第7話 魔族チャンは不思議ちゃん。


 まだ窓の外に月が上る早朝、俺は得意げに一つ伸びをした。



 これから起きる出来事に、高揚感しかない。



 ……つまり、寝てない。



 だって、俺は今日、デートをするから。



 デートではないけど。冒険だけど。女の子と二人。実質デート。



 実に楽しみだ。



 昨日は、アレクに『社会奉仕の一環で新人と依頼をこなす』と伝えた。



 彼女は、それに対して首を傾げた。



「いきなり声をかけられた人と名前も、依頼内容も知らないとか、怪しすぎるでしょ。まあ、アンタなら、例え"ドラゴン"が来ても大丈夫だろうけど」



 ……なんか、変な疑念を抱かれた。後、俺はバケモノの類ではないわ。



 それはさておき、奴は執拗にこんな質問をしてきた。


「もしかして、女の子……? 」



 まあ、そうなんだけど。彼女から邪悪なオーラを感じたから、テキトーに嘘をついといた。



「いや、違うよ」ってね。



 そこ、拘るか? アレクったら、俺が好きなのか? ワンチャンスあるのか?



 一瞬だけドキッとしたが、コイツとは腐れ縁でしかないと決意したからこそ、急いでその選択肢を捨てた。



 ……何にせよ、今日は、あの激カワ魔族ちゃんとの楽しい楽しい冒険デート。



 つまらない気を起こしてテンションを下げるのは、良いことではない。



 という事で、まだ自室で眠るアレクを一人家に残して、俺は夜明け前の自宅を旅立った。



「何時に集まるかも、決めてないからな」



 なんて、呟きながら。



*********



 約束の噴水前が見えてきた。


 時刻は、AM4:00。



 ちょっとだけ張り切りすぎた。



 流石に、まだ来てるわけないか。



 まあいっか。待つ時間もデートの内ってもんだ。



 という事で、薄暗い水面によーく目を凝らす。



 ……って、えっ?



 視界には、昨日の奇跡の立役者であるコンパクトフォルムが見えた。



 こんなに早く来るって(俺も大概だが)……。



 すると、呆然としながら立ち尽くす俺を見つけたその女神は、ニコッと笑うと駆け寄ってきた。



「……あっ!! "ペテロ"さ〜んっ!! 」



 身の丈に合わない魔法の杖を振りながら魔導師風の格好で近づいて来る。カワイイ。



 ……いや、それよりも。



 いつ本名を名乗ったっけ? 後、俺は冒険ギルドでは偽名を使っている。



 なのに、なんで……。



 ーーしかし、そんな疑惑を吹き飛ばすかの様に、少女は俺の胸に抱きついてきた。



「会いたかったですぅ〜」



 弾ける声と共に、バニラエッセンスにも似た甘い香りが鼻の奥を刺激する。それに、小さいながらもふくよかな胸の感触……。



 全てがどうでも良くなった。



 だが、ここでまた以前の様に鼻の下を伸ばしてデレデレとすれば再び出禁男の二の舞。



 と言う訳で、急いで話題転換をした。



「と、ところで、随分と早いね」


 そう尋ねると、彼女は抱擁のままの状態で顔を上げた。



「はいっ! 昨日は、何も決めずに来てしまったので、ここで一晩を過ごしましたっ! 」



 ……マジで? って事は、こんな目立つ広場の中心地で野宿してたって訳?



 ちょっと、この娘、やばくねえか? 普通じゃない。



 直感的に危険な雰囲気を感じ取って苦笑いを浮かべていると、彼女は俺の元から離れて、ペコっとお辞儀をした。



「……そういえば、自己紹介がまだでしたね。アタシの名前は、リゼット。魔国領出身の吸血鬼です」




 丁寧な挨拶を終えると、ニコリと微笑む。顔は、可愛い。


 しかし、魔国領出身となると、元々、あの魔王の支配地域の住人。


 つまり、かつての敵であることを意味する。



 ……それに、中心地で野営をする奇行や、俺の名を知っていた事実。



 魔王軍の残党である可能性を感じた。



 もしかしたら、実のところ、俺の素性を知っていて、暗殺を支持されたとか……。



 考えているうちに、気がつけば、警戒心を抱いていた。



 何よりも、心の奥底に届き続ける危険信号。



 故に、撤退を決めた。



「……あっ! 用事を思い出したっ! じゃあ、俺はここら辺で……」



 ……しかし、そう告げて後退りをすると、彼女は俺のローブをチョコンと摘んだ。



「ちょっと、待ってください……。アタシは、本当にただ、あなたに興味があっただけで……。だから、逃げないでください……」



 ……振り返ると、リゼットは不安そうな顔で泣いていた。



 その表情に、嘘や偽りは感じられなかった。



 つまり、俺の早とちりだった。



 何よりも、可愛い。



 その事実が理性をかき乱す。



 だからこそ、一旦、信じる事にした。



「ご、ごめん。わかったよ。だから、泣かないでくれ……」



 慌ててハンカチを取り出して渡す。



 すると、彼女は潤んだ瞳で微笑んだ。



「……はい。ペテロさんは、優しいんですね……」



 はいっ、天使。奇行とか暗殺とかどうでも良くなった。



 こうして、俺はまだ太陽が眠りについている街を小さな女の子と抜け出すと決めたのであった。



 そして、出発前、最後に冒険内容についての確認を取った。



「ところで、今日の依頼ってなんだ? 」



 問いに対して、リゼットは得意げにこう答えたのであった。



「はいっ! 今日は南方に潜むドラゴンの群討伐を引き受けました!! 」



 当たり前の様に放たれた返答を聞くと、俺は思わずこんな声を出した。



「えっ……? 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る