第4話 闇の中 side he
時間が経過する。すでに時間の感覚がない。スマホの画面が見たい。
心なしか指先に血の気がない気がする。右手で左手を触れる。冷たい。やはり横たわってばかりでは血流が悪くなる。指を組合わせて動かす。さっきから同じことばかり考える。本当は間違っていたら。そんなはずはない。駄目だ。気分は次第に落ち込んでいく。
もうどのくらいたった? 数でも数えようか。今更?
それでも今からの経過時間はわかるはず。そう思って1から数えてはみたけれど、駄目だ。じわじわと俺を包む不安に囚われて途中で桁がわからなくなる。意識が朦朧とする。けれども何らかの変化を見逃すことはできない。暗闇の中で手の甲を強くひっかく。少し正気が戻る。
チリリリリ
どのくらいの時間がたったのだろう。音と共に世界が少しだけ四角く神々しく光り、縋るように通話を押した。けど飛び込んできたのは泣きそうなミキの声だった。
「どうしよう、3メートルくらい掘ったけど見つからない」
何だと!?
突如戻る現実感と、それがもたらす恐怖に体がこわばる。
落ち着け、どこか間違っていた? 残り時間は?
17:05
日没とはいつだ。視認での日没を基準とするなら、曇ってたら判断は困難だ。だから視覚的判断ではない。絶対的な基準時間があるはずだ。ゲーム開始前に日没は何時か尋ねたら『ここ神津の日没が基準となる』と言っていた。それならここがどこであっても日没は18時前後。最近の日の入りはそのくらいだったから。
新しく掘り返す時間はもう、ない。
なら、もし間違っているなら……近くに埋まっていることを期待するしかない。ひょっとしたらそれもフェイクかもしれない。もう少し掘ればたどり着くかもしれなくて。掘ってる間に位置がずれたとか?
祈るように『iphoneを探す』と光点は俺と重なっていた。
「何故だ!」
思わず酸素が欠乏する可能性を忘れて叫んだ。その音声は俺を閉じ込める金属の箱に反射して俺に跳ね返り、脳を揺らした。気持ち悪ぃ。
「タイガまって、いま声がしたかも」
声? そうか、近いなら声が届くの、かも。
だからやたらめったら叫んだ。声が枯れ果てるほど。
「ハァ、ハァ、どうだ」
「駄目! 声が聞こえるけどどこから聞こえるかはわからない! もう少し大きくならないの!?」
あと、少し、の、気がする、のに。
酸欠で喉がヒューヒュー鳴る。きっと土が音を吸収してる。何なら……。聞こえる、もの。高音の叫び声より重低音なら。残量は4%だ。ここだ。ここで使い切る。
音量を最大にしたスマホをスピーカーモードにして、いつも聞くハードロックを再生する。地を踏み鳴らすようなドラムに闇を這うようなベース。まるで葬送だ。これでだめなら、もう。
「聞こえた! 真下!」
ミカの明るい音声を最後に電池残量は0になった。
希望の光と共にスマホの明かりは消え失せた。無常にも。でもよかった聞こえるほどの距離ということはあと少しだ。ハァハァと息を整える。酸素が、足りない。頭がくらくらとする。けれどももうすぐ、助かる。金は俺たちのものだ。痛む心臓を押さえ歓喜とともに拳を握り込める。このまま耐え忍べばいい。
……。
ふと、静寂に気づく。
もう時間を確認することはできない。けれども音が聞こえる距離なら1時間あればなんとかなるだろう。ミキならば。
……。
随分時間が経った気がする。
だが何も音が聞こえない。スコップの音も棺をこじ開けるドリルの音も。……真っ暗で時間の感覚がわからなくなっているのかもしれない。早く過ぎ去れ。このどこからともなく湧き上がり続ける不安と共に。さっきから頭を掠める嫌な、想定しえた選択肢と共に。
気が狂いそうだ。
寒い。暗い土の底はとても。この震えは何から来ているのだろう。
プラスのことを考えよう。不安を振り切るように頭を振る。
日没までの時間はほとんどないだろうからボーナスは貰えないけれど。5000万あれば多少はプラスが出る。ボー……ナス……?
その言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。
待て。それほどロスタイムが生じたつもりはない。けれどもギリギリだ。
ボーナスとは、取得できる可能性があるからこそ提示される。けれどもミカはこのゲーム開始直後に掘り始め、一直線に真下に掘り進めているはずだ。けれども未だ、届かない。このルートでボーナスは無理だ。
そうするとこのルートは正解では……ない?
棺の湿気が漏れ溜まるように背中にに冷たい汗が滲む。手が震える。いや、よく考えろ、他の道具でもっと速く辿り着く近道があっただけに違いない。何か。Bluetoothが使えるアプ……リ。薄っすら考えていた可能性に青くなる。やはりBluetoothか?
Bluetoothの通信距離は約10メートル。だから範囲内だと思っていた。だがそれはあくまで障害物がない前提だ。1メートル半ならと思っていたのにミカは3メートル掘ったと言っていた。その深さで本当に電波なんて……届くのか?
目を伏せていた事実に直面する。鉄、金属は電波を遮断する。だから……届くはずがない。
届いているから届くんだ。そう思い込んで目をつぶり、安心しようとしていた。
途中で気づいて頭の隅に押し込んだ届かせる方法。中継基地局の存在の可能性。
何らかの方法でこの棺から近くの中継基地まで俺のスマホがBluetoothの電波を飛ばし、そこから増幅された電波がミキに届く。確認してないこの背中の下が、仮に電波が通るプラや樹脂か何かでできていたとして写メれば気づけた可能性。そこに受信機があってどこかに繋がっていたとしたら。
ミキのスマホは中継機器の発するBluetoothの位置を俺の位置をだと誤認した? いや、それなら俺の『iphoneを探す』で位置が合致するのはなぜだ。いや、ストーカー対策アプリとか位置を誤魔化す方法なんていくらでもある。ミキのiphoneの設定がいじられている場合……糞。ミキはPCにあまり詳しくないがログの見方を指示すれば操作の有無に気づけたかもしれない。不意に浮かんだ失敗の可能性。
頭を振る。それで場所を誤魔化せてもそもそも『探す』以外に俺の位置を割り出す方法なんてあるのか。ないだろ。あるはず……ない。
わからない。どっちだ。どうなってる。
今では心の底では、その方法を思いつかないことを期待しだしていた。
スマホの電池は切れてしまった。不安に苛まれる。俺はもうどうすることもできない。悶々とした気持ちでこの暗闇で時間がすぎるのを待つことしか。
思いつかない。電波と音以外にどうやって。音。振動。振動させるもの。……転圧機!? ひょっとして俺は地表近くに埋まっていて、地面が固まるのを覚悟で転圧機をかければその振動が伝わって位置を把握できた……?
畜生、最初に全ての機材を試すべきだったのか!?
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