拾話 カウントダウン
アパートから離れた二人はこの世界の端に建つホテルの階段を登る。
「…おい遠くねえか。ここがオメェの拠点なのかよ?」
「ここの最上階にあるからね。それにエレベーターは念の為に使えなくしている。私も我慢するから君にも我慢して欲しいな。」
「ヘッ。」
半分まで登ってきた頃にふと博士がうつけ者に話を振った。
「君はさ、何の為に戦っているのかな?」
「は?…何の為かなんて考えた事ねえけど、そうだな…しいて言えば、楽しむ為だぜ…人生なんざ一度きりなんだ…キャハ。これからも目一杯、人間ぶっ殺しまくって死ぬまで楽しまねえとなぁ。」
先に階段を登る博士のため息が聞こえた。
「…何だよ、文句あんのか?博士。」
「いや…何ていうか、どうやったら君みたいな人間になるんだろうなって気になっただけだよ。」
「……。」
うつけ者が黙り込んで足を止めた。そうしていると博士は足を止め、振り返って顔を覗き込んでくる。
「…どうしたんだい?考え事なんて君らしくもない。」
「知りてえか?博士。」
「知りたくないね。」
そう即答した。
「第一、君が言い辛そうな顔をしてるじゃないか。そんな相手に対して空気を読まずに聞くなんて行為…私はしないよ。」
「…ああん!?そんな表情してねえからな。ただよ…どう説明すりゃあいいのかが分からねえだけだ。」
「ふ〜ん…じゃあまだ先も長いし、代わりにとある話をしてあげよう。何、ただのちょっとした昔話だよ。」
「昔話…桃太郎とかか?」
そんなに古い話じゃないよ。と苦笑いを浮かべながら、博士は階段登りを再開した。うつけ者も後に続く。
「…昔々ある所に、二人の姉弟がいました。数年前に両親を早くに亡くして、父方の祖父の家で暮らしていました。」
集中しているのか、うつけ者は何も喋らなかった。
「姉は生まれつきで体が弱いのにも関わらず、どんな事でもそつなくこなす事が出来てしまう、言わば傑物でした。そんな姿を見て、弟は成長していきました。」
「弟は姉のようになりたいと血の滲むような努力しました。結果的に家事全般から色々と習得は出来ましたが、それでも姉の様にはなれませんでした。」
階段を登る音だけが響く。
「そんなある日、弟は決意しました。『姉の様になれないのなら、姉が出来ない様な事をしよう』…と。」
「その後弟は、姉は一体何が出来ないのかを数年間に渡って観察しました。」
「…観察から得られた事は姉は完璧だったという事だけでした。」
そこまで聞いて、うつけ者は疑問の声を漏らした。
「…おいおい、姉は確か体が弱いって言ってたよな?運動とかなら出来ねえんじゃねえの?」
「そうだけど…驚いたよ。結構真面目に聞いてて、しかも割と的確な指摘だ。」
「ヒヒ…俺様はよく本とか読んでたからなぁ。」
「君の質問に答えるなら、最初に『なんでもそつなくこなす』の中に運動も含まれているんだよ…まあ、短時間限定だけどね。」
「…だから『傑物』かよ…ケッ、気持ち悪い…絶対相手にしたくねえな。」
「そう言えば、私が知るあの嘘つきは『本物の化物』って言ってたな…おっと話が脱線したね。じゃあ話の続きを…おや。」
話をしている間に階段を登り切っていた。
「35階…ついに最上階に着いたね。じゃあ行こっか。」
「おい待てや博士。まだ話は続きだろうが。せめて部屋に着くまでにその話を終わらせろよ…気になるだろうが。」
「仕方ない。話し始めたのは私だからね…って言ってもほぼ話し終えたんだけどな。」
博士は昔話を再開した。
「…それでも弟は模索します。観察の中で、姉は祖父から剣術を習っているのを知り、弟も祖父に教えを乞う事にしました。」
「しかし、残念な事に弟には剣の才は全くといっていい程にありませんでした。それを不憫に思い、祖父は体術を教えると…その数日後、学校で弟はある才能が開花しました。」
「姉には出来ない事ができた弟はそれを無邪気に喜び、家に帰って二人にその事を聞かせました。しかし祖父や姉は、その才能を危険視して何とか弟を説得して…封印しましたとさ。」
おしまい。話終える頃にはドアの前まで来ていた。博士は鍵を取り出した。
「着いたよ…それで、どうだった?」
「あー話としては悪くねえけどよ…その後の話が気になるぜ。」
「…そっか。」
鍵でドアを開けて二人は中に入る。見た限り洋風で台所やベットがあり、机と椅子が置かれていて…何よりもここにいる筈のない人物が座っていた。
うつけ者は反射的に隣にいる博士を見て、またその人物を見た。
「………何でオメェが二人いるんだ?」
その人物は、博士に向かってこう言った。
「ここまでの案内をありがとね…私。」
「えー。もっと私にないのかな?分身がこんなにも頑張ったんだよ?」
「休んでいいよ。お疲れ様。」
「全く…ドライだなぁ。」
そう言った途端、さっきまで行動していた博士の姿が消失した。
「…とりあえず座ってよ。今、紅茶を持ってくるからね。」
椅子から立って台所に向かう博士の腕を掴んだ。
「おっと。どうしたんだい?…ああ、緑茶派だったかな?…それともコーヒー派?残念ながら私はコーヒーが嫌いで、」
「どういう事か説明しろや。あれは一体何なんだよ!!!!」
(チッ、何で俺様はこんなに怒ってんだ?)
自分でも訳が分からずに怒鳴りながら腕を強く握った。
「…その事か。私の特殊スキル『自己分裂』で分身を作ってこの世界を監視しててね。それで偶然、分身の一人が君と出会ったってだけだよ…で君は納得できるかな?」
「つまり…アイツは偽物だったって事か。」
博士は首を横に振る。
「いやいや、全て本物だよ?分身という言い方が悪かったかな……私の自己を削って作っているから、限りなく本物寄りの存在だ。1人1人に別々の感情があるし、独自にインベントリやアイテム欄が存在しているからね。君はそれを見ている筈だ。」
「…そうだったな。で何でそれを知ってんだオメェ?」
「それは分身の五感を共有できるからとしか…事の詳細は飲み物を持って来てから話すから一度、手を離して欲しいな。」
「…ヘッ、俺様は緑茶でいいぜ。」
分かったよ。と言って博士が台所へと向かった。その間にうつけ者は椅子に座って待つ。
「お待たせ。これが君の分だ。じゃあ話を続けようじゃないか。」
博士は紅茶に角砂糖を7つ入れるのを見ながら、うつけ者は疑問に思った事を質問した。
「さっきよお…『特殊スキル』って言ったか?ルール説明にはねえけどそんなもんがあったのかよ?」
「…作ってたんだ。秘密裏に。」
「は?作った??」
紅茶を一口飲みながら、博士はうつけ者を見て微笑んだ。
「む、悪くない味だ…で君みたいな馬…うつけ者に分かりやすく説明するとね…私はこのゲームを作る側の人間だったんだよ。」
「つまりよお、博士は運営側…って事かよ?」
「ご明察。でも厳密に言うなら、初期だけ参加してただけで途中で飽きてすぐに辞めちゃったんだけどね。その時に面白半分でこれを秘密裏に仕込んだんだ。」
てっきり速攻でバレて消されてると思ってたから、見つけた時は正直驚いたけどね。と付け加えた。
「難しい話は一度この辺にして…今後の話をしようか。そっちの方が大事だし。」
「…キャハ。そうだなあ…まず誰を殺すんだ?俺様としてはアイツを真っ先にぶち殺してえけどなぁ……ヒヒッ。」
「あっ。でもまだ楓さんも来てないし…もう少し雑談しながら待つかい?」
「へッ。じゃあ緑茶のおかわり持ってこいや。」
「えーパシリじゃん…うん、すぐに持って来るからそんなに睨まないでくれ…少しびっくりするから。」
「——博士さん。私にも緑茶をお願いしてもいいですか?何だか喉が渇いてしまって。」
2人は同時に声がする方を向いた。いつの間にか、うつけ者の隣に楓が座っている。博士が少し狼狽えながらも聞く。
「…ど、どこから?…いや、ていうか…いつからそこにいたのかな?」
「うつけさんとここで会話を始めた時からです…つい博士さんの話に夢中になって、うっかり挨拶をするのを忘れていました…すいませんでした。」
そう言って楓は2人に謝罪した。うつけ者はただ驚いただけだったが、博士にはこの状況が衝撃的すぎて話が全く頭に入ってこなかった。
「え…最初…から?」
「おいマジかよ!?全く気づかなかったぜぇ。やるじゃねえか…白女。」
(私の監視網に一切感知させずに数々の罠をも回避してここに来たのか…あはっ。嘘つきが言ってた通り…本当に規格外だな。)
「…ボッーとしてねえで、さっさと持ってこいよ博士。後20秒で持って来れなかったら…キャハ!腑を抉り出してぇ、」
「!分かったから、ちょっと待ちたまえよ。」
(佐藤楓……共に行動するのは私としては都合がいい。しかし私に扱えるのか?この化物を。)
「では数を数えましょうか。1…2…3…4…」
「キャハハ!!いいぜ白女ぁ!博士の命もついにここまでだなぁ!!!まさに風前の灯火だぜ!!!!」
「っ、考え過ぎた…はっ!?すぐ行くから座って待っててっ!」
閑話休題
「…ていう訳で、今度こそ皆揃ったから…今後の話をするよー!」
「「……。」」
「…折角、さっきまで私を嬉々として殺そうとしていた君達のテンションに合わせたというのに。冷めてるなぁ。」
楓とうつけ者は顔を見合わせて、博士の方を見て言った。
「あ?悪いな博士…余りにも…口調が似合わなすぎてよ…つい絶句してたぜ。」
「言い方が保育士さんみたいですね、博士さん。」
「じゃあ…今後の話…いや、計画を発表するからよく聞いててくれ。」
「おいおい、この空気感でやるのかよ。」
個室の中…博士は2人に計画を発表した。
「ゲーム内時間でここから数えて一週間後、現実世界換算で明日の早朝…我々はこのゲームのプレイヤーを……皆殺しにする。無論例外なくだ。」
そして、その計画の内容を2人に話した。
その内容を聞いたうつけ者は楽しそうに嗤い、
楓は終始無言を貫いていた。
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