玖話 サクボウ
ふと、懐かしい記憶が蘇る。
「やまねくん、ここの問題について教えてほしいんやけど…」
——なんで、忘れてたんだろう。
「そういう事やったんか!?……は〜本当、物知りやなあ。あたしもやまねくんみたいになりたいわ。」
——あれだけ色んな会話を交わしたのに。
「いつもあたしによくしてくれるけど、やまねくん…その、嫌じゃないんか?…え?人には親切にしろって、やまねくんのお姉さんが……そ、そうなんか………ありがとうな。」
——いや違う、僕は忘れた振りをしていたんだ。
「…先生がな…あたしの体を見せろって……言ってきたんや……っやまねくん。あたし、どうすればええと思う?」
あの日、麗華さんに言われた時に…そう決めたのだから。その結果、色々あって僕は転校する事になったけど…おじいちゃんや姉さんは僕に対して軽い説教はあったけど叱る事はなかった。
『はぁ…お前が正しいと思ってやったんだろう。後悔はないか?…かっ!ならオレからは何も言う事はない…全ての責任はオレが持つ。』
『……お爺様はそう言ってましたが、やまね。前にも言いましたが力で物事を解決する行為はあくまでも最終手段です。今回のケースにおいては、まだ他のやり方も出来た筈です…これからはお爺様に教わった技を人に対して無闇に使わないように心がけて下さい…もし、そういった事に巻き込まれそうになったら私を呼んで下さい。すぐに対象を鎮圧しますから。』
ごめんなさい…姉さん。僕、もうその約束を守れそうにないや。
僕は麗華さんを殺したあの男を殺すって
——そう、決めたから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
雨が激しくなって降り続ける。
そんな中、博士はアパートの部屋の中で、恍惚とした表情を浮かべながら、二人の戦いを見下ろしていた。
「…美しい。」
うつけ者が大斧を拾い上げて、狂的に攻撃を仕掛けるのに対して、あの少年…やまねはそれを両手、両足を駆使して相殺しながら、確実に攻撃を入れている。
「『固有スキル』の効果でもあるが……」
運営側的にもこれは想定外の事なのだろう。むしろ普通ならそういった使い方は出来ない筈なのだ……やまね以外は。
「あはっ、反則だな。」
うつけ者が持っていた大斧が右の手刀で刃をへし折られるのを見てそう呟く。その技はただ人間を殺す為に特化されたものだとそういうのに素人な私でも理解できた。
「さて、私もそろそろ動くか。」
そう言って博士は部屋から出て、階段で下に降り始めた。
……
…
攻防は続く。
「っチィ!!!」
折れた大斧を少年に投げつけるが、少年に当たる事はなかった。一気に距離を詰めてくる。
インベントリから棍棒を取り出し、少年の蹴りを防ぐ。腹に強い衝撃が走る。
「ヒヒヒ…いい蹴りだぜ。」
即座に棍棒を収納し、大剣を取り出して少年の無防備な体に当てた…が、大剣が根本から折れた。
「……」
少年は追撃を警戒したのか高速でバク転しながら距離を取った。
(防御力が高えな…なら、あれを出すか。)
「ヘヘッ、ハハッ!!!!……本気でやってやるぜ。」
大声で嗤いながらインベントリから、十文字槍を取り出し今度はこっちから接近して少年に振るったが、今度は折られる事はなかった。
「…ヒャハ、予想通りだぜ。」
「……っ。」
少年は少し距離を取って、右手を見ていた。ここからでも赤くなっているのが見える。
「この武器はな…特別なんだぜ!何せ『防御力を無視して、相手の防御力が高ければ高いほど、その威力が増す』槍だからなぁ!!!…これならテメェにも当てれるな。ヒャハ!」
そう言いながら、うつけ者は少年に攻めかかる。素手と槍ではリーチに圧倒的な差がある。普通なら逃げそうなものだが、全く逃げる気配がなく、むしろ左の手刀で迎撃してきた。
「いいぜぇ!前みたく逃げられるのも面倒だったしなぁ!!!どうした、どうしたぁ!!さっきの勢いはどこ行ったんだよ、オイ!!!」
左太もも、右肩、右手首、右膝と、確実にうつけ者は攻撃を当てていく。そうしていく内に突如として少年の動きが鈍くなり片膝をついて、息を荒げ始めた。
「…槍の猛毒が回ったか。ヘヘッ…これでしめえだ。」
——それを僕は待っていた。
「…はあっ!?」
そう声を上げるのも無理はない。何故なら弱っていた筈の少年がうつけ者を地面に押し倒したのだから。その拍子に運悪く手から槍を落としてしまった。
「…離せ…ぐっ、クソがぁ!!」
「……僕…は、ここで…あなたを…殺す。そう決めた…から。」
少年の体格ではありえない程の力で首を絞められるのをうつけ者は必死に抵抗する。
「決めただぁ?…は?…テメェ頭、イカれてんじゃねえのか!!!!」
「…許さない……必ずここで…殺す…から。」
だんだんと意識が遠のき始める。
(ちくしょう…まだまだ、殺し足りねえのに…)
ここでうつけ者にとって最初で最後の奇跡が起こった。
「…っ、ゲホッ。ゴホッ…」
「……あん?」
槍の猛毒でなのか、少年が咳き込み始め首を絞める力が弱くなり…糸が切れた人形のように、うつけ者の体に倒れ込んだ。
その瞬間をうつけ者は見逃さなかった。すぐに少年を押し退けて少し離れた場所にあった槍を手に取る。
そして……
仰向けに倒れた少年の心臓目掛けて槍を突き刺し…貫く。地面に赤いエフェクトが飛び散った。
「…よっと。」
力強く引き抜き、槍をインベントリに収納しているといつの間にか雨は止み、太陽が輝いていた。
「じゃあ、博士の所に戻…」
「……何をしているんですか?」
後ろから声が聞こえ振り返ろうとして…痛みすら感じる事なく四肢が切断され、無様に地面に体が落下した。
「何者だぁ…クソが!!卑怯な真似しやがって!!!」
四肢が斬られたにも関わらず、怒鳴り散らすのをただ白髪の女性は剣を鞘にしまいながら見つめていた。
「…だから、何をしてるんですか?」
「ああん?こっちのセリフだ、白女!!」
「白女……あの、私の事ですか?」
「それ以外あるかよ!?ふざけやがって…!」
「言い方を変えます…私の愛しい弟に何をしているんですか?」
心なしか怒気をはらんだような声色でそう聞いてくる。それに対してうつけ者は狂笑を浮かべこう答えた。
「弟だったのか、コイツ…ヘッ。んなもん俺様の獲物だからぶち殺…」
「ーー待ってくれ君!それ以上は言わなくていいから!!」
アパートから博士がこっちに走ってきながら、焦った表情でそう言った。
「お?博士か…丁度いいぜ、俺様の代わりにあの白女をぶっ潰してくれよ…って無理か。」
「…まあ無理な事は否定はしないよ。でもやっと会えた。」
「…あ?何言ってやがる??」
うつけ者を無視して、博士は女性に礼をした。
「始めまして…私は博士。君と取引をしにきた者だ。」
「…?私は佐藤楓ですが……取引…?」
楓やうつけ者は揃って首を傾げていた。
(あははっ……私の予想通りだ。)
「具体的には、まだギリギリ生きているあの少年…君の弟を私の『固有スキル』で回復させてあげる代わりに楓さんには、」
「分かりました。」
「私達と共に行動を…っえ、いいの?」
あまりにもあっさりと承諾した事に驚く。
「弟を…やまねを助けてくれるのでしょう?なら従います。」
「勿論だとも。君もそれでいいかな?」
うつけ者は不満気な顔をしていた。
「白女と行動すんのはまあいいけどよ…コイツを回復させるのが…気に入らねえ。」
「…?君はてっきり強い相手とは何度でも戦いたいって性格だと私は思ってたけど…」
「勘違いすんじゃねえぞ…俺様はそんな事よりも、弱い奴の心をボコボコにへし折るの方が好きなんだよ。」
「…最低ですね。」
「おいなんか言ったか、白女ぁ!!」
「まあまあ落ち着いてくれ…私達はやる事を済ませて、すぐにここを離れないとマズいんだから。」
「あ?どういう事だよ博士?」
うつけ者は理解できていなかったが、楓は瞬時に博士の言いたい事を察した。
「…もしや、敵の増援でしょうか?」
「その通りだ。楓さんは持っている回復アイテムとかで、あのうつけ者を治してあげてくれ。その間に私は君の弟を治すから…楓さん?」
楓は鞘から剣を抜いた。
「…私が敵を殲滅しますから、その間に博士さんが二人…特にやまねを治しておいてくれると助かります。」
「え…それって、どういう…楓さんのアイテム欄に回復アイテムがないって事かな?」
困惑する博士に楓は申し訳なさそうな表情を浮かべてこう言った。
「あの…申し訳ありません。私…アイテム欄?の開け方が分からないので……では後ほど。」
そう言い残し、楓は歩いて行ってしまった。
唖然とする博士にうつけ者は声をかけた。
「…おい…どうすんだよ?」
「……とりあえず弟くんを治す。だから君はちょっと待っててくれ。」
「律儀だなぁオメェ。別に放置しても今ならバレねえし…面倒だから逃げちまおうぜ?」
「…逃げれないよ。」
「?何か言ったかよ、おい!」
「悪いけどこれから集中するから…静かにしていてほしい。」
なにせ相手は、ゲームマスターをたったの一時間で殺したのにも関わらず、終わらせずにデスゲームを進行し続けている奴なんだから。
(……ここからは慎重にいかないとね。)
今後の策謀を巡らせながら、博士は少年…やまねに『固有スキル』を発動させた。
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