第11話 新たな同居人サン。


 ……とりあえず、転移魔法で帰ってきた。



 リゼットという従魔を連れて。



 だが、帰ってすぐに一悶着あった。



 理由は、アレク。



「……アンタ、マジで何してくれてんのよ……」



 清々しい程、軽蔑の目。うん、分かるよ。



 どうやら、すぐに彼女はこの小さな魔族の"実力"に気がついた様だ。



 まあ、それもその筈。



 だって、街の中心部に位置する我が屋敷には、ローブに付与していたものと同等の認識阻害と、侵入してきた敵をすぐに見つける為の魔力感知が施されていたから。



 更には、外部からの攻撃を遮断する結界まで何重にも編み込まれている。



 つまり、セキュリティー面は帝国の王宮並みか、それ以上。


 そりゃ、"混沌"の二つ名を持つ程に恐れられたリゼットの存在なんて、簡単に見つかるって話だ。

 考えてもみれば、俺は随分無防備に彼女を信用してしまったな。

 魔力隠蔽のスキルを持っていたみたいだし、実際にアレクの術式に触れてから、漆黒のオーラが見えるし。



 正直、出逢った段階で、魔力感知の魔法を使えば、すぐにでも分かったと思う。そうすれば近づかなかったわ。一生の不覚。



 ……余談になるが、何故、マイホームにここまで強固な警備が敷かれたか。



 それは、単純に俺が街で変質者扱いされていたが故、ゴロツキや賞金稼ぎ、冒険者などからの嫌がらせを恐れたから。

 と言うより、アレクが来るまでは『ここが変態野郎の家だ!! 』とか罵られて、オレンジや豚の頭なんか投げられて散々な目に遭っていた。

 本当は、せっかく大金を叩いて購入した一軒家なんだし、大腕を振って『こんな素敵な家に住んでます! 』的な自慢を女の子にしたかったんだけど。クソっ。



 結果、悲惨な俺を見兼ねたアレクが、多数の術式を編み出した上で、街全体に俺の身辺についての記憶改竄を行ったって話。



 ついでに『出禁男の名前も消してくれ』と頼んだが、そこは『自分の力で何とかしろ』なんて断られた。畜生。



 マジで、あの女こそ、正真正銘の大魔導師だよ。ハッタリをカマそうとしたハリボテの俺と違ってね。



 ……まあ、それはさておき、従魔契約をしてしまったリゼットを放置する訳にも行かず、状況確認の意味を込めて、とりあえず連れて帰ってきたのである。



 帰って早々、殺気立って杖を構えるアレクには、慌ててここまでの話を全て話した。



 それから、正座をさせられ、非難の応酬を受けた。



「……アンタ、魔王軍の幹部と一生消えない"隷属契約"を交わすなんて、頭がおかしくなったのかしら」

「前々から馬鹿だとは思っていたけど、ここまで落ちぶれるなんて思わなかった」

「どーせ、見た目が可愛いから従魔にして、え、エッチな事でも、し、しようと考えたんでしょ! 不潔っ! 変態!! 」



 等々、小一時間もの間、辛辣かつ、不本意な決めつけの罵詈雑言を浴びせられ続けた。



 マジで、思い込みが激しすぎるわよ、元戦友。あたし、泣いちゃうわ。勇者のブレイブハートも粉々。

 確かにぃ? リゼットは可愛いから、エッチな事は妄想くらいするかもだけど、飽くまでも吾輩は紳士だし、従魔に手を出す程の鬼畜じゃない。



 ……しかし、そんな風に説教を受け続けている間、悩みの種となっている天真爛漫な美少女は、こちらの空気を気にすることもなく、70坪庭なしと、少し広めの家屋に仕込まれた魔法の数々に感動を抱いていたのであった。



「……す、素晴らしいですっ! こんなに、沢山の結界や認識阻害、それに、魔力感知まで……。これ、全てアレク姉さんが展開したのですか?! すごすぎます!! 」



 その賞賛の数々が、アレクの耳に入る。



 続けて、徐々に彼女の表情は緩んで行く。



「そ、そんな事は……」


「いえ、素晴らしいですっ!! 」



 そして、すっかりと恍惚に染まった顔になった。



「あなた、リゼット……だったかしら。バカペテロの従魔にしては、少し見込みがあるじゃないっ!! 」



 完全に、墜ちました。チョロいな。



 ……そう、実は、アレクは褒められると弱い事を俺は知っていたのだ。



 元々、その性格を知っていたからこそ、こうして"元敵"であるリゼットを連れて来るという暴挙に出た訳で。



 彼女、魔法一筋みたいだから、この術式の大渋滞を引き起こした我が家を賞賛するに違いないと踏んだのだ。



 絶対に、アレクを褒めるとね。



 ……どうやら、作戦は功を奏した様子。ふっ。俺の知略に負けたな。



「……まあ、隷属契約をしたなら危害を加えられることもないだろうし、この家で存分に仕えると良いわ! 」


「はいっ! 師匠や姉さんの身の回りの事、従魔として、いや、"専属メイド"として、全て担当させて頂きますっ! 」


「それは良いわね。……あのぉ。ところで、もう一回、"姉さん"って言ってもらって良いかしら」


「分かりましたっ! アレク姉さんっ!! 」


「バカバカ〜。嬉しいじゃない〜」



 なんか、俺を差し置いてトントン拍子で話が進んでいった。

 続けてイチャイチャし始めたし。これは、なかなかな百合展開。尊い。



 ……それから、気がつけば、二人は身を寄せ合って、魔法談義を交わすほど仲良くなっていた。



 どうやら、すっかり打ち解けた様子。



 そこに一安心すると、俺は夢中で会話に明け暮れる二人に微笑みつつ、週一の"家事"に励む事にした。



 まずは、洗濯から。レースやシーツなどは、ゴシゴシ洗うと余計に汚れが広がるので、繊細に。



 一旦、昼食のエッグサンドをリビングの二人に届けた後は、掃除に取り掛かる。

 いつ、なんときに女子が来ても良い様に、床の隅々まで入念にね。



 その後、すっかり太陽の匂いに染まったシーツや私服を部屋に取り込んで、丁寧に畳む。



 大忙しの作業が続くと、気がつけば夕方になり、再び腹の音が鳴り出した。



 故に、夕飯の支度を開始。



 新たな住人の歓迎会の意味もあった為、普段よりも一品多く作った。



 今日のメニューは、デミグラスハンバーグに、ポトフ、サラダには茹でたシュリンプを乗せてみた。



「ペテロ様、アタシ、こんな美味しい食事は初めてですっ! 」



 リゼットの口にも合った様で、とても喜んでくれている、嬉しいねぇ。



 それから、食卓を囲みながら楽しく魔法についての会話。俺は言葉少なめ。



 腹の虫が収まると、大理石が埋め込まれた我が家自慢の風呂へ。

 そこに、市場で仕入れたローズの匂いが素敵な魔石を投入。火魔法を使って適温には入念なチェックを。この温度調節が大事。



 どうやらアレクは、リゼットを妹の様に思っている節があるらしく、「一緒に入りましょ〜」なんて、キャッキャ言いながら、浴室に入ってゆき、リビングまで嬉々とした声が聞こえる。尊いねぇ〜。



 すっかり寝巻きに着替えた夜更け、二人は話すのに疲れたのか、大きくあくびをした後で、「おやすみぃ……」と、寝床へと足を進めたのであった。



 彼女達が夢うつつになったのを確認すると、次の日の朝食の仕込みを。



 そして、明日から起きる素晴らしい日々を妄想しながら、俺も自室のベッドに身体を預けた。



 ……今日は、いろいろあったな。



 そういえば、何故、リゼットが勇者と分かった上で即決して従魔になったのか聞くのを忘れてしまった。

 なんか、魔法以外にも理由がありそうだし。

 まあいっか。これからも一生付き纏われる訳だし。


 

 にしても、混沌と恐れられた魔王軍の最終兵器が、メイドねぇ……。



 まあ、結果オーライか。アレクも受け入れてくれたし、ウチに家事手伝いが増えたんだから。



 これで生活が少しは楽に……。



 ……………………。



 てか、アイツ今日一日、メイドらしい事、全くしてなくね?!?!?!

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