最強勇者の残念すぎるセカンドライフ
寿々川男女
第1話 勇者サマの現在地。
「……やはり、この地域の豆は、香りがいいな」
俺は今、海岸沿いにあるオシャレなカフェでホットコーヒーを愉しんでいる。
地平線の彼方に沈む太陽はオープンテラスを金色に照らし、不思議と感傷的な気分にすらさせられた。
これまでの人生で、こんなにも優雅で緩りとした時間を楽しんだ事があるだろうか。いや、一度足りともない。
俺は、元勇者だから。
この世を脅かす人間にとって最大の敵である魔王軍を相手に、数多の強敵との戦争を幾度となく続けてきた。
結果、諸悪の根源である魔王を討伐して、世界を救った。
でも、今はその栄光も名誉も全て放棄した上で、敢えて一般人となったのであった。
本来、かつて支援を受けていた大国リバティ帝国から王位の継承を確約されていたのだが……。
ぶっちゃけ全く興味がなかった。
だって、この俺が最も求めているのは、ただ一つだったからである。
輝かしい青春の日々だ。
幼くして勇者としての資質を見出されてからというもの、毎日が、修行、修行、修行の日々……。思い出すだけでも、目眩がしてくるってもんだ。ウンザリするなんてレベルではない。学園とか通いたかったし、幼馴染なんかとイチャイチャしたかった。
もう既に、齢17。
本来ならば、素敵な彼女の一人でも居て良い年頃だ。一回くらい心ときめく恋がしたいじゃないか。
この機会を逃してしまったら、俺は一生後悔すると思ったのである。
だから、かつての相棒であった、聖剣ブリザーラを皇帝陛下に返還した上で、国の長となる提案を丁重にお断りした。
『お、お主、正気か?! 』
面を食らった彼の顔は、実に滑稽なものだった。
続け様に、かつて苦楽を共にしたパーティーの仲間達からのしつこい説得の応酬。
だが、そこは勇者の威光をフルに発揮させてもらった。
『俺は、この世界を憂う者。本当の平和が訪れるまで一人で旅を続けるつもりだ! 』
この一言が好転をもたらした。周りからは「仕方がないな、ウチのリーダーは」などと、勇敢な言動に称賛の嵐。たった一人だけ、俺を睨みつけるヤツがいたが……。
まあ、そんなこんなで無事に説得を終えると、足早に身支度を済ませて、これまで稼いだ大金(忙しくて使う暇がなかった)を担ぎ込み、"沿岸都市ファビアン"にやって来たのだ。
ここは、人類と魔族の垣根がない永世中立国である"フラメタ王国"の南部に位置する世界有数のリゾート地。
戦争とは無縁の時を送り続けて来た故、俺"大勇者ペテロ"の名を知る者は極端に少ない筈である。
もう、過去の名誉は棄てた。
故に、今は普通の青年ペテロとしてこの地で生活をしていくことを決めたのである。
……そんな浪漫に胸をときめかせる日々も、気がつけば1年が経過していた。
海鮮の交易が盛んなだけに何を食べても美味しい極上な食事に舌鼓、戦争を知らない幸福そうな人々の顔。何よりも、美しいビーチで薄着姿の美女達が戯れる最高のロケーション。
元々、人だの魔族だのなどに拘りが無かった俺にとって、目に見える女の子の全てが輝いて見える。本当は、戦争なんか大嫌いだし。命じられて戦ってただけだしね。
なんにせよ、この地なら、俺の追い求めた理想の青春を手に出来るに違いない。そして、行く行くは最高の彼女をゲットできるはず……。
……そんな夢を見たこともありました、ええ。
理想の生活からすっかりと現実に引き戻される様に、少し距離のある位置から、こんな声が聞こえる。
「うわぁ……。あの人って……」
俺の座るテラス席から少し距離を取った場所から、入店間もない少女が怪訝な表情を浮かべて、隣に立つ彼氏と思しき男性に対してそう呟いた。
続け様に、その声によって俺の存在に気が付いた周囲の女性客は、腫れ物を見る様な顔でこちらを睨みながら、続々と退席を始める。
「また、あの"R18ウインク"を浴びせられるわよ」
「アタシ、怖い……」
レディには似合わない悲鳴にも似た声。
何故、こんな悲惨な状況になっているかって? ハハハ。それはね……。
ーー遡るは、一年前。
俺は新生活に対する高揚感から、街の可愛い女の子達に片っ端からアプローチをかけた。
同年代と思しき清楚な少女から、虹色の羽根が美しいハーピィのお姉さんまで、バリエーション豊かに。
「君たち、俺と一緒に最高の青春を送らないか?! 」
この完璧たる決まり文句を携えて、巷で話題のパンケーキ屋や、小洒落たバーまで美女が居そうな場所に赴いては、いわゆる、『まずはお友達から活動』を繰り返したのである。
元々世界を救った実績があったが故、妙な自信があった。過去に街を救った際、民衆からの歓声を受けた経験もあるしね。
きっと、内に秘めたる漢気を感じ取って、あっさりと青春を手に出来ると思っていたんだ。
……しかし、結果は現在に至るまで、0勝352敗の大敗北。
どうやら、がっつき過ぎたらしい。まあ、仕方ないじゃないか。だって、修行とか戦闘しかして来なかったんだから。どうやって女の子と接すれば良いかなんて分からん。教則本とかないものか?
こうなったら、まるでアンデットの群れと戦闘するかの如く、手当たり次第に突撃って理由も理解して貰えるだろう。
だが、その奇行における代償は凄まじく、気がつけば、世間からは実に不名誉な異名がつけられていたのだ。
……これは、ある日の昼、俺はいつも通り小洒落たパンケーキ屋で運命の相手を物色していた時に起因する。
「き、今日こそは……」
確かに、少し必死だった感は否めない。
そんなギラギラ感に気がついた数名の女子は、店主に向けてこちらを指差しながらヒソヒソと何かを伝えている。もちろん、好意的な態度ではない。
それから、頭を抱えたマスターは俺に向けてこんな事を口にしたのだ。
「あの……。ここ最近、色んな方から、『貴方がいると、店に入りづらい』とのクレームがありまして……。営業妨害となりますので、今後、ご来店は控えて頂きたく……」
これが決定打となって、俺は出入り禁止を言い渡された。金はちゃんと払っているのに。毎日訪れる優良客の筈なのに。
だが、ここで他者からの自分の評価にハッキリと気がついた。
どうやら、世論からは変態スマイルでニタニタと女の子を眺めては、無作為に声を掛ける変質者と見られていたらしい。
そして、気がつけば、街から突きつけれたあだ名は、【出禁男】である。
事実を知った時は、大声で泣いたね。勇者すらも打ち砕く大インパクト。
せっかく、大金を叩いて街の中心部に位置するお洒落な屋敷を購入したにも関わらず、ボッチが確定した瞬間だった。
俺は今、この街の最低最悪な変質者。
だが、まだ青春を諦めた訳ではない。
だって、こんな状況でノコノコと帝国に戻る訳には行かないから。
過去の自分が泣くってもんだ。
何のために全てを棄ててここに来たんだ。
俺は、勇敢な男。この程度の壁でおいそれと逃げるもんか。
そう思うと、ファビアンで記念すべき10店舗目の出禁を告げられた所で、薄暗い海岸通りを歩きながら家路に就いた。
「はぁ……。もうこうなったら、"奥の手"を使うしかないか……」
そんな言葉を口にする。
そう。まだ、俺には切り札が残っている。
そうだよ。もういっその事、これからは"世界を救った元勇者"だって、名乗っちゃえば良いじゃないか。
いや、現状の打破には、それしかないっしょ。
幾ら永世中立国とは言え、帝国出身の人間もいるだろうし、街の中心か何かで、この世で俺以外扱う事が出来ないとされている"五属性魔法"の同時顕現とかしたら、信じざるを得ないだろう。
そこからは、手のひらを返したかの様に集まる美女達。
『ペテロ様、お慕いしております』とか、逆ナンの嵐不可避。
そこからは、海岸線で「ま、まてぇ〜」なんて、愛の鬼ごっこなんかしてみちゃったりしたりして。
……ムフフ。想像するだけで、ニヤニヤが止まらないなぁ。
「そうと決まれば、明日からはプライドを捨てて、元勇者の名の下、過去の栄光に縋らせて貰おうじゃないかっ!!!! 」
持ち前のポジティブシンキングを携えて、海に向かって拳を突き上げ、そう堅く決意をする。
――だが、そんな時、背後からこんな声が聞こえた。
「……ペテロ?! 何を考えてるの?! そ、そんなの、良いわけないじゃないっ! アンタは勇者なのよ?! バカじゃないの?! 」
振り返ると、背後には一人の少女が立っていた。
俺は、この女を良く知っている。
何故ならば……。
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