二十一話 労働
ベットの上で目が覚める。体を起こし、軽く背伸びをした。昨日泣いたからか、少し気持ちが軽くなっていた。そんな時、牢屋の外から声が聞こえてくる。
「おい!飯の時間だ。ここに置いておくからな。それを食ったらすぐ、作業をしろ。内容はあいつが知ってるから………って起きろ!!!」
「…ぐうぐう……う、うへへ…ぐう。」
「僕が何とか起こしますよ……鳥さんも他の作業で忙しいでしょうし…。」
「…鳥さんはやめろ。俺にはな、ハットって名前があんだよ…奴隷のお前に頼むのは癪だが、頼むわ……こいつは俺がどんだけやっても起きなかったんだ。」
やまねは厄子の体を揺さぶる。
「起きて下さい。」
「…ぐうぐう。」
ハットは牢屋越しで舐めた感じで言ってくる。
「はっ!そんなんじゃ駄目だ…お前。」
「ここまでは想定通りですよ…見ていて下さい。」
「おお、じっくり見させてもらうぜ。やれるもんならやってみな。」
後ろで見られているのを感じながら、やまねはいつも姉を起こすやり方を使う。少し声を作り厄子の耳元で囁くように言った。
「もし起きないと……しますよ?」
「……っ!?ひ、ひゃうん///」
顔を真っ赤にして、ベットから飛び上がるように厄子は起きた。
「や、や、やまねさん!?……い、一体ワタシになにをするんっすか!?!?」
「ごめんね…厄子さん。あなたの寝顔が可愛らしくって、つい。」
「………。」
厄子の思考が停止していている時に、牢屋の外から拍手する音が聞こえた。
「凄えな…大した奴だよ。お前。」
心なしか言葉に尊敬が混じっている気がした。
やまねは何となく気になったので聞いてみる。
「……あの、それどうやって拍手をしてるんですか?」
「あん?こういうのは工夫だよ工夫。大体それで何とかなる……ってヤベエ!?もう他の奴隷共の作業時間かよ!急げ!!俺!!!!」
…お前らも食ったら作業すんだぞ!と言って、走って行ってしまった。それを見送り、やまねは厄子の方を見る。
「食事にしましょうか。」
「…はいっす。」
机に二つのプレート置く。そこには小さなパンが一つと、野菜炒めとガラスのコップに入った水だけだった。
「…まさにって感じだね。」
「………ワタシ達はまだ恵まれているほうっすよ。」
「…えっ。」
「毎日、地下労働をしている人達にとってはこんなのじゃ腹の足しにもならないっすから。」
「…そう、だったんだ。」
二人は無言で食べる……その沈黙を破ったのは
ガラスが割れた音だった。
「あっ…また落としちゃったっす。」
「…っ!大丈夫!?手に怪我とかしてない?」
「あ、はい。怪我とかはないっすけど…」
床には、ガラス片と水が散らばっていた。
「あーあ……飲めなかったっすね。」
「……とりあえず、拾っておくよ。」
ガラス片を拾い上げ、空のプレートの上に置く。そしてやまねは、厄子に自身のコップを渡した。
「…はい、これ。飲みさしだけど、飲んでいいよ。」
「えっ…いや…駄目っすよ。それはやまねさんの……」
「大丈夫だから、ね?」
「…………じゃあ、お言葉に甘えるっす。」
厄子はその水を飲んだ。
「…ありがとうっす。優しくしてくれて……」
「気にしなくて良いよ………あの時のお礼なんだから。」
「あの時って……あっ。」
昨日の夜の事を思い出した。
「…あの夜、僕を抱きしめてくれてありがとう。何故かは分からないけど、あの時凄く悲しくなっちゃって……………誰かと離れ離れになる事が。」
「そうっすか…ワタシにも分かるっすよ。その気持ちが…痛い程に。」
「…っえ?それってどういう…」
話を続けようとしたが、厄子の手を叩く音で中断される。
「…じゃあ、作業を始めるっすよ〜。先輩として、みっちり仕込んでやるっす!」
「……あっ、よろしくお願いします。」
やまねは心を切り替える。厄子はベットの下から箱を取り出し、道具を渡した。
「じゃあ、まずは服を手縫いで……って早い、早いっすよ!凄く裁縫上手いっすね。やまねさん。」
「そんな事ないよ……姉さんの方が上手なんだから。」
30分後…。
「…………ん。これで終わり?」
「あっ、はい。7日分……終わりっすね。」
「服のやぶれとかほつれを修繕するだけだったから…簡単だったよ?」
「えっーと。ワタシ、まだ一着終えたばかりっすよ。」
やまねは唐突に立ち上がった。
「…トイレっすか?……耳塞いどくっすね。」
「違うよ…ちょっと手伝ってくる。」
「…?手伝いっすか??」
その言葉の意味を考えている内に気がつけば、やまねは扉の前にいた……ドアノブをひねる。
「…鍵、かかってるね。」
「そりゃあ、そうっすよ。」
「……うん。」
やまねは決意した様に、扉を見つめる。
何故か猛烈に嫌な予感がした。
「ちょっ!?」
止める前に、やまねは扉に回し蹴りを放ち、蹴破っていた……衝撃音が響き渡る。
「厄子さんはここにいていいですよ。」
「……。」
行かない方が楽だという事は火を見るより明らかである事くらい理解できる。自分らしくない事も分かっている……けど。
…厄子は立ち上がった。
「…やまねさん、地下労働施設の場所を分かんないでいくつもりっすか?」
「んー。探せばいつかは見つかるかなって。」
やまねは照れ笑いを浮かべながら、言った。
——服が入った箱を両手で持つ。
「…案内役はワタシに任せるっす。」
「いいの?……でも、」
「ワタシはやまねさんの先輩なんすよ。後輩が頑張っているのを、指を咥えて見てる訳にはいかないっすよ。」
厄子は牢の外に出た。
「……ドア、このままにするんすか?」
「…一応、はめとこっか。」
やまねがドアを持ち上げ、力ずくではめる。
「…はあ。じゃあ、案内を任せます…厄子先輩!」
「迷子にならないように気をつけるっすよ。やまね後輩。」
そう言って二人は地下労働施設へと向かう。
階段をひたすら降り、そこから歩いたりを繰り返す。
「…箱、持ちましょうか?」
「っそれくらい、ワタシがやらないと、釣り合わないっすよ。」
厄子は息を切らし、明らかに疲れ切っていた。
「…ちょっと失礼します。箱はしっかり持っといて下さい。」
「……っ!?待ってやまねさん!まだ覚悟が/」
やまねは箱を持った厄子ごとお姫様抱っこをした。
「…うっ。」
「!流石に無茶っすよ!!」
「……平気、です……行きましょう。」
そのまま、階段をまた降りた。そして遂に到着する。厄子を下ろした。
「ここが、地下労働施設っす。」
「……ここが。」
下を見下ろすと、採掘場が広がっていて、たくさんの男達がツルハシを手に取り、鉱石を採掘していたり、邪魔な岩を片付けたりしていた。そこから色々な声が聞こえてくる。
「おい、こっち手伝ってくれ!岩を運びたい!!」
「こっちが片付いたら、俺らで援護に行くから、トロッコに入れるだけ入れて待ってろ。」
「鉱石硬ってえなぁ。爆薬とか無いのか?」
「んなもんねえよ。今は戦時中だぞ!」
「噂では、ザガバの町で人間が籠城してるらしいぞ。」
「へぇ…マジか。」
「お前ら、私語は牢に帰ってからしろ。今日のノルマ全然達成してないんだからな。」
「こんなに遅れてるのは、看守殿が俺らを牢屋から出すのが遅かった所為だと思うんだよなぁ。」
「っ俺のせいにする気か!?この看守様に対して……。」
「あっ、看守様。これ上まで運んでくれない?…この鉄鉱石、純度が高いから。」
「見せて見ろ…おお!悪くないぞ。でかした!では持っていこう。」
「看守、看守。ついでに上からツルハシも持って来てよ。そろそろ壊れちゃうぜ。」
「おっ。俺のも頼むぜ。」
「おいお前ら…俺をパシリか何かと勘違いしてるんじゃないか?」
「何言ってんだ。いつだって俺らはあんたの事、頼れる看守様って思ってるぜなあ、お前ら!!!」
「「「当たり前なんだよなぁ!!!!!」」」
「…ふん。調子の良い事言いやがって…今持って来てやる。」
看守…ハットは翼を広げ、鉱石を持ちながら飛んで、上に来た。鉱石を籠に入れる。
「奴らの分のツルハシは……っと。あれ、どこしまったっけ?」
「あの、これでいいでしょうか?」
「あ、そうそうこれだ……って、は?何でお前らがここにいる??」
驚いた表情でやまねと厄子を見ながら言った。
「はい、作業が終わったので手伝いに来ました。厄子さんあれを!」
「見て驚くがいいっす!…ワタシほぼやって無いっすけど。」
ハットは箱の中を確認して驚愕する。
「…本当に終わってやがる…だが、俺はちゃんと鍵は閉めていた筈だぞ。」
「え、あ、開いてましたよね?厄子さん!!」
「そ、そうっすよ。あ、開いてましたっす。」
その言葉が嘘である事はすぐに分かった。
「嘘が下手すぎだ…お前ら。牢屋から出た以上、俺はお前らを殺さなくてはならない。これは『獣王レヌ』様直々の命令だ。」
「…僕達はただ、ここを手伝いに来ただけです。決して脱獄しようとは思っていません。」
「そうっす、そうっす。逃げようと思えば、ここに来る必要なかったっすよ。」
「………それでも、命令は命令だ。」
ハットはやまねに攻撃を仕掛けようとして、中断する。下から大声が聞こえたからだ。
「遅いぜ、看守。早くツルハシ持って来いよぉ!」
「看守殿、さてはトイレにでも行ったか?」
「おいおい、このままじゃノルマ終わんねえなぁ。」
ハットは即座に男達が見える位置に移動して下に聞こえるように大声で言い返す。
「ツルハシを探すのに手間取っただけだ!断じてトイレになど行っていない…お前らが働いているのに。」
最後の方は小声だったが。だが、やまねと厄子には聞こえていた……。
「ノルマ、まだ終わってないんですよね。」
「………。」
ーーハットだけは知っていた。もしノルマをクリア出来ながったら、ここにいる男達は不要物と見なされ、殺されるという事を……そんなのは嫌だ。
ハットは振り返った。
「では、次の作業だ……やまね、お前はツルハシを持って下に行け…あと、そこのボサ髪はここの備品の整理だ……分かったか?」
二人は顔を見合わせる。そしてハットを見て言った。
「っ分かりました!」
「了解っす!…ボサ髪はやめてほしいっすけど。」
やまねはすぐに階段を使って下に降りて行った。
(命令よりも、誰かの命の方が大事…だよな。)
そう思いながら、ハットは翼を使い、下に降り、既に下にいたやまねの隣に着地した。男達は少しざわついていた。
「お前ら、新しいメンバーを紹介する。」
ハットに言われ、やまねは緊張しながらも自己紹介をする。
「えっと、今日から働く事になりました、佐藤やまねです。よろしくお願いします。」
「おいおい、女じゃねえか。大丈夫なのか?」
「看守様の彼女か?」
「っやかましいわ。お前ら、やまねにやり方を教えてやれよ!…後ツルハシ持って来てやったから、俺に感謝しながら使いやがれ…解散!」
そう言うと、男達は各々の場所へと向かって行った。
「じゃあ、俺らの所でやろうぜ。」
「はいっ。あの、名前は何て言うんですか?」
「あー俺らに名前なんかねえよ。ずっとここで作業してるだけだからよ。」
「…そうですか。」
そんな事を言いながら、目的地に到着する。
「俺らの仕事は、こういう邪魔なでけえ岩をこのツルハシで壊すって仕事だ。ほら、お前さんの分だ。」
男はやまねにツルハシを渡した。
「…これで、ですか。」
「やってみな。」
「…えいっ!!」
大きな岩に向かって、思いっきりツルハシを振った。岩が少しだけ欠ける。
「…まあ、最初はこんなもんだな。」
「大丈夫だぜ、こっから頑張ればいいんだから。」
「……なるほど。これくらいなら、」
やまねはツルハシを置いた。
「あんた何をするん、」
手刀を真っ直ぐに繰り出す…大岩は徐々にヒビが入り、腕を引き抜いた瞬間にボロボロに砕け散った。それを見た男達や遠くから見ていたハットは驚いていた。
「…マジかよあんた!!ツルハシ要らずかよ!」
「僕、こういう大きい道具を扱うのが苦手で、素手のほうが、やり易いんですよね。」
「逆に凄いじゃねえか。」
「おい、新入りの嬢ちゃんに負ける俺らじゃねえよなぁ!?!?」
「「「いいぜ本気でやってやるよ!!!」」」
「看守様の彼女やるねぇ〜。」
「看守殿、あの子に負けてるんじゃないですか?」
「……っ!?おい誰か!!ツルハシ持ってこい……俺もやるっ!!!!」
やまねが作業に参加した事で士気が上がった。
その様子を上から厄子は見ていた。
「…やるっすねぇ。やまねさん…ワタシも負けてられないっすね。」
その影で厄子が備品の整理整頓してサポートをしていたこともあって、二人が参加した数時間後には、今日のノルマを達成する事に成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます