05 自由な翼

「成る程な。自分から城に帰ってくるなんてどういう風の吹き回しかと思ったら、そういうことか」

『というわけで、とっととこのむさ苦しい部屋を片付けるのよ。こないだみたいに『お忍びで』陛下がやってくる日だってあるんだから』

「エレーヌか」

『せめて酒瓶の転がってない寝台で寝ててちょうだい。ソファなんかで適当に寝てるから千載一遇のチャンスを逃したんでしょ?』

「おい何だその千載一遇のチャンスとやらは。俺を不敬罪で絞首刑にするつもりか」

『「酒瓶以外のものを抱いたら朝まで寝かせはしない」って豪語してたそうじゃないの』

「そんな昔の話は忘れたぞ。ゴードンの奴、相変わらずろくでもねえことばっか覚えていやがる……」

 半ば頭を抱えるように愚痴を吐き出してから、ファルコは部屋の隅に放り出してあった魔法使いのローブを引っ張り出す。

「先代の墓参りか。ゴードンは生まれる直前に親父殿が先代をかばって殉職しちまったせいで何かと目をかけて貰ったらしいが、あの先代も、先代の奥方の王妃殿も、俺みてえな親無し根無しのヤクザ者にも平等に面倒を見てくれたな。………優しさだけを残して可愛い一人娘を置いて逝くには、二人ともちょっとばかり速かったがな……」

『………そうね。おかげで周辺各国の殿方からの有象無象のラブレターの量もすごいのよ。そのせいで私たち鳥達の情報網も充実してきているのだけど』

「そりゃあ我らが陛下は独り身の国持ち女王だ。カールベルクは立地も悪くない。そこそこ栄えている上に、騎士や魔法使いもお抱えで持ってるときてる。国の内外問わず欲しがらねえ王侯貴族がいるとは思えんな。ゴードン以外は、だが」

 床に落ちていた酒瓶を拾い上げて、部屋の隅の木箱に放り込む。

「あいつが来ることを、ベルモンテと入江姫にも知らせてきてやってくれ」

『わかったわ。ゴードンさんが到着するまでにちゃんとお部屋を片付けておいてちょうだい!』

 ひらりと朝焼けの窓からロッテが飛び出していくのを見送って、ファルコは溜息を吐き出す。

 相棒で、親友で、そこはかとなく兄のようでもある『森の騎士』。あの半ば隠遁者のような男も、とうとう近習を館に招いたという。

「弟子か」

 まだ自分には相応しくないが、歳月は人を待ってはくれないのだ。年若かった頃からよく知り今や主君でもある麗しい女王陛下と『気の置けない』会話が出来る日も、残り多くはないだろう。『鳥の魔法使い』が立ち上がり、部屋の隅の箒を手に呟く。

「そうなるまでは、か」

 また当てもない旅に出るのも悪くない。根無し草の阿呆鳥に逆戻りするのも楽しそうだ。けれど自分もまた己の心を占めている若き女王陛下同様、この小さく穏やかな国を愛しているのだろう。そう、歳月はこの自分をもいつの間にか変えたのだ。ただの根無し草だったはずの男が、愛する人が愛する国を、同じように愛するまでに。

(誰よりも自由な翼と引き替えに、か)

 自分はここに、この国と女王陛下に囚われているのかもしれない、と思わず自嘲するが、鳥には止まり木がかかせない。あの吟遊詩人のベルモンテが歌っていたように。

 部屋の窓から馴染み深い城下町の風景を静かに見下ろす彼独特の銀色の髪を、美しい朝焼けが穏やかに染めていった。

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