19 『本当の友達』候補
そこには、大きく膨らんだトートバックと浮き輪を持ったヨルが立っていた。長い髪の毛は濡れそぼっていて、首元にはタオル、足にはサンダルをつっかけていた。
どうやら海水浴をしていたようだ。
僕が散々な飲み会をしているあいだに、趣味をエンジョイしているとは。
「ヨル……楽しそうだね」
「あら、お顔が暗いです。うまくいかなかったのですか?」
答えに窮する。自分の不甲斐なさを赤裸々に話すのが恥ずかしくて、口ごもってしまった。そんな僕の態度にヨルはすべてを察したようで、気の毒そうな視線をくれる。
「そうでしたか。残念でしたね」
「ああ……うん。……まあ、しょうがないよ。帰ろうか」
可愛そうだと思われたくなくて、無理やり作り笑いをする。僕の小さなプライドだ。
情けなくて涙が出てきそうだけど。
そんな僕を見つめながら、ヨルは不憫そうに眉尻を下げ、
「北村さん、今日は夜空がとてもキレイなんです。せっかくですし、海に行ってみてはいかがですか?」
「海?」
「はい。とても気持ちが良かったですよ。あ、ヨルの水着姿、見たかったですか?」
「い、いや! べつに」
いや、嘘だ。本当はかなり見たい。
「今度、生着替えしてあげますね」
「ぜひお願いします……って、もう! からかわないでよ!」
ふふ、とヨルは笑う。でも、彼女のおかげで、ささくれ立っていた心が、和らいでいることに気づく。
悪魔とはいえ、彼女は彼女なりに僕を慰めようとしてくれているのかもしれない。
「ヨルの言う通り……海、行ってみようかな」
「それがいいですよ! ヨルは、お留守番してますね」
ヨルは嬉しそうに微笑みを浮かべた。悪魔なのに、愛想のいい子だなとつくづく思う。
足取り軽くアパートへ帰っていくヨルの後ろ姿を見送りながら、僕は自分の頬を両手でぺちりと叩いた。
何を悩む必要があるのだ、北村太一。
まだ十万一千四五十三人も『本当の友達』候補は残っているじゃないか。
これからのいい出会いに期待をしよう。
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