第3話 土の中 side he

 スマホの光で照らされた目の前の天井は金属だった。

 光沢をもったグレイ、鉄? いや、光源はスマホの灯りだ。他の物質の可能性はある。メッキかも。材質は不明。端部は溶接されているように見える。溶接? 完全に閉じ込められているのか? いや、不確定だ。

 電池は9%。保たない。どうせ繋がらないなら機内モードに切り替えて電力消費を抑えよう。バックライトも最弱設定だ。真っ暗だから十分すぎる。これでも明るすぎるほどだ。だが状況確認は必須。背に腹はかえられない。

 少し悩んだがカメラモードに切り替え、フラッシュを焚いて何箇所か撮影する。

 8%か。

 フラッシュは電気を食う。軽々に使えない。撮った写真をピンチする。足元は……何もない。金属の低い天井が続いて足の少し先で塞がれている。頭上も同じ。……空気穴もなさそうだ。コンコン叩いても鈍い音しかしない。分厚いか、上に何か詰まっている。

 やはり土中か。心なしか湿度も高い。俺を包むこの箱の形状がまるで棺桶のように思えた。悪趣味だ。


 このゲームのことを考える。

 『Money or Die』

 通称MOD。それはまことしやかな噂とともにネットの海を流れていた。登録して危険なゲームに勝ち抜けば莫大な金が手に入る。ひと昔前に漫画で流行ったデスゲーム。

 俺とミキは金に困っていた。それを見透かされたようにそのサイトにたどり着き、半信半疑で登録した。笑えるほどのテンプレート。けれども中身は本当だった。俺たちは2回勝ち抜き、今が3回目だ。

 今回のミッションを思い出す。

 『日没前に脱出すること』。それだけだ。その時点ではまさか土に埋められるとは思っていなかった。幸いミキの仕事は造園業だ。傍らに置かれていたという機材の使い方は分かるはずだ。

 生還ルートは金属探知機で検知してスコップで掘り、ドリルでこの鉄板に穴を開ける。それでいいか? いや、そんな単純なはずは。


 チリリリリリリ


 ミキからの着信に慌てて通話を押す。

「どうしよう、反応する場所が2箇所ある」

「ミキ、金属探知機ってどのくらいの深さまでわかるんだ?」

「普通のだと1.5メートルくらいかな。でも私なら、ギリで2箇所掘れる。普通の人じゃ無理だけど」

 『普通の人じゃ無理だけど』。その言葉が引っかかる。そもそも『普通の人』は金属探知機の使い方なんて知らない。とすればミキが造園業者で2箇所掘りきれることを織り込み済みの配置なのだろう。

 よく考えろ、このゲームはそんなに単純か? 3回目を勝ち抜けば俺たちが手に入れうる金は2人合わせて基本が5000万、そっからは日没までの時間を1分毎に100万円だ。日没まで2時間残して脱出できれば追加で1億2000万円のプラス。

 この金額が2択の運で得られるような単純なボーナスとは思えない。つまり。


「ミキ、両方ともハズレだ」

「なんで!? 金属探知機で反応があったよ?」

「2つ掘ってどちらかあたるなら、どちらも正解じゃない。これはそんなぬるいゲームじゃないことはわかってるだろ。より深いか、プラか何かの検知されない素材かだ」

 電話の向こうでミキが押し黙る。すると不意に世界は無音になった。真っ暗闇の静寂。急に不安が押し寄せる。これまでのゲームが思い浮かぶ。頭がおかしいとしか思えなかったゲームを。

「確かにそうね。でもじゃあ、いったいどうしたら」

 急いで頭を巡らせる。使えるもの。

 スコップはともかくノコギリやドリルは棺が見つかってからの話だ。金属探知機はフェイク、転圧機は土を固めるから逆効果、測量機は使えないから除外。他にないか、俺達が持っているもの。そこで手元に目が行く。スマホ?

 システム履歴を急いで探る。

 俺は電子機器に強い。ミキの造園技術が織り込まれているなら、多分俺の仕事も折り込まれている。けれどもトランシーバーアプリが入れられた以外には変化はない。

 他に何か、使えるもの、なんだ。土の中だから叫んだって聞こえない。聞こえる? 俺とミキが通信しているのはBluetooth。Bluetoothで使えるもの。そうだ『iphoneを探す』アプリだ。あれはBluetoothを利用しているはずだ。

 センサーをオンにする。急いでミキにも指示をする。レーダー上に現れる光点。やった、これだ。光点が少しずつ近づいてくる。俺の真上。ここだ。

「ミキ、俺のレーダーは一致した。そっちは?」

「こっちも同じ! ここを掘ればいいのね!?」

「そうだ、電池が心許ないから一回切る。何かあった時だけ連絡して」

 あとはミキが掘り出すのを待つだけだ。バックライトが光るスマホを見つめる。希望の光。これで助かる。

 やった。これで大金は俺たちのものだ!

 まだ見ぬ札束に想いを馳せる。これで全部払える。ヤバめのレートのゲームに手を出したが正解だった。歓喜で体が震えた。


 ふっとバックライトが消え、視界が暗闇に戻った。

 何の音もしない。棺の冷気が俺を不安にさせる。目を閉じても、目を閉じなくても同じ。まるでこのゲームに参加するまでの俺たちのようだ。

 俺たちはある日突然、莫大な額の賠償金を背負わされた。事故だった。高速道路に人が歩いているとは誰も思わないだろう? 急ブレーキしても間に合わず、却って後続車とも衝突し、玉突き事故で死者が出た。運転者と歩行者では運転者が悪い。そういう法律だ。俺はどうすればよかったんだ。

 途方に暮れて死のうかとも思った。俺たちには夢があった。そのためにこれまで頑張ってきたのに、そんなものは世の中の仕組みの前では簡単に木っ端微塵になった。でもこれで、俺たちは元の生活に戻れる。そう思った。


 鼻を動かすとかすかに土の香りを感じた気がした。静寂。何も聞こえない。今俺の上の方でミキがスコップで掘り出してくれているはずなのだ。不安。それはどこからともなく湧いてくる。

 思えば普通、穴を掘るというのは女ではなく男の役割だろう。この俺たちの配置からも、ミキが造園業者で土を掘るのが早いことが織り込まれているはず。それに一度掘り返された土ならそれほど硬くはないだろう。いや、転圧機があるということは突き固められたのか。それを示すためにおいていったのか?

 意図はわからないが位置関係は把握できた。掘り返せないほど固めるならばゲームは成立しない。ゲームというのはクリアできる余地があるからこそ、ゲームなんだ。

 時間はそれほどロスしていない。おそらく大丈夫、だろう。そう祈る。


 思考を止めると俺を再び襲ってくる全てを塗り尽くす墨のような闇と静寂。時間が立つほどに深く降りる闇の澱は俺をじわじわと不安で締め付ける。

 それに抵抗するために、体が硬直しないよう時々横を向いて手足を動かす。そのたびに固まった関節に暖かい血液が流れ、延ばした手足が冷たい壁に触れ、ひやりとした感触がまた俺を不安にする。

 目元に手を持ってきても何も見えない。光が全くなければ目が慣れることもないんだな。無性にスマホの灯りが恋しくなる。画面をつけて温まりたい。マッチを売る少女のように。そういった衝動が俺の胸にせりあがる。光。駄目だ。これが多分俺の試練だ。凍えるような暗闇に耐えること。きっと最後に何かあるのかもしれない。その時に電池がなければ詰むような何かが。

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