第2話 王女サマと出禁男。
夕暮れの海、【誰モテるために勇者である事をカミングアウト大作戦】を固く決意した矢先、背後から聞き慣れた声が耳元を掠めた。
「……アンタ、バカじゃないの?! 」
振り返ると、そこには見慣れた顔の女がいた。
きめ細やかな肌に真っ青な瞳、整った顔には何処か品格を感じられる。
魔導士を彷彿とさせる白装束を纏い、平均的な身長。
衣服越しにも分かる程の、絶妙なムッチリ感。
何よりも彼女を語る上で欠かせない銀色の長髪はポニーテールに束ねられている。
俺は、
だって……。
「……おい、アレク。なんでお前がここにいるんだ? 」
気持ち新たな覚悟を打ち消された事にウンザリした声で、そう問いかけた。
すると、彼女は吐息が当たる程の眼前まで近づいてきた後で、ジーッと俺を睨みつけながらこんな返答をするのであった。
「"探知魔法"を利用して追いかけた甲斐があったわ。アンタは昔から馬鹿だったから、どうせ、世界平和の為の旅なんかしないで変なことを考えているに違いないと思ったのよ……」
恨めしそうに放たれた失礼な言葉とは裏腹に、慎ましやかな胸が当たる。
しかし、特に何も感じなかった。他の女の子だったら別だろうが。
何故ならば、この女
理由は、たった一つ。
……彼女は元勇者パーティーの一人で、去るリバティ帝国の第一王女だったからという一言に尽きる。
――コイツとの出会いは、幼少期に遡る。
幼くして勇者の資質が開花したガキの頃からずっと、共に厳しい訓練を受けて来た、言わば、腐れ縁である。
確かに、顔は可愛いよ? 皇帝陛下も、『お主がこの国を統べる決意を固めた暁には、我が娘を正妻として……』なんて言ってたし。
でも、それってつまり、この女と一緒に居たら、まともな青春なんか送れない事が確定するのを示している。
それに、コイツとは昔から気が合わない。ヤケに突っかかってくるし。どうやら、帝国の去り際に放った"世界平和の為の旅"という俺の完璧な嘘まで見破っていたっぽいし。そういう勘の鋭い所も嫌いだ。
まあ、なんにせよ、そんな理由で恋愛対象からは除外した。可愛いのは認めるけど。
にも関わらず、この世で数人しか使えないと言われている"探知魔法"まで利用して、遠路はるばるファビアンにやって来やがった。
その事実が、俺を苛立たせた。
コイツ、俺のストーカーかよ、ってね。
「……来た理由はなんだよ。お姫様は暇なもんだな」
素っ気ない口調で悪態ずく。
すると、ヤツは大きくため息を吐いて、追いかけて来た理由を口にした。
「もうこんな所で油を売ってないで、早く帝国へ帰るわよ。お父様も国民も、それを望んでる」
……はぁ?! この女、何を言ってやがりますのん?! あんな国、もう二度と帰ってやるもんかよ。
王位なんて興味ねえっての。この地での扱いのせいで少し心は折れてるけど。
そう思うと、以前と変わらず芯の強い瞳でコチラを見つめる彼女の提案を否定する様に小さく首を振った。
「いや、戻らない。ハッキリ言うけど、俺は今、この場所でピッカピカなセカンドライフを謳歌してるんだ。だから、早く帰りな」
今ある悲惨すぎる現状を隠して、キッパリと否定。どうせ明日には元勇者をカミングアウトして、美しい恋が始まる訳だし。ワクワクが止まらねえぜ。
……だが、そんな俺の反対に対して、ジト目をしたアレクは、こう告げた。
「
「えっ……」
――その最強勇者唯一の弱点とも取れる言葉を前に、全身から脂汗が流れた。
「な、何故、その事実を……」
すると、この女は、鬼の首を取った様にこう続けたのである。
「ここ数日、アンタのことを尾行させて貰ったわ。その上で、言わせて貰えば、今のペテロは、完全な不審者じゃない。こんな情けない状況でも、まだ青春にしがみ付くとか、生粋のドMなのかしら。それに、何よ。勇者である事を自分からカミングアウトするって。その程度の事で、ここまで落ち込んだ変質者のイメージを払拭出来ると思ってるなんて、痛すぎるわ。これまで世界の為に戦って来た歴代の勇者様達に土下座した方がいいレベルよ。本当のバカ。バカすぎて、目も当てられないわ」
長々と、罵詈雑言を浴びせてきた。クソ、こう言うところが嫌いなんだよ。
でも、正直、先程まで自分の取ろうとしていた計画が愚策である事を痛感した。
確かに、アレクの言う通り、ファビアンでの俺の評価は痴漢魔以下かもしれない。
つまり、今はまだ、勇者を打ち明けるタイミングではないのだ。時期尚早。
むしろ、街でイメージアップしてからの方が、インパクトは大きいに違いないし、女子達が近寄りやすいってもんだ。
……いや、ちょっと待てよ。
では、今後の俺はファビアンでどう振る舞えば良いんだ? 取っ掛かりが分からん。
てか、今日までの俺って、あまりにも女の子の気持ちが分からすぎた訳で。
それが相まって、こんな哀れな状況が作られてる訳だ。
そりゃそうだよ。だって、これまで、戦いの術しか学んで来なかったんだから。
となると、この目の前の姫様、利用できないかな?
仮にも、アレクは女の子。
それに、王女であるが故、数多の貴族からのアプローチも受けて来たのをこの目で見ている。
彼女は、俺以外の相手には完璧な姫を演じているし。
ならば、コイツから女子への接し方を学べば、もしかしたらモテモテ街道に近づけるのではないか?
うん、間違いないっ!!!! ナイス俺っ!!!! 天才かよ!!!! だったら、コイツの現在持ち合わせているお嬢様スキルを、吸収させて貰おうではないか。
そう思うと、「分かったら帰るわよ」と、無理やり手を引っ張る彼女にこう告げた。
「……お前、俺と一緒にこの街で暮らす気はないか? 否っ!! 帝国での窮屈な生活から解放させてやるよ!! 」
勢い良く放たれた突然の提案に、思わず固まるアレク。
「えっ……? 」
だが、ここはテンションで押すべき。背に腹は変えられん。全ては理想の青春のため。
それに、俺は一度決めた事を決して曲げない。
故に、呆然とする彼女の手を逆に引いた。
「いやっ! ちょっと、待って! 」
そう抗おうとするアレクを無視した上で、強引に帰宅の途へと就いたのであった。
……こうして、俺は頼れる仲間を携えて、モテモテライフに向けた最高の一歩を踏み出したのであった。
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