04 花の剣
窓際から床に落下して割れたゼラニウムの鉢を手早く修理しながら、ミーンフィールド卿が、島から持ち帰って育てた緑達に耳を傾ける。大きな机の上で育てていたおかげか無事だった、島から持ち帰った若い緑達が賑やかに揺れる。
『祠の神様よ』
『お目覚めになったのかしら』
『でも随分ご機嫌斜めらしいなあ』
『おれたちの島では、こんなにひどく揺れたりはしなかったぞ。父ちゃんや母ちゃんが言ってたけど』
鉢を直して貰ったばかりの窓際のゼラニウムが溜息をつく。
『………まったく、窓から落ちた時には死ぬかとおもったぜ。それにしても親父、こいつぁ一体どういうことだ? 何だかあっちもこっちも様子がおかしいじゃねえか』
「確かに、只事ではない気配だ」
書斎は本棚が倒れて足の踏み場もないが、館の片付けよりも城に向かうのを優先させることにして、ミーンフィールド卿は言った。
「少し家を空ける。お前達は安全な床に降ろして置いてやるから心配は無用。それと……」
苗木にしようと赤土玉に挿して、室内の程よい日陰の床の上で育てていたために難を逃れた柳の枝が、微かに光っている。思わず言葉を止めて耳を傾けたミーンフィールド卿が思わず眉間に手を伸ばす。
「………地下の倉庫の、一番奥? あそこは父の遺品置き場だが………」
ゼラニウムの鉢を床に置き、苗木を抱え、最低限の荷物だけまとめているテオドールの後ろを通り抜け、厨房の床にある地下倉庫への入口を開ける。
手前の食料庫、その奥の小さな保存庫の更に後ろのドアをそっと開けると、丁寧に積まれた亡き父親の遺品の中の何かが柳の木に呼応するように微かに光る。
「………これは」
父が殉職したその瞬間まで手放さなかった『花の剣』という名の、細身で少し長めに作られた愛剣である。自分の手には少し小さいが、美しい優雅な造りのこの剣の柄の部分を削ってしまうのは惜しく、この倉庫に戻してしまったのはもう何年前の話だっただろうか。
「………持っていけ、と?」
迷っている暇はないのだ、と咄嗟にその剣を手に取り、腰に佩いている自分の剣の隣に差して、倉庫を足早に後にする。そして苗木を頑丈な食卓のテーブル脇の陽のあたる場所に置いてから、ミーンフィールド卿はテオドールに声をかける。
「待たせたな。城へ向かうぞ」
「了解です、お師匠様!」
テオドールの腰に、先日の柳の枝が剣と一緒に挿してある。
「持ってこれたのか」
「ドアにぶら下げてたから、すぐに持って来れました。お守りです」
「私のは苗木にしようと育成中だ。帰ったら、庭に植えるか」
「はい」
馬に跨がりながら、声を掛け合う。心配事しかないが、こういう会話をしているだけで心が落ち着くのは、テオドールもミーンフィールド卿も同じだった。
「テオドール、医療の心得は」
「父を手伝ったことと、ここで習ったことで、少しは」
「宜しい。城内に医療班ができている頃合だ」
「手伝っても?」
「用があったら呼び出すかもしれんが、しっかりとな」
「はい!」
「中庭の薬草は自由に使って良い。元々私の母が植えたものだ。本望だろう」
「ここにきて、薬草のこともいっぱい覚えたので、大丈夫です」
「結構。修行の成果、発揮するように」
丸で風を切るように、馬が二頭、森の街道を駆けだした。
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