十五話③ 清算

ーー誰かの足音がしてゆっくりと起き上がる。


「…来たかい、待ちわびたよ。」

「玉座の一件以来ですか。あなたとこうして話をするのは。」


谷口は無言で振り向いた。


全身におびただしい数の火傷や凍傷、色々な魔法を受けた様な傷があり、服がズタボロになっている少年の姿があった。


「やるねぇ…流石だ。まあ座れよ。死にかけだろ。君。」

「…あなたにそう言われるのは癪ですが、お言葉に甘えましょうか。」


少年は谷口の前に座った。


「正座かい?楽にしてもいいんだよ??」

「…これでいいです。それよりもこれを。」


指をパチンと鳴らすと和菓子や急須、二人分の湯呑みが現れた。


「おっ…分かってんじゃん。せっかくだし、ついであげるよ。」


少年の湯呑みに急須でお茶を入れる。お茶を見て谷口は驚いた。


「おいおい。これって、ひょっとしなくても『玉露』なんじゃないかい?」

「よく分かりましたねぇ。僕のお茶コレクションの中で最高級の物を転移させました。」

「…お茶好きなの?君。」

「日本人の嗜みでしょう。お茶だけではなく和菓子にもこだわっていますよ。ぜひ、食べてみて下さい。」


僕がよそいであげます。そう言って谷口の湯呑みにお茶を入れた。和菓子を一口食べて、それからお茶を啜る。


「…っ!?あ〜〜〜〜〜〜………美味しい。」

「当然です。伊達に長生きしてませんから。」


少年は胸を張った。


「長生きぃ??君、見た目小学五年生くらいの癖に???」

「これでも500年程生きてますが。何か?」

「!マジかよ見えねー…辛かっただろ?」

「……まあ多少は。」

「で、どう生き残ったんだい?私主導の即死トラップをさ。」


少年が無言で何かを取り出し、谷口に見せた。


「よく短時間で見つけられたね。あの本の最後に挟んであった、『7枚目の転移の札』をさ。」

「…何故そんな物を。あそこで僕を殺せば!」

「君との賭けが成立しなくなるからね。本末転倒でしょ?」 

「……。」 


谷口はまたお茶を啜る。


「もし、見つけられなかったら…」

「ズズッ…ぷはっ。それは大丈夫だよ。」


湯呑みを置く。


「君、真面目だから本はちゃんと読み切る派でしょ……分かるんだよなぁ〜私には。」

「…。」


まるで見透かされているみたいだった。


「人生経験の差ってね。要は教育は重要だという事さ……………まあ、私に言われちゃお終いだけどね。」


谷口はゲラゲラと笑いながら、軽く少年の肩を叩く。


「お茶、飲めよ。私ばっか飲んだり食ったりするのは何か申し訳なくてさぁ。勿論、和菓子もセットだ。」

「…僕に何も聞かないんですか?あなたには全てお見通しだとでも言いたいのですか!?」


少年は怒鳴る。谷口は少し怒気を含んだ声で言った。


「全てお見通し?そんな訳ないじゃん。ただ私は君とこうしてお話しして、楽しめれば満足なんだよ。『剪定者』?『昔の君』??そんな事は私にとっては心底どうでもいいんだ大事なのは、この瞬間をどう楽しむか…だろ?」


「え………?」


少年は動揺している……谷口は続ける。


「あの本を書いた人はな、そう言って笑いながら色んな苦難に立ち向かっていったよ。『未来の事でうじうじ悩んでる暇があったら、まずは今、出来ることをしなさい』とか、『たとえ死ぬかもしれなくても、全てを誰かに託さずに自身の出来る力でやり切って、その後で生きる道を探しなさい』ってね。いつもは厨二病発言を連発してる癖にさ、たまにちゃんとした事を言うんだよね。本当に、よくできた我らが部長様だよ。」

「その話と何の関係が……。」

「関係?あるね。君、私にそういうのを全て押し付けて、死のうとしてるだろ?」

「っあ……………。」


咄嗟に、反論しようとするが言葉が出てこない。その反応を見て、谷口は笑った。


「はい、図星〜。ガキを論破すんのは簡単でいいや。」

「…っ!」


ムッとした少年の頭をワシワシと撫でる。


「な、何ですか?」

「いや、そっちの方が似合うなってね。真面目なのは美点だけどそれだと疲れるでしょ。たまにはふざけてもいいんだよ。人生ってのはな……そういうもんだ。」


ふと、谷口の脳裏にノイズが走った。


ーーー『…………もっとふざけろや◾️◾️◾️。そっちの方が楽しいし、面白いだろ?』


「ふ。その通りだったね。」

「どうしたんです?」

「え、えっーと、昔の事をちょっとね……。」

「…?」


空気を変えようと谷口は手を叩いた。少年は少しびっくりしていた。


「では、お茶会を再開しようじゃないか。つまらん物事は一旦隅にでも置いといて色々な話をしようぜ。約束はちゃんと守るよなぁ?」

「上等です。こちらこそ、へばらないで下さいよ。何せ、500年の話のストックが僕にはありますから。それに負けない話を果たしてあなたが持っているか……少し心配ですよ。僕は。」


少年は不敵に笑った。負けじと谷口も笑い返す。


城の中で話した時とは違い、憑き物が落ちたように少年は積極的に色々な事を話し、聞いて、互いに笑い合う。空の色は変わらず、赤色である。だが、初めから2人は分かっていた。


別れの時間が少しずつ近づいて来ている事を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…一体、何時間経ったのだろうか。


「……その時、うちの部長がこう言ったのさ、『フッ…教員諸君。これは断じて、これは我が臣下達の仕業じゃない……全てこの私、この世界を統括する花形羅佳奈が主導したのだ!!』ってね。あの時の先生の顔はもうそれは傑作でね。やった証拠も出揃ってんのに、放課後過ぎても部長が先生を説得しててさ。終いには、教員側全員が過労でぶっ倒れたんだ。流石だなって思ったね。でも……後日、部長がいない時に怒られたんだけどね…どうどう酷くない??」

「それは、あなた方が…悪いですよ。ぜひ、あなた達の部長に会って見たいものです。」

「あーいいね。あの人、子供好きだから発言はともかく、歓迎するんじゃない?」


唐突に少年は立ち上がった。


「どったの?」

「…どうやら、ここでお開きみたいです。」

「……そっか。」


少年の体が薄くなり始めている。


「なあ、お茶はともかく、和菓子残っちゃったけど、どうしよ?」

「それは、皆さんで分けて食べて下さい。残したら…呪い殺しますよ。」

「え!そんな事できたん!?」

「ははは……冗談ですよ。」


谷口は少年を見つめる。


「僕がやられたんですから、もしまた別の異世界に飛ばされた時に他の『剪定者』があなた達を狙ってくるかもしれません。」

「そうなの?」

「そうですよ。だからこれは僕からの餞別です。」


少年は真面目な顔で谷口の額に指を当てる。


「!?待って勘弁してまだ死にたくないよぉ!!」

「……殺しませんよ。少し静かにして下さい。」


谷口は黙った……数秒後に指を離して、谷口と距離を取る。


「一応、万が一の為に布石は打っておきました。これで大丈夫でしょう。」

「君は用心深いね…………ちなみに何したのか聞いてもいい?」

「秘密です。僕は伊達に『臆病者』を名乗っていませんよ。それでも今回は特に念入りにやっておきました。何せ………僕の友達ですから。」


谷口は立ち上がった。


「チッチッチッ…違うね。私と君は………親友いや、ズッ友…だろ?」

「………!」


少年は谷口に背を向ける。


「あっ。これだけは前から君に聞きたかったんだ。」

「………今更何を?」


少年は振り返る。谷口は言った。


「名前だよ。君の名前を教えて欲しい。」

「………本当に、今更ですね。ですがその前にやって欲しい事があります。」

「何だい?言ってごらん??」

「城の中でやったアレをもう一回、見せてくれませんか?」


(アレって……………………あっ。)


「じゃあ見てろよ!一回だけだからな……恥ずいし。」

「…お願いします。」


……クルッ、クルッ、クルッ


「ワンっ!!!」

「……っぶっ!?あは、あははははは!!!」


少年は吹き出し、泣き笑いを浮かべていた。


「…前よりも回転のキレが良くて…ぶふっ!」

「あー恥ずいなぁ!!絶対二度とやらんわ。」


恥ずかしくて下を向いた。そんな時だった。


————『神崎春人かんざきはると』。


咄嗟に少年、否…神崎春人がいた方向を見た。


…そこには誰もおらず、ただ空の湯呑みと残った和菓子があるのみだった。


「あークソ。逃げやがって、せめて和菓子以外は片付けてから帰れよな。」


そんな事を呟きながら何故か、涙が溢れてくる。


「はあ、クソ神崎君め。絶対、次会った時はとっちめてやる。」


谷口は空を見上げる。相変わらずの赤一色だった。


(そろそろ、帰らなきゃな………元の世界に。)



ーーそう思いながら、3人が帰ってくるまで神崎の湯呑みを見ながら谷口は静かに泣き続けた。





















































































































































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