05 鍛冶場にて

 様々な数の剣が無造作に積み上げられている。その隣に一人の老人が腰掛けてパイプをくゆらせていた。鍛冶場の炉の前で職人達が忙しそうに働いているのと正反対である。

「ミーンフィールド卿のところの近習かね?」

 老人が、恐る恐るそんな城の工房を覗き込んでいるテオドールに問いかける。

「は、はい。あなたは」

「半分隠居老人みたいな、ただの枯れ木だよ。おぬしの祖父上にも、かつてはゴードンの母上にも、よく世話になっておってな。ちょうどいい剣を作りにきたのだろう。おいで」

 おそるおそるやってきたテオドールに、腰掛けて火の入ったパイプを手にしたまま老人は名乗る。

「わしの名はローエンヘルム」

「もしかして、第一席の」

 つまり目の前でパイプを燻らせている老人が、この国で最も偉い騎士である。あわてて敬礼しようとするのを適当な仕草で押し留めて、

「まあこれもいわゆる名誉職みたいなもんじゃからな。つまりは隠居じゃよ、隠居。こうして好きな場所で過ごしておるだけじゃ。ジェイコブ、つまりおぬしの祖父である先代のティーゼルノット卿とは、剣を教えてもらい、何度も試合でやりあった仲でな」

 にやっと笑う。

「は、はい。お名前はよく伺っておりました」

「剣を貸してごらん。お父上のことは覚えているよ。もうすぐ叙任式だった。惜しいことをした。我が良き近習だった」

 かつては騎士を志していた父クロードの師匠が、この老人だったという。

「第二席の息子を鍛え上げるには、第一席の男を、とな。………懐かしい剣だ。クロードのを、そのまま使っているのかね」

 じっとテオドールを見つめ、ローエンヘルム卿は聞く。

「は、はい。けれど」

「おぬしの腕力と体力には少々合わぬようじゃな。我らが唐変木、そう、あのゴードンもそう思ったのだろう。我ら爺二人に終身名誉職なんてものがなければ、あのゴードンが国で三番目の騎士。朝から夜まで鍛えてやった日々が懐かしいものじゃよ」

 テオドールが思わずその場で背中を伸ばす。

「ここに来たということは、剣の調整じゃろう。見せてごらん」

「は、はい」

「志を継ぐのは大事だが、己の手にあった剣でなければいざという時に困る。お前さんの父は大柄だったが、おぬしはそうでもないな。まだまだこれからだが、もう少し細くて軽いほうが良い。掌を見せてごらん」

 言われるがままに、テオドールはそっとローエンヘルム卿に掌を見せる。

「ゴードン、そう、ミーンフィールド卿はバランスに長けている。自然を友とする生き方をしていると、自然とそうなるのだろう。あの唐変木の第五席は何と言っていたかね?」

「え、えっと、剣はもう少し軽く。速さを鍛えたほうが良い、と……」

「その通り。第三席のアンジェリカは風の魔法使いであり、この国で一番重い剣を使う」

 ローエンヘルム卿が、パイプで工房の一番奥を指し示す。そこには、自分の身長よりも大きな巨大な剣が鎮座していた。

「あれを風の魔法を使って振り回す。大体の騎士は一瞬で場外へ吹き飛ぶが、誰にも負けぬ速さを誇る四席のオルフェーブルと、魔法の素養があり、わしらが何年も鍛えてやったあの五席のゴードンだけはしのぎ切った。お前さんはオルフェーブルに似たスタイルなのじゃろう。速さで戦う」

「速さ……」

「剣を貸してごらん」

 持ってきていた剣を腰から、鞘に収めたまま渡す。ローエンヘルム卿がポケットから白墨のような小さな塊を取り出した。

「わしが見立てても良いかね?」

「はい」

 剣の幅広の刃に、白墨であちこちに印をつけていく。

「……もう少し細く、このあたりを削って……あとは持ち手も少し削ったほうが、もっと持ち易くなるだろう。そら、次はこの白墨を手に塗ってから、柄を握ってごらん。……お前さんの手は少し小さいな。器用なのだろう。……剣の他に向いているものを持つ手だが、剣を持つと決めたなら、それにあったものにせねばのう」

 白墨の入った箱を差し出されながら、思わずテオドールはローエンヘルム卿を見つめる。

「わしは剣が好きでな。ただの鉄の塊が、持つものによって諸相を変える、まさに魔法よ。祖父も、父も、この王宮の鍛冶屋だった。騎士達の剣を打ちなおす仕事も良かったが、自分で、自分のための最高の剣を作ってみたい。そしてそれを、振るってみたい。そんな大それた夢を持っておったら、ジェイコブ、まだどこぞの近習だった頃のお前さんの祖父が、剣を見せに来て言った。『俺に最高の剣を作ってくれたら、剣を教えてやってもいいぞ。何せ俺はもうすぐ叙任式。騎士になるんだから近習が欲しかったんだ』。わしは良い剣をひと振り作ってやった。時々調整はするが、今でもあの剣は現役じゃよ」

 祖父が手入れを欠かさない剣。随分年季が入っているが、何年も何年も大事に使っていることを、テオドールも知っていた。

「そしてわしは鍛冶屋の息子から、騎士の近習になったわけだ。わしらは歳が近かったから、騎士と従者というよりは、友と友であったがな。わしに剣を教えたのは、お前さんの祖父じゃよ」

 白墨の印を見つめて、懐かしそうに笑い、それを近くの鍛冶師に渡す。

「そして何年が過ぎて、御前試合になった。勝って、勝って、勝ち上り、最後に残ったのは、わしとジェイコブだけになった。その時に、先代陛下にジェイコブが言った。『私の剣はこの者が作りました。私はこの剣なくては陛下の騎士たりえない。ゆえに私が二席、類稀なる剣を数多生み出す彼こそが、この国の騎士の第一席を拝するのが妥当かと存じます』……わしはとうとう国一番の騎士になったというわけじゃよ。まだカールベルクも小さな国だった。『剣の親』が一席、『剣の師』が二席、全てのカールベルクの騎士達の剣をこの目で拝聞し、改良し、より強い騎士にすることのほうを、選んだわけだ。そんなジェイコブの目論見は大当たりでな。今ではカールベルクも百人の近衛隊をいただく騎士の国になった」

 頑固一徹なはずの祖父の意外な面を垣間見たテオドールが、目をぱちくりさせる。そんな彼に、ローエンヘルム卿は微笑み、腰から下げている自分の剣を見せた。

「自分のための最高の剣を自分で作る。何年も調節を重ねてこうして一振りの剣になったが、そうしているうちに、鍛冶屋の槌の重さが恋しくなる歳になってしまってな。こうしてこの古巣にいるんじゃよ」

 何の衒いもないやや幅の広い直刃の剣。自分の師のミーンフィールド卿のものと、少し形が似ている。『豪腕の』『炎の如き』などという頭言葉が数多くついている祖父とは違い、師匠のミーンフィールド卿の様なバランスの良い剣技の持ち主なのだろう。

「新しい剣は森に届けよう。代わりに一本そのあたりから適当なのを借りていきなさい」

 真っ白になった手を差し出された手ぬぐいで拭きながら、白髪に青い目、使い込まれた木製のパイプをくゆらすローエンヘルム卿に、もう一度テオドールは視線を投げる。

 パイプを持つ手に、薄く幾つもの傷跡が見える。かつての歴戦の跡であり、それらのいくつかは自分の祖父がつけたのかもしれないし、祖父とともに乗り越えたものかも知れない。

 おいてなお峻厳な祖父とは違い、騎士らしさをあまり感じさせない温和な老人では在るが、長く保たれて静かに揺れることなく燃える鍛冶場の炉の炎のようだ。この人らの元から自分の師匠を含めたいくつもの騎士が輩出され、カールベルクは騎士や魔法使いが住まう穏やかな国になっていったのだ。

「ありがとうございます」

 背を正して言うテオドールに、ローエンヘルム卿が微笑んだ。

「またいつでも遊びに来なさい。わしは大体、この鍛冶場におるでな」

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