二話 邂逅

 誰かの怒号。誰かの息遣い。辺りに金属音が響き渡る。


(誰かが戦っているのか?)


 正直、体が重いからこのまま寝てるフリを続行してもいいのだが…………。


 ふと、直前にあった出来事を思い出す。


(確か、魔法陣に巻き込まれて……!?)


 反射的に目を開けて、すぐに体を起こして辺りを観察する。赤い空と木が一本ないだだっ広い何か禍々しい平原が広がっている。


「フハハハハ!!いいぞいいぞ小僧。ただの人間風情がよくここまで抗った!魔王サナヤタリが貴様は強いと認めてやろう!」

「…無傷のくせに……何…言って…やがる。」


 前方に肩で息をする山崎がいた。よく見ると、制服の所々から血が滲んでいる。


(やっぱり2人も魔法陣に巻き込まれたのか……ってやまねちゃんは?!)


 探そうと足を動かし、つま先に何かが当たる。


(……ん?)


「………すうすう」


 足元にやまねが眠っていた。


(うっわ…初めて寝顔を見たよ。本当可愛いわ。写メ撮りたいなぁ。てか何で起きるときに気づかなかったんだ私?!今度眼科を受診しよう。)


 そんなしょうもない事を考えていたら、谷口の胴体に強い衝撃が走り、思いっきり後ろにぶっ飛ぶ。


「ぐっはぁぁぁぁ?!……何なんなんだよもう!こちとら、」


「……!起きたのか!!谷口!!!」


「ん?……山崎君じゃん。君は確か、あのいかにもヤバそうな奴と戦ってなかったっけ?」


「ああ。そうだ。今さっき蹴りを喰らってな…何とか致命傷を避ける為に回避したんだが……おい谷口、見てたのか?。」


「うん。見てたよ。よくもまあ鍵一本で戦えてるなと思ったね。私には無理かな。」


「そうだなぁ。そのせいで鍵二度と使えない位変形したからお家帰れねよって、助けろよ?!もっと援護とか何かしらできたろ?!お前何やってたんだよぉ!」


「力で君に勝てない相手なんて、私が出張っても1秒でミンチっしょ。何してたかは…キンソクジコウデス d(-.・。)」


「ハッ。そうか…………2秒で始末してやる。」

「いいぜ来いよ………3秒は生きてやる。」


こうして戦いの幕が切って落とされ……………なかった。その理由は火を見るより明らかであった。


「フフフ…この我を……魔王サナヤタリをここまで無視する輩は貴様らが初めてだ!!!」


いつの間にか、魔王が寝ているやまねに手をかざしていたからだ。瞬間、山崎が動こうとするが……


「動くな小僧!!。動けばすぐにでも灰にしてやってもいいのだぞ?」

「……チッ。」


拳を握り締め、悔しい表情をして山崎の動きが止まる。魔王はその反応を満足そうに見た後、こう続けた。


「だが…そうだな……我が出す条件を飲めば、

この小娘を解放してやっても良い。」


何故か山崎が困惑した表情を浮かべ、谷口は笑いを堪えていた。


「………何だ貴様ら。不服なのか?」

「とても言いにくいのだが魔王よ、この子はおと…ムグゥ?!」

「いやぁ、そうだよなぁ!?こんな可愛らしい女の子を助けられるんなら何だってやるよね!

山崎君!!」


咄嗟に手で山崎の口を塞ぎ、谷口が大声で山崎の発言を有耶無耶にした。無論、力比べでは、山崎の方に軍配が上がる為すぐに取り払われたが。山崎が何か言う前に先手を打つ事にした。


「ごめん魔王君、ちょっと相談タイム入れていい?」

「フン。………………………3分だけだそ?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

魔王から少し離れ、座るのに丁度いい柱だったっぽい場所に互いに腰を落ち着かせる。


「いやぁ改めて、異世界来ちゃったね。空赤いし、草の色紫だし、ここ何処なんだろうね?」


「もし、それを言いたかったから時間を取ったんなら、今日がお前の命日になるが……いいか?」


「冗談だよ。……ん?まさか疑ってるのかい?心外だね。私だってごく稀に真面目になる事ぐらいあるよ!」


「じゃあ聞くが何であの時、口を塞いだ?誤解したままだとややこしいし色々面倒だろ?」


「う〜ん。まあ、正論だね。」


「言い方がうざくて殺意が湧いてくるんだが、どうすればいいと思う?」


「我慢すれば良いと思うよ。……話を戻すけど、まあ要するにこれはプライドの問題って訳。」


「………?話が飛躍してないか??どういう事だよ。」


「仮に君が魔王だったとしようか。君がやまねちゃんを見て男か女、どっちに見える?」


山崎は即答した。


「男に決まってるだろ。」


「これじゃ例えが悪かったかな。じゃあ君が初めて、今日の姿のやまねちゃんと会ったとしよう。どっちに見える?」


「…………………………っ!!」


「やっと分かったかい。そう、今のやまねちゃんは男子用の制服ではなく、『女子用の制服』を着ているのさ。まあ、分からなくなるのも無理もないよ。なんせ私達は演劇部、やまねちゃんがスカート姿でも違和感が無いぐらい見慣れちゃった光景だからね。」


「………。」


「もし、女性と思っていた人が誰かに本当は男性だよと言われた時、どう思うんだろうね?

ああそうなんだで終わればいいけど、相手は魔王、大体のRPGゲーとかだと大抵無駄にプライド高くて、融通が効かない奴らでしょ?最悪、逆上して私達全員、皆殺しエンドっていう線があったと思うんだ。だから口を塞いだって訳だよ。山崎君、これからは軽率に行動するのはやめた方がいい。馨お兄さんとの約束だゾ☆」


(嗚呼、この誰かを論破した時のこの快感、癖になりそうだわぁ。)


完璧に論破したと思った時こそ、決定的な反撃の隙が生まれる。故にそのタイミングが来るのを山崎は待っていた。今度は山崎が先手を打つ。


「…でも谷口。」


「ん?何だい。感謝の気持ちを込めてこれからは馨と呼んでくれるって??嬉しいなぁもう本当に!!」


「やまねが女子の制服を着ている原因、お前のせいだからな?」


「………ふぇ??」


山崎はため息をついた。


「だから、お前が大道具で使うペンキを思いっきりこぼして、それが運悪くやまねの制服にかかって、体は水泳部のシャワーで洗い流せたからいいけど、制服の方はもう使い物にならなくなって、何着て帰るかと花形部長と相談してた時にお前が『女子の制服着てるやまねちゃんマジ見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たいうわぁーーーーーーん?!?!』って言ってたよな。やまね、お願いとかしたら絶対断れない奴なの知ってた上でやったろお前。やまねはどう思ったんだろうな?内心では嫌ってるんじゃないのか??お前のこと。」


「……?!」


「まさか、今の今まで忘れてたのか?正直引くわ。」


バキバキボキィ!と心が砕ける音がした。今まであった快感も愉悦もまるで砂の城のように崩れ落ちてゆく。山崎は立ち上がった。


「そろそろ行くぞ。魔王が待ってる。」

「……もうダメだ…お終いだぁ…。」

「……………………はあ。」


唐突に谷口の顔面をぶん殴った。


「ヘブッウ?!?!……何すんだ山崎君?!」

「立つまで殴り続けてやるよ!!」


バギィ、べキィ、ボコォ、バコン、ミシィ……

……………………………谷口は立ち上がった。


「どうだ。やる気出たろ。俺もガキの頃に親父によくやられたもんさ。そのおかげで立ち上がってこれたんだ。」

「……君の…世界…観…昭和かよ…。」


意識が朦朧としている。頭がクラクラする。


「でも、立てたじゃねえか。」

「………まあね。……命の危機を感じた…からかな。」

「まあ、あの話1割くらい嘘だけどな。」

「……?!9割は本当の事だったんかい?!」


山崎家の闇を見た気がする。


「おっ。いつもの感じに戻ってきたな!」


「……君が私の心を折ったくせに……。」


「でもそれは元々お前のせいだろ。」


「………そうだね。」


「俺はさ、こうやって暴力を振る事しか出来ないからよ。交渉とかそういうのは苦手だ。だからさ、頼んだぜ谷口。やまねを助けてやってくれ。謝りたいんだろう?」


「………当然さ。……万が一、交渉に失敗した場合、やまねちゃんを連れて逃げてくれ。私が時間を稼ごう。」


「ハッ。1秒ももたなそうな癖にか?」


「何、意地でも2秒はもたせるさ。」


「その時は、3人で魔王に突撃して仲良く玉砕しようぜ。それが友情ってもんだろ?」


「思考が1世紀くらい古くない?私は意地でも逃げを選ぶね。君だけ勝手に玉砕してれば??」


お互いに笑い合う。これが最後になるかもしれない。そんな事を考えながら。


谷口馨と山崎聖亜は佐藤やまねを取り戻すべく魔王との交渉へと歩を進める。

































































































































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