7 証拠を見せましょう

 ――玄関ドアを開けると、麦わら帽子をかぶった少女が立っていた。


「北村さん? 聞いてます?」


 トントンと馴れ馴れしくヨルと名乗る少女に腕を叩かれ、僕ははっとして彼女を見つめ返す。


「あっ。大丈夫です。ちょっとぼうっとしていました」


 頭を掻きながら、僕はヨルに頭を下げた。


「いきなり悪魔契約なんて言われても、驚きますよね」


 やっぱり聞き間違いじゃなかったようだ。


「失礼ですが、クスリとかやっていませんよね?」

「本当に失礼な方ですね。信じるものは救われるというのに」


「そうなんですね」と、間の抜けた返事をしながら、どう追い返したものかと思案する。


「僕は無宗教なんです。帰ってもらえませんか」


 きっと僕の顔は引き攣っていることだろう。


 ――ヨルは、北村さんの望みを叶えるためにやってきたのです。

 ――お友だちが欲しいんですよね?


 さっき、彼女は間違いなくそう言った。まるで、ずっと僕の様子を観察していたような口ぶりだ。たとえ偶然だとしても、薄気味が悪い。


 おそらくは、僕みたいに孤独を抱えた若者を狙う詐欺のようなものなんだろうけど、「友達」という言葉を使うのは悪質だ。

 偽りの友情なんかに興味はないのに。

 僕はこれ以上話をしたくなくて、「それじゃあ」と言いながら玄関ドアを閉じようとした。


「お待ち下さい!」


 ヨルは素早くドアの隙間に爪先を挟んだ。彼女はひるんだ僕の隙を突いて、そのまま強引にドアをこじ開けると、体をねじ込むようにして部屋に入ってきてしまった。


「とりあえず、お話だけでも」


 ヨルの後ろで、バタンと玄関ドアが閉まる。

 いくらなんでも、ちょっと強引すぎやしないか。

 相手が女の子だったから、ちょっと油断していた。

 この子、異常だ。


「けっ、警察を呼ぶぞ」

「そう冷たいこと言わないでください。ヨルはと契約がしたいだけなんです」

「なんで下の名前まで知ってるんだよ」

「それくらいお見通しですよ。ヨルは悪魔なんですから」


 彼女はにっこりと微笑むと、僕の脇をするりと抜けて部屋の奥へと進んでいく。


「ちょっと!」

「さきほど、自死されようとしていましたよね?」


 きっぱりと言い切られて、口ごもる。ヨルの視線はキッチンに放置されたままの包丁へ向けられ、それから這いずるように僕へ移動する。

 血のように赤い瞳に見つめられると、体中が粟立った。

 何なんだ、この子。本当に悪魔なのか? いや、そんな馬鹿げた話があるわけない。


「まだ疑っているようですね。証拠をお見せしましょう」


 ヨルはずかずかとキッチンに近づくと、包丁を手に取る。一瞬、刺されるかもしれないと身構えたが、彼女はそんな僕をせせら笑いながら自分の首に刃を当てた。

 そして――躊躇うことなく刃をめり込ませていった。


「な」

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