第10話 勇者サマと幹部ちゃん。


「……で、なんでそんな大物が、こんなリゾート都市にいるんだ? 」


 リゼットの正体を知った事で、思わず、真剣な口調でそう問う。



 俺の言葉に、彼女は「ふふっ」と、ニヤッと怪しげな笑顔を見せた。




 その顔は、先程までの能天気な物とは違った。



 ……相手は最新兵器と恐れられた魔王軍の幹部。



 元々、俺を大魔導師などと勘違いなどしておらず、誘き出す作戦だったのかもしれない。



 もしかしたら、勇者討伐の後で、魔王の復讐の為にファビアンごと破壊する意図があるかもしれない。



 師匠なんて響きの良い言葉を使って、巧妙に気を許させて。



 憶測が本当ならば、俺の幸せな人生は何処に行くと言うんだ。



 そんなの嫌だ。



 再び世界が混沌の渦に飲み込まれれば、青春どころでは無い。



 せっかくアレクから人と接する為の礼儀作法も教わった。

 髪も切ったし、服も新調した。



 なのに、その努力も全て不意になる。



 もう一度言おう。そんなの、絶対に嫌だ!



 何のために、世界を救ったんだ。



 最高のセカンドライフを手に入れる為だろ。



 ……よしっ、この女、今のうちに倒そう。



 そう決意を固めると、ニヤニヤと嗤う彼女の前で、俺は認識阻害を施していたローブを脱いだ。



 ーーそして、脇差の短剣の刃先をリゼットに向けると、塞ぎ込んでいたオーラを解放して、堂々とこう告げたのであった。



「俺の名前は、勇者ペテロ・メルケンっ!! 」



 そうカッコよく名乗った途端、彼女の身体は震え上がった。



「い、いま、なんて……」



 有り余る黄金色のオーラを喰らって、萎縮したのかもしれない。



 今が、倒すチャンスだ。



 では、やるとしますか。可愛い女の子を倒すのは、少しだけ躊躇するが。



 これは、世界の、いや、俺の青春の為なんだ。



 ……すると、短剣に固有スキルである"一刀両断"を付与したところで、リゼットは杖を捨てた。



 それから、何も言わずに全力で駆け寄って来る。



 なるほど、捨て身って訳か。



 すまん、魔王軍の美少女よ。



 これで終わりだ。



 だが、ここで思わぬ展開になった。



「ゆ、勇者様だったなんて、凄いですっ!!!! 」



 ……えっ?



 俺は衝撃的な展開から一瞬手を止める。



 その隙に、彼女は転移魔法を使って眼前に現れ、そして、俺にギュッと抱きついた。



 ……はっ? 一体、何を……。



 だが、身体を動かす間髪も入れずに、リゼットはこんな呪文を唱えた。



「隷属……」



 そう呟くと同時に、俺のオーラを包み隠すかの如く、二人を紫色の霧が覆った。



 ーーそして、すっかり霧が晴れた時。



 彼女は眼前にて、一仕事終えた様な顔でニコッと笑ったのであった。



「これで、あなたとの契約は成立です。これからは、ペテロ様の"従魔"として一生を過ごすので、何卒、よろしくお願いっ! 」


「一体、何を……」



 何が起きたのかもわからず、ただ、呆然とした。



 しかし、今、リゼットの口から放たれた言葉が事実であるのを証明するかの様に、彼女の首筋には隷属の紋章が刻まれていた。



 俺は、この小さな娘を、敵と見定めた筈だったのに。


 彼女は、進んで、俺の"下僕"へと下ったのだ。



 正直、求めてなどいない。むしろ、拒否だ。そんな趣味はない。



「い、いや、だから、俺はお前達魔王軍の最大の敵であって、今だって、倒そうと……」


「いえいえっ。先程のただならぬオーラ、それに、初めてお見かけした勇者様。こんなの、隷属する以外の選択肢ありますか? いえ、ありませんっ! 」


「それに、まだお互いの事だってよく分からない訳で……」


「そんなもの、これから培って行けば良いじゃ無いですか! この魔法は、"一生消えない"訳ですし」


「うわ、物騒……。これってキャンセルとか出来ない? 」


「無理ですっ! ペテロ様に刃向かったり、解除を試みようとすれば、体内の血液が暴走して爆発しますから」


「なに、そのグロ映像……」



 どうやら、これからの人生、彼女は命の続く限り、俺の下僕として生きる以外の選択肢はないらしい。



「はぁ………………」



 心の底から、大きなため息が出た。



 奴隷なんて、いらないし。



 ただ、正直、ホッとしている部分はある。



 だって、魔王軍の幹部が街を破壊するなどという悲劇は、回避出来たのだから。



 何故、彼女が俺に固執するのかはまだ分からない。帰ったら問いただす必要はありそうだ。



 こうして、俺は"最終兵器"と恐れられた魔族を思わぬ形で従魔としたのであった。

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