二十三話 脱獄/乱入
——奴隷として生活を始めて、もう二週間が過ぎようとしていた。
「…よし、お前ら。今日のノルマは達成だ!」
ハットの号令で、男達は喜びの声を上げる。
「かぁ〜疲れた。」
「帰ったら、トランプやろうぜ?」
「おっ、いいねぇ。」
「そういえば、今日は風呂の日か。」
「!そうか、ついにこの日が……」
「…看守様、まさか忘れてんじゃないか?」
「おいコラ…この俺を舐めるなよ。無論分かっている。お前らは浴場に先に行って待っていろ。ここの片付けが済んだらすぐに向かうからな。」
「俺達も手伝いましょうか?」
「結構だ。これは俺の仕事だからな。」
「そうだぜ、これ以上仕事を奪ったら看守様がただの無能になるからな……」
「「「それもそうだな!!!」」」
「っおい!聞き捨てならないぞ!!その発言は。」
「じゃあな、やまね!また明日な!!」
「はい!また明日も一緒に頑張りましょう。」
「貧運もな、作業サボるんじゃないぞ!」
「いや、最近はサボってないっすよ!?…ただあの時は頭が痛かっただけで、」
そう言い残し、男達は脱兎の如く浴場に向かって駆け出して行った。
「はぁ、全くあいつらと来たら……」
「ハットさん、手伝いますよ。」
「…やまねか。お前は…そうか女だったな。」
「え?あっ、はい。」
「ここは俺がやっておく。上のボサ髪の手伝いにいってやれ。」
やまねは頷いて、階段を登って行った。独り、ため息をついた。
「これがもしバレたら、俺は叛逆者……か。」
そう呟きながら、切り替えて片付けに集中した。
下の片付けが終わり、上に戻るとやまねと厄子がいた。
「こっちも丁度終わりました。見て下さい!日に日に、厄子さんの整理能力が上がってきてるんですよ!!」
「うへっ、そんな事ないっすよ〜。やまねさんが色々教えてくれてるおかげっす!」
「……。」
——ここで始末するのは簡単だ。でも、
「今日じゃない…か。」
「「……?」」
2人は首を傾げた。
「…何でもない。今日は、風呂の日だが…特別に俺の……看守の風呂を貸してやる。」
「え!?本当っすか!!」
「ああ、日頃の礼って奴だ。お前達が来てから、明らかに作業効率が向上しているからな。」
「あ、ありがとうございます!」
「感謝を言うのはこっちの方だ。風呂は個室だが…まあ、問題ないだろう。」
「…まさか、ハット看守の風呂を使うんすか?……羽が浮いてるイメージがあるっす。」
ハットは、厄子の頭を羽で叩いた。
「痛っ!?ただイメージを言っただけっすよ。表現の自由を守れっす!!」
「…何だそれは?…とにかく、早く行って来い。」
ハットはやまねに地図を渡す。
「…これは。」
「見取り図だ…ここは複雑だからな。迷子になっても困る……俺はこれから、あいつらの所に行く。」
そう言って立ち去ろうとする。その後ろから厄子の声が聞こえた。
「…何か隠してるんすか?」
一瞬立ち止まり、やまねや厄子を見ずに答える。
「大した事じゃない…さっさと行け。」
そう答えて、ハットは浴場へと早足で向かって行った。やまねは少し戸惑いながら言った。
「…とりあえず、行こっか?」
「そうっすね。」
2人はハットの部屋に向かう。唐突にやまねは後ろを振り返った。
「…どうしたんすか?やまねさん。」
「えっ…ううん、何でもない。」
(誰かに見られていた気がしたけど…気のせいかな。)
そうして数分間見取り図を見ながら歩き、とうとうハットの部屋へと到着した。
「…あれっ?鍵が開いてる。」
「マジっすか、不用心っすね。」
中に入ると、椅子や机、台所もあった。それと二つのドアがあった。
「……いたって普通っすよ!?もっとヤバい物とか置いてないんすか?看守の部屋なのに。」
「厄子さん、流石にハットさんに失礼だよ。」
「…あっ、それもそうっすね。ごめんなさいっす。」
「僕に謝っても…後で謝ろうね。僕もフォロー入れるから。」
「……うう。」
「その事は一旦置いておくとして、とりあえず今は、二手に分かれてお風呂場を探そうか。」
「…了解っす!」
厄子は右の扉を開けて中に入る。広い空間に道具や岩が山の様に積まれていた。
(これは、倉庫っすかね。ツルハシとか…うわっ爆薬が置いてあるっす……まあつまりハズレっすね。やまねさんの所に戻るっす。)
厄子は倉庫から出て、やまねが入って行った左の扉を開けて、中に入った。タオルや歯ブラシといった洗面道具が置かれていた。そこで呆然と一枚のメモ用紙を持ち、立ち尽くすやまねを発見する。
「…やまねさん?」
「……。」
「っ、やまねさん!?」
やまねの肩を強く揺さぶった。ハッとした表情で厄子を見つめる。
「厄子…さん?」
「そうっすよ!……大丈夫っすか。」
「…っ!?逃げるよ厄子さん!!」
やまねは厄子の手を掴み、風呂場に入った。
「ちょっと、やまねさん!どうしたんすかっ!!」
風呂場は狭く、小さな浴槽があるだけだった。
やまねは浴槽のフタを取った。
「え、…何すか…これ。」
そこには穴が空いていて縄梯子がかけられてあった。
「…やまねさん、これって、」
「ごめん、今は時間がない。後でちゃんと説明するから。」
「…もし逃げなかったら、どうなるんすか?」
「僕達は……殺される。」
嘘ではない事は見れば分かる。やまねの表情が真剣そのものだったのだから。
「はぁ。分かったっすよ…後でしっかりと教えてもらうっすからね。」
「…うん。分かってる。」
2人は梯子を降りる。厄子が降りた時、やまねは縄梯子を手で力ずくで引きちぎって、外した。
「これって……地下通路っすか?」
「…っ急ぐよ。」
「分かってる……って、待って下さいっすよ!やまねさん!!」
急ぎ足で歩くやまねを厄子は追いかける。
この日、2人は地下の監獄から脱獄した。
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タンネの町付近ではない別の森の中での会話。
「……つまり、神崎君。やまねちゃんは『アンダック城』の地下に奴隷として、収監されているって事でいいのかな?」
「正確に言えば、『されていた』の方が正しいですね……ついでに『雑魚』もその監獄で発見しました。一瞬、あなたの友人に気づかれそうになって、ちょっと焦りましたよ。」
「されていたって事は、もう逃げたって事かい?」
「…それは、」
神崎は若干、言葉に詰まったが意を決した様に答えた。
「監獄にいた者は皆……殺されましたよ。」
「…それは看守がやったのかな?」
「いえ、看守も含めて…です。」
「…?」
谷口は首を捻った。
「それは……どういう事なんだい?神崎君、君は見ていたんだろう。やまねちゃんは無事なんだろうね??」
「…そこは大丈夫です。佐藤やまねと『雑魚』は看守の部屋から脱出したのを見ました。縄梯子を千切られたので、一緒には行けませんでしたが。」
「はあぁぁぁ…良かった。で、他の奴らは誰に殺されたのかな?」
「……『獣王レヌ』です。」
「獣王レヌって、この異世界の王様じゃないか。わざわざどうして……?」
「あくまで僕の意見ですが、おそらく『雑魚』や佐藤やまねを処刑する為に自ら行ったと思いますね。他の兵士に任せられませんから。『雑魚』は曲がりなりにも『剪定者』ですし、佐藤やまねも…あれは、」
「神崎君。」
谷口は少し神崎を睨む。
「言いたい気持ちは分かるけど、やめよっか。」
「…そうですね。それは本筋ではなかったですね。」
神崎は咳払いした。
「ところで…山崎聖亜の居場所は聞かないんですか?」
「いや、それは大丈夫。山崎君強いもん。その内、勝手に『アンダック城』に辿りつくさ。」
「…それもそうですね。どちらにせよ、あの人の場所は僕でもまだ特定出来てませんから。」
「ああ…そうなの。……神崎君、焼けたよ!」
「はいはい。」
神崎が焼けた肉を、谷口のお皿に転移させる。
「…やっぱそれ、便利だわぁ。一家に一人欲しいね…これ終わったら私の家来る?」
「遠慮しておきますよ…部屋臭そうですし。」
「はぁ〜。人を見た目だけで判断しちゃ駄目でしょ!?…学校の先生に言われなかった?」
そう言いながら、谷口はグラから盗んでいた箸で肉を摘み食べる。それを神崎は少し引き気味で見ていた。
「…その獣人の肉、美味しいんですか?」
「ん〜まあ、不味くはないよ。神崎君が調味料持ってたからね。うん食える食える。」
「……僕は食べませんよ。」
「分かってるって。実質、間接的に私が殺したようなものだったからね……責任は取るさ。」
この肉はあの時、谷口をボコしていた25人の獣人だったものだ。
神崎はおもむろに呟く。
「肉の加工…上手でしたね。昔、やった事があるんですか?」
「うん、あるよ……生きる為にね。」
「……?」
「ほら、次々!まだまだ食べ足りないよ。」
「はぁ………何で焼くのは下手くそなんですかねぇ。」
そう言いながら、神崎はまた肉を焼いた。ふと嗅いだ事のある匂いがした。
「あっ、ちょっと焦げてるよー、神崎君。」
「…………これからあなたを『アンダック城』に飛ばします。」
「…しっかりしてくれよぉ…え、今何て?まだ私達が動く時じゃないし、そんな事したら私は即、お陀仏だよっ!」
「僕は何が嫌いかって、ささいな問題で時間を無意味に費やす事です。」
「え……?」
谷口は神崎を見る………目がマジだった。
「僕は今からやる事が出来たので…一人で頑張ってくださいね?」
「え待っ、」
谷口を転移させた。谷口の箸で…残った肉を食べる。
「…不味いですね。」
そう言いながらも全部食べ切り、立ち上がった………時間がない。
「…楽しいバカンスはここまでです……そこにいるのでしょう?……『非人』」
草むらから、黒いセーラー服を着た青白い肌で黒髪紫目の少女が現れる。
「あーあ、あ、何で、分かった…ノ?」
「…しいて言えばその腐臭です。一度嗅いだら、中々、忘れられませんよ。」
神崎は戦闘態勢を取りながら、話で時間を稼ぐ。
「『漂流者』の指示で、僕を始末しに来ましたか?」
「…違うノ、腐死の、独断っ。『女帝』、ルールを破ってここ、にきたから、こ殺ささななきゃゃ。」
「『女帝』も、ここに来たんですか…っ!?」
神崎は吐血した。
「でも『臆病者』、見つけたノ。う裏切り者だだかから、先に…殺す、んだ♪」
(これ以上は…マズいですね、)
体が少しずつ何かに蝕まれていく感覚がする。
『非人』がボッーとして何かを呟いている間に神崎は手を銃の形にして、
「…バン。」
瞬間、『非人』の頭が爆散した。血は出ずに、首から腐った液体をこぼしながら体が崩れ落ちた。
「…これで、終わり…な訳無いですよね。」
すぐに頭がない『非人』が立ち上がると、飛び散った肉片が次第に集まり、頭を生成した。それを神崎は苦笑いを浮かべながら見ていた。
「…はぁ。これは相性最悪ですね。」
「こ、こ、こ今度は、腐死の番なの、ノ。」
森の中、『元臆病者』と『非人』の前代未聞の『剪定者』同士の戦いがここに切って落とされた。
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