思い出していた。
ある日、やまねの家の道場にて。
「それだけ…ですか?」
「…まだ、やれる。」
今日もまたいつもの様にボロボロになりながらも、山崎は立ち上がる。
「…飽きもせず、よく頑張りますね。」
「……。」
「もう、今日の所は終わりにしますか?」
「……決めた。」
山崎は楓を指さして、言い放った。
「……約束してやるよ楓さん、俺は今後、アンタ以外の奴らには絶対負けない。そしていずれ、アンタを倒して、越えてみせる。俺の全てを賭けてもだ。」
「…そうですか……楽しみにしてますね。」
楓は少し微笑みながら木刀を山崎に向ける。
その表情がとても印象的だった。
「…私の体調が少し良くないので、今日は次で最後にしましょうか。」
「ハッ、上等だ。少しは楓さんの剣が見える様になって来たんだぜ。」
山崎は木刀を強く握って、楓に斬りかかった。
……結局その日もなす術もなく敗北した。
(これで、終わり…か。)
——どこまでも、沈んでいく。
(約束…破っちまった…な。)
突然、誰かに手を掴まれる感触がして、聞き馴染みのある声が聞こえた。
『…約束を破るのですね。』
それが山崎が作り出した幻覚である事は既に理解していた。何せ、ここにいる筈がないのだから。
(ああ、悪いとは……思ってるよ。)
『酷いですね。実は少し期待していたんですよ?いつか、山崎くんが私を越えてくれる事を。』
それは嘘だ……あの人が、俺の事をそう思っている訳がない。違和感。
『…一度誰かに負けた程度で諦めるなんて、情けないと思いませんか?』
(それは…否定はしねえよ。)
正直死んだ事で、何もかもがもう…どうでもいいと……そう思ってしまう。
(いくら戦っても、アンタには勝てなかったんだぜ……もう、いいだろ。俺を諦めさせてくれよ。)
自身の全てを否定された始まりの日以降、俺は何度も、あの人に挑戦した。どんなに体調が悪くても、勝負をしなかった日は一度として無くそして、一度としてボロボロになった俺の事を決して見下す事はしなかった。
(……そうか。)
——山崎はその瞬間、悟った。
仇、好敵手、宿敵、怨敵、その全てを含めても
(俺はあの人の事が……好きなんだ。)
——目を開ける。そこには白髪の女性がいる。
「アンタはいずれ俺の手で倒す……そしてアンタに……だから…ここでは死ねない。」
『それが、貴方の新しい誓い…なのですか?』
「ハッ、違えよ……戦いはまだ終わってねえからな…あくまで追加項目だ。」
そう言って、山崎は楓の手を離した。
「…ありがとよ。幻覚とはいえ助かった。」
『早く行った方が良いですよ……女性を待たせるのはマナー違反、ですから。』
「ああ…行ってくるぜ、母ちゃん。」
楓の顔した女性は驚いた表情を浮かべ…そして微笑んだ。
「行きなさい…聖亜。
「当然だ。それと…発破かけてくれて…ありがとな。」
「自慢の子供ですから。それと…楓さんですか?この人の名前は。」
「…あ、ああ。」
山崎の目が泳ぐ。
「栄介は分かりませんが…私は応援します…もし子供が出来たら、抱かせて下さい。」
「…っ母ちゃん!?俺まだ、そんな年じゃ…それに母ちゃんは…もう」
反論しようとするが、山崎は浮上していく。久しぶりに会えたから…感情が溢れた。
「…っ俺、もっともっと強くなるから!!!だから俺を…ずっと見ていてくれ!!!!俺の勇士を存分に!!!!!」
声が聞こえたのかは分からない。でも、きっと聞こえている。確信があった。
「ああ。たとえ姿は見えなくても、私はずっと側で見守っています。だから……負ける事は許しませんよ。必ず勝ちなさい。」
———意識が急速に覚醒する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
——場所はいつの間にか鍛錬場に戻っていた。
「…俺の、勝ちだ…エリア。」
喉元に、折れたククリナイフを突き立てて、山崎はそう宣言した。
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