04 女王陛下と島の姫君
「男同士の会話………ファルコったら、皆に変なことを吹き込んでなければいいのですけれど」
入江姫の部屋に、お忍びのように朝やってきたのはこの国の女王陛下だった。
「何だか少し、落ち着くのです。床にこうして座っていると」
入江姫が、鈴のように微笑む。
「お転婆な姫君だったと聞いておる」
「ふふ、その通りです。ファルコとゴードンが旅から帰ってくるたび、次は一緒に連れてけって駄々をこねていた日々が、そう、懐かしいものね……」
「不思議な二人組よのう」
「ええ。今でもちっとも変わらないのは、彼らだけ」
両手一杯に書類や手紙を抱え、侍女も付けずにやってきた女王陛下を見て、入江姫も流石に驚いたが、こっそり休息できる場所が欲しかったらしい。
「それで、いい机は手に入りそうですか?」
「うむ。良き女大工を紹介して貰ってのう」
「私も何か作ってもらいましょうかしら。………そういえばロッテはどこかしら? きちんと巣箱を降ろして貰った頃だといいのだけれど」
「巣箱を?」
「ミーンフィールド卿、そう、あなたが言うところの『橘中将』のお隣に」
二人が微笑みをこぼす。
「………もしもあの子が人間の乙女だったら『女王陛下の特権』だって使ってあげられたことでしょう。けれど、人間の乙女でなくてもロッテはきっと、あの彼を小さな羽で捕まえることが出来る、そんな気がするのです」
「小さいが本物のレディゆえにな」
遠い島からやってきた『レディ』こと入江姫。少し年上の彼女とこうして話していると、何となく落ち着くのは何故だろうか。兄弟や姉妹を持たないエレーヌにはとても新鮮な感覚でもあった。
「………私は『お姫様』のまま、一生を終えるかと思っていました。まだ、慣れないことばかり。でも皆のおかげで、この城にいても、外で何が起こっているかがすぐにわかるのです」
「あの『鳥の魔法使い』か」
「ふふ、彼ったら昔からああなのです。勝手にあなたの大事な吟遊詩人を一晩借りるだなんて! もしも他にも何か無礼なことがあれば、すぐに私に言ってくださいな。きつく叱っておきますから。………けれど、私の国はそんなに広くはないけど、国境を接してる国は多いから、鳥達が友達でいてくれるのは本当にありがたいこと」
両手一杯に抱えている手紙の中には、薄くて細い紙がいくつもあった。鳥達伝手の伝言なのだろう。小さく豊かな国を治めるまだ歳若い女王陛下。
「羨ましいものよ」
「そろそろ海鳥達が帰ってくる頃合いでしょう。どうか、気を落とさないで。何事も、どんなことでも、相談してくださいな。あなたは私の城の大事なレディ、そして、お友達です」
蜜色の美しい瞳。『女王』たるべく日々磨き上げているのであろう、美しい所作。こうして床に座っていても、日々のそういった『有り様』が滲み出ている。そういえばあの無頼漢だがお人好しな『鳥の魔法使い』はこの女王陛下に昔から懸想しているらしい。さもありなん、と入江姫は微笑む。きっと如何なる鳥も、この美しい瞳の前には無力なのだろう。
「我はいつか、そう、いつかは島に戻る身だが、その時にこそ、そなたらから学ぶべきことが多いのであろう」
美しかった故郷。全て焼けてしまったが、いつかは帰るはずの場所。命からがら落ち延び、この穏やかな城で暮らすうちに、帰ったらどうするのか、やっと考える余裕も生まれてきた。
「話を、いつでも聞きたい。我も『姫君』のまま一生を終えるはずだった。島の様子次第では、そうではなくなるやも知れぬ」
「ええ」
「御簾から出たこともなく育ち、我の『舟』は異国から来た船ただ一艘」
「世界中に色んな船はありますが、姫君を連れて歌を歌う船もただ一艘でしょう。優しく、大きな船です。どうかいつまでも、大事になさって」
若き女王陛下の言葉に、入江姫が微笑む。
「『詩人』とは自由に生きる者達ゆえ、我とて迷うこともあった。………けれどあれこそは、我のたったひとつの宝。この入江に泊まる舟じゃ。きっと、手放すことなどできなくなるのだろう。………ああ、そういえば、橘中将も、かつて同じ様なことを言っておったものよ」
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