捌話 サイカイ
確実に大斧が緑髪の少女に直撃…した筈だった。
「…っうお!?」
気がつけば、右腕が斬り飛ばされていた。
「へ、へへっ……面白れ。」
瞬時に落ちる大斧を左手で拾いながら追撃を勘で防ぐ。
「オラ、オラ、オラァ!!おいそんなもんかよ!!!」
「…っ」
少女が距離を取ろうとする。
「キャハ…お返しだぜぇ!」
うつけ者は大斧を少女の右腕に向けて投擲した。
「…チッ、防ぎやがった。」
「……今度はこっちの番やな。」
少女は素手のうつけ者に急接近し、喉元にナイフを刺そうとして…唐突に姿が消えた。
「…え、どこや!?」
辺りを見渡そうとして…背中に強い衝撃が走る。
「——残念、後ろだぜ!!!!」
「しまっ…」
思いっきりアパートの方へと飛んでいく。何枚もの壁を突き破って。それを見届けた後、うつけ者は満面の笑みで博士を見る。
「博士、追撃に行こうぜ!!!今なら殺れる!!!!」
「待ってくれ、その前に君の右腕をだね…」
「右腕なんてあってもなくても変わりゃしねえって!」
「…駄目だ。万全の状態で行った方がいい…私がそう断言しよう。」
「ビビってんのか?…オメェはこの俺様が負けるって言いてえのか?」
博士を睨みつけるが、気にもしない様子で回復薬をうつけ者に渡した。
「…ポーション型はさっき使い果たしたから、これでも塗っておいてくれ。少しはマシになるだろうから。」
「オイ。俺様の話を無視すんじゃ…」
路上に刺さった大斧を引きずりつつ持ってきた。
「やれやれ重いなコレは。よく君は片手で持てるね…傷の調子はどうだい?」
「あー…まずまずだぜ…ってオメェ。さっき俺様の話を無視しやがったろ。」
「話…って、ああ。下らなすぎて無視してたよ。ごめんね。」
左手で博士の首を絞め上げる。少女の足が浮いた。
「下らねえだと…オメェはもうここで殺して…」
「…違うって、勘違い…してるよ、君。」
「あ?…勘違い?」
全く抵抗しようともしない博士を見て、首から手を離した。
「…言ってみろ。」
「けほっ。ん、んんっ…失礼。私が君を貶している事に怒っているのかな?」
「……そうだ。」
博士は落ちてた大斧をふらつきながらも抱え上げて、うつけ者に手渡した。
「ただ、私は君に万全な状態で戦ってほしいと思っただけだよ…君の『固有スキル』は言ってしまえば『攻撃を受ければ受ける程に全ステータスが上昇する。』という効果なのだろう?」
「…。」
「図星かな。君の戦い方にはこれ以上ないくらいに合っているのだろうけどね…いくら最大HPすらも増え続けるとはいえ、回復なしだとリスクが大き過ぎるんだよ。」
「おいおい…まさか俺様を心配してんのか?」
「まあね。君には死んでほしくないからかな?」
その言葉をうつけ者は聞いて笑った。
否…笑うしか、なかった。
「ヒャハハ!!初めてだぜ…誰かから心配されるのはよ。」
「…へぇ、今どんな気持ちかな?」
「……ハッ、気持ち悪いな。さっさとオメェをぶち殺してぇなって思ったぜ。」
博士は目を丸くしているのを見ていると、いつの間にか右腕が再生していた。
「…準備できたかな?HPは大丈夫?」
「ヘッ、心配すんな…今度こそ万全だからよ。」
「なら安心だ…え、うわっ!?」
うつけ者は博士を抱えて駆け出す。
「よっしゃああああ!!今度こそ行くぜぇ!!ヒャッハーー!!!!!!」
「…全く、君といると楽しいね。」
……
…
ーー暗い。ここはどこだろう。
(確か、ナツサさんと会話をしててそれで…)
暗がりの中、よく見ると扉があるのが分かった。
「…っ。開かない。」
どうやら何処かに閉じ込められているらしい。
「ーーっらぁ!!」
「ーーいっ!」
耳をよく澄ませると、外から誰かの声やかすかに金属音が聞こえる。どちらも聞き覚えのある声で……
「ナツサさんと……っ!あの人の声だ!」
助けないと……必死で扉を開けようとするが、扉はビクともしない。何度も開けようとしている内に、いつしか外からの声か聞こえなくなった。
「あ……ダメっ、開けないと…早くっ!」
少しして誰かが室内に入ってくる音がした。その瞬間、扉が乱雑に破壊されて僕は無様に室内に転がった。
「ヘヘッ、やっと見つけたぜぇ!…おい、博士…コイツだ!!」
「…やれやれ、しらみ潰しだったとはいえ…よく見つけられたね…まさか押し入れに隠していたとは。」
大男と見知らぬ少女が僕を見下ろしていた。ここはさっきまでナツサさんと会話をしていた場所で…震えながら声を発した。
「…ナツサさんは…どうしたんですか?」
「「……?」」
二人は首を傾げて…少女が淡々と答えた。
「……ああ、緑髪の彼女の事か…固有スキル『
即座に僕は立ち上がり少女に殴りかかろうとして…大斧に遮られその手を掴まれる。
「おいおい、そんなに会いてえのかよテメェ。」
「…っ。離して、」
「ヒャハハ…いいぜ、会わせてやるよ。」
次の瞬間、僕は窓ガラスを破壊しながら空を舞っていた。外は雨が降っていた。そしてそのままアパートの外へと落下する。痛みはないが体に衝撃が走った…でもそれすらどうでもよくなった。
「…ぁ。」
近くに見知った少女が倒れている。体中がズタズタにされていて、両腕が切断されたのか無くなっていて…そこまで見て、僕は咄嗟に駆け寄った。
「起きて下さい!ナツサ…さん。」
「……」
返事はない……返事が、ない。体を揺さぶる手はとても冷たかった。
「…なん、で?」
——その理由は最初から分かっていた筈だ。
「あはは……僕のせいだ。」
ここに来なければ…あの時、ついていかなければ良かったんだ…その結果を見て力なくただ笑う。
「僕はまた…人を殺したんだ。」
あの時みたいに。何かがカチリと入る前に、掠れた声が聞こえた。
「まだ…死んで、ないよ……やまね、くん。」
「っ!?ナツサさん!!」
「大声…出さんくても、聞こえる…わ。」
僕はアイテム欄から回復薬を出そうとしたが声に阻まれ、その動きを止めた。
「間に合わんよ……やめとき。それは…やまねくんが、使うべきや。」
「っでも、このままじゃ……」
「…昔な、あたしは…助けられたんよ。」
「えっ?」
突然の話題に戸惑う僕に構わず、話を続ける。
「中1の頃やった、なあ。あたしは大阪から転校して…クラスに馴染めずにな…いじめられていたんや…先生にもや。」
「……」
「それでも、クラスにたった一人だけ…友達がいたんや。」
「…」
「凄かったよ…あたしがその友達に相談したらな…その翌日から、誰もあたしをいじめなくなったんや…でも、その日から担任やその友達の姿がクラスの中にはなかったん、やけどな。」
「…それは。」
「……あたしの事を忘れられたんは…少しショックやったよ。やまねくん。」
「…っ!」
やっと全てを理解した。
「そう、だったんですね。」
「やまねくん……やっと思い出したんか?」
ナツサ…否、
「…ずっとな、会いたかったんよ…やまねくんのお陰でな、あたしの人生は大きく、変わったん…やから。」
「そんな事は…」
相談されたあの後、僕は麗華さん以外のクラスメイト全員を椅子に縛りつけて、その目の前で見せしめとして担任を素手で殴り殺して…だから。
——決して感謝される事じゃない。
「…生き延びるん…やで。」
「あの、麗…ナツサさん!」
「やまねくんの事、あたしはーー」
意を決してその事を伝えようとしたが、出来なかった。どこからか大斧が飛んできて深々と麗華の頭蓋に刺さったからだ。僕はそれをした張本人の方を向いた。
「…どうして?」
「——キャハ。やっと当たったぜ…あ?死にそうだったからよ、さっさと殺して楽にしてやっただけだぜ?」
大男が拳を構えた。
「…今度こそ、息の根きっちり止めてやるからよ…覚悟決めて死にやがれ!!」
そう呟きながら、やまねに向かって接近した。
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