仕事が出来ない僕の、マジでやらかした最大のミス

書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中!

フィクションです。

 入札、という言葉を聞いたことがあると思う。


 最近ではメル〇リ、昔はヤ〇オク。

 入札金額の高い人が落札し、商品を購入する事が出来る。

 

 これから僕がやらかした失敗談は、そんな入札に関するものだ。

 しかし、上記に述べた入札ではない。

 企業や国が開催する入札に関する話だ。


 え? 何か違うの? って思う人への補足。


 企業や国が開催する入札で得られるものは、役務と呼ばれる仕事だ。

 仕事を得るために入札を開催し、落札者はその仕事を得る事が出来る。


 つまり、お金を払うのは相手であり、入札者はお金をもらう為に入札に参加するのだ。  

 

 情報として仕事内容を企業が公開し、それをこなす為に何がどれだけ必要か試算し、利益込々の金額を入札額として投函、企業があらかじめ設定していた金額に近い入札者が晴れて落札者となり、その仕事を受注するといった流れになる。

 

 最初から設定された金額に近い内容にすればいいんじゃないの? って思うかもしれない。

 しかし、残念ながらその金額は伏せられているのだ。

 

 なぜ伏せるのか、それは入札を開催した側としても『大体このぐらいでしょ』という試算を行い、それに近い数字を出せる相手を見出す為だ。つまりは企業努力、信頼度を精査するために実施するものでもある。適当な業者に仕事任せたくないでしょ? つまりはそういうこと。


 安すぎてもダメ、高すぎてもダメ、設定値をギリギリ超える金額かつ、与えられた仕事をきちんとこなす為に何が必要か理解している相手、これを企業や国は求めている訳ですね。


 ちなみに。

 この設定金額を入札前に相手に伝える事を、談合と言います。

 昔はよくあったみたいですけどね。必要悪として。


 例えば、地元企業では二千万の試算でいける所を敢えて七千万に設定し、二千万の数字を出した地元企業は落選、七千万を提示した大企業が落札とかね。それはそれで働く人にお金が落ちる訳ですし、利潤の高い方法で甘い汁を啜ってきた輩も数多にいたのでしょうけども。


 閑話休題。


 当時の僕は、まだ若い営業マンでした。

 現場を経験し、晴れて営業職になったばかりのぴっかぴかの一年生です。


 そんな僕に対し、当時の支社長がこういいました。


「僕君、ちょっと君にこの入札を担当してもらえないかな」


 メールで送られてきた内容は、とある国が発注する入札でした。


「落札する必要はないから、適当に頼むよ」

「そうなんですか、はい、分かりました」

「じゃあ僕君、頼んだよ」


 機密事項が多いものですので、いろいろと詳細は省きますが、とある国のお仕事です。

 落札価格自体は誰もが目にすることが出来ます。ちょっと調べればすぐに出てきます。

 ただ、それは落札価格であって、他の参加企業の数字は掲示されないのです。


 社長が知りたかったのは同業他社の数字なんですね。

 落札しないにしても、同業他社はこの仕事に幾らと掲示するのか。

 入札に参加すると、そこら辺も見る事が出来るのです。


「先輩、支社長からこの入札を頼まれたんですけど」

「ああ、それ去年も出てるからね、後回しでいいからこっちの現場お願い出来ない?」


 去年も出てる、つまり先輩は入札に何が必要か把握している。

 ならば先輩の指示が出てから入札に望めばいい、見れば締め切りも三か月も先のものだ。

 今現在動いている仕事だって大量にある、関東一円が僕と先輩の担当なんだ、暇はない。


「わかりました、先に現場挨拶行ってきます」


 そんな感じで、僕は入札の資料を山のようなメールフォルダに埋もれないように印刷し、机の引き出しにしまったんですよね。三か月もの猶予期間がある、その意味を深く考えずに。

 

 それから一か月が経過しました。


 支社長からお願いされた入札が頭の片隅にあるにはありましたが、当時はまだ働き方改革なんてどこ吹く風、定時で帰るなんて奇跡に近い社風でしたので、当然ながら毎日多忙を極め、気にはなっているもののまだ二か月あるから大丈夫と、心の中で思い込んでいました。


 更に一か月が経過し、さすがに気になったので再度先輩に聞いてみることに。


「平気でしょ? ちょっとずつやれば大丈夫だから」

「え、でもまだ僕、何も手つけてませんよ?」

「まぁ大丈夫だから、これの確認と経理へ提出、宜しくね」


 本当に大丈夫なのだろうか。そう思うも、能天気極まる僕はその言葉を鵜呑みにし、既に机の引き出しのかなり奥底の方で眠る入札書類に手を付けなかったのです。


 それから二週間が経過しました。

 入札まで残り二週間しかありません。


 このままでは不味いのではないか? と、ようやく自発的に考え、その時初めて入札書類に目を通したのです。それまでは触りの部分しか見てなかったんですよね、なぜなら入札書類って物凄い沢山の言葉で埋め尽くされていて、読むだけでも結構な時間が必要になるからです。


 言い訳ですね。

 貰った時に読めよと。


「……、え、これって、不味くないか」


 遅まきながら、自分が置かれた状況に気づきました。 


①入札当日までに、勤務員が休憩する場所を県内三か所用意すること。

②勤務員が使用する車両の手配を仕事に必要な台数分用意すること。

③入札に必要な書類に関係各所の承認印をもらうこと。

④入札金額を試算し、その根拠を掲示すること。

⑤仕様書に基づいた仕事内容を明記したものを三冊用意し、入札三日前に提出すること。


 え、無理でしょ。 

 これを二週間でやれと? 


「先輩、これ、不味くないですか」

「ああ、僕君の仕事なんだから、責任もって頑張ってね」

「………………はい」


 悪意があったのか無かったのか、未だに分かりません。

 ですが、先輩を責めるのは間違っています。

 なぜなら任されたのは僕であり、確認しなかったのも僕なのですから。


 その日から、僕の超絶多忙極まる日々が始まりました。

 無論、日常的な仕事もあるのです、それこそ入札を放棄していた程に仕事があるのです。

 その間隙を縫って入札書類の作成に当たりました。


 まずは散々言われていた去年の資料とやらです。そこには確かに契約予定のアパートやら車両やらが掲載されていました。金額が妥当なのか、僕には試算出来ていません、ですがそれをそのまま載せるしかなかったのです。なぜなら時間がないから。


 さらっとネットでその建物があるかどうかだけ確認し、空きがあるかどうかも不明なままそこに選定しました。適当でいい、何故なら受注することはないのだから。車両も同様、昨年と同様のものをそのまま記載し、ろくに確認も取らずに転載しました。お願いだから受注してくれるなよと口にしながら。


 次が厄介でした。関係各所承認印、大企業になればなるほど、社長印って貰えないんですよね。分かる人には分かると思います。役所の承認印とか、警察の承認印とか、なんでこんなに書類が必要で時間が掛かるんだよってぐらいに印を押してもらえないんです。


 僕に残された時間は既に一週間を切ろうとしています、土日? そんなのは仕事の時間です。しかし承認印を頂くのに短縮する方法は何も存在しません。待つしかないのです。なので、僕は他の仕様書の作成と入札金額の根拠の作成に当たりました。


 根拠? そんなもん何もないですよ。

 しいて言うのならば「去年こんなんでした」これだけです。

 

 なので根拠については、もしかしたら数日後の僕が何か思いついているかもしれないとし、完全放置する事にしました。そしてぶち当たったのは⑤仕様書に基づいた仕事内容を明記したものを三冊用意すること、です。


 詳細は書けないので書きませんが、簡単な訳がないんですよ。国が発注する仕事が。  

 センチ単位で記載しなくてはいけない業務内容に、勤務員の一日のアサイン作成。

 さらには人件費や休憩場所やらもういろいろです。泡食って作りました。


 で、それをそのままという訳にはいかないんですよね。 

 当然ですが受注する可能性があるからです。

 上司や支社長に確認していただき、承認してもらわないといけません。

 また出たよ承認、しかも仕様書に関しては入札三日前に提出しないといけない。


「ああ、これ、仕様書も社長印必要だからね?」


 知っておこう入札の基本。

 入札に関しては全て登録した会社、つまりは本社管轄になるのです。

 なので仕様書にも本社の社印と社長印が必要な訳です。


 提出するのは土日を挟んだ月曜日です。

 ちなみに今日は木曜日です。


 つまり社長印をもらうには今日か明日でないといけません。

 通常、社長印をもらうのに一週間はかかります。

 

 終わったって思いました。

 ですが、この段階で僕は三日以上会社で寝泊まりし、そのほとんどを寝ていませんでした。  

 

 頭が狂ってたんでしょうね。


「マジ、ですか、いや、でも、本社に行けば社長っているんですよね」

「いるにはいるが」

「じゃあ今から行ってきます」


 通常一週間は待たないと貰えない社長印を、即日で貰う。

 ええ、無理ですよそんなの。ですが僕にはもう時間がないのです。


 駅へと向かう途中に本社へ連絡し、事情を説明して何とかして社長印を貰えないかと懇願しました。さすがに今日の今日は無理だと言われましたが、既に体は電車の中です、大都会東京へと向かう足は止まりません。


「これにハンコを、月曜日に必要なんです」


 当時の僕を知る人は、その時の僕を見て「あ、これ、これ以上働かせたら死ぬな」って思ったらしいです。当然でしょう、死ぬ気で働いてたのですから。その時の僕はきっと覇王色の覇気を身にまとっていたのでしょうね。絶対に受け取らないはずの書類を本社は受け取り、そしてその日の内に社長印をもらう事に何故か成功したのですから。

 

「これで大丈夫?」

「はい……大丈夫です」

「こんなの二度目はないからね? ……無理したらダメだよ?」


 事務にいたお姉さんの優しい声を背に受けながら、僕はその足で会社へと戻りました。

 ちなみに、仕様書は三冊作らないといけません。原本一冊に、他二冊です。

 僕がこの時持ち歩いていたのは原本のみです、原本だけで百科事典なみに部厚いのです。


 しかし、この時の僕は既に達成感に満ち満ちていました。

 普通なら三か月かけてやることを、たったの二週間で終わらせたのです。

 適当の極みみたいな仕様書ですが、それでも入札するという条件を満たすことは出来た。


 落札する必要はないのです、参加して同業他社の金額が知れれば、それでいい。


「今日はゆっくりと休めるの?」

「うん……さすがに、ちょっと疲れたから」


 安らぎの土曜日、妻と二人でのんべんだらりと休日を楽しんだ僕は、日曜日の昼頃に、誰もいない会社に出社しました。仕様書は三冊必要なのです、あとはコピー機をガンガンに回せばこの苦行も終わる。辛かった二週間から、ようやく解放される。


 そう思っていたのですが。

 百科事典並みに分厚い仕様書のコピーが、すぐに終わるはずが無かったんですよね。


 余裕ぶっこいて休み休みやっていたのですが「あれ? これ終わらないんじゃないか?」と途中で気づき、夜通しコピー機相手に延々と回し続ける羽目に。しかも提出する仕様書ですから、綺麗に目次ごとにしっかりとまとめないといけませんん。蛇足でしかないはずのこの仕事が、結局月曜の朝までかかってしまったのは、僕の人間性を現しているたのでしょうね。 


 何はともあれ、入札に必要なものは全て揃いました。

 提出した仕様書も受理され、後は三日後の入札日を待つのみです。

 

 悠々自適な時間でした、激務から解放されたあの快感は今でも忘れられません。

 これにて、僕の失敗談を終わろうと思います。


 読者の皆々様には、僕と同じ轍を踏まない事を心からお祈りいたしております。

 人間生きていれば様々な失敗を重ねていくものです、僕のこの経験が他山の石となる事を心より願って、この物語を閉じたいと思います。


 書くことはありませんが、続きがあるとしたらタイトルはこうですね。







『入札、受注』


 ……語る必要はないと思います。 

 では、これにて。 

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