伍話 ウンメイ

大男は逃した奴を追いかける為にマンションの階段を急いで降り、ロビーまで来ていた。


「…あ?」

「…。」


15歳程の何かの本を抱えた黒髪黒目の少女がいた。


(中の奴らはアイツ以外皆殺しにしたよな。)


「おい、テメェ。どっから来た?」

「……。」



少女は大男を無視して立ち去ろうとする。


「…チッ。」


その態度に腹が立ち、大男は思いっきり少女を壁に蹴り飛ばし、持っていた大斧を少女に突きつけた。


「……。」


衝撃で座り込んだ少女の額から赤いエフェクトが出ているのにも関わらず、無言で虚空を見つめている。


「ハンッ、まあどうでもいいよな。どちらにせよ今ここで殺してやるからよ。俺様は男女差別はしない主義だから……テメェがたとえガキでも容赦しないぜ。」


「……。」


「っ!怖がれよ!!もっと叫んで命乞いしろよ!!!そしたら命だけは助けてやってもいいぜ?」


ふと少女は沈黙を破った。


「…ああ、すまない…つい考え事をしていてね。で、命乞いをしたら助けてくれるのかな?」

「ああ、勿論だぜ?」


少女はため息をついた。


「…なんだよ。」

「仮にここで私が命乞いをしてもしなくても結局は死ぬ事が決まりきってるから、ついため息がでてしまうのは当然だと考えるのが妥当じゃないかな。」


大男は少し驚いた表情をしたがすぐに狂笑に変わる。


「…ヒャハ。分かってんじゃねえか。」


「考えれば普通に分かるし、君に話し合いを設ける事は無駄でしかないのは見ただけで理解できるからね…『最も狂いし者。』」


「…そう言うテメェも、俺様もついさっきピンと来たぜ…『最も賢き者。』」


少女は驚いた表情をしていた。


「君の様なバ…うつけ者でも、ルールをちゃんと読んでたんだね……無関係な私でも少し君に感動しているよ。」

「オメェ今バカって言い掛けなかったか?でもヒャハ。その『うつけ者』って響き、気に入ったぜ。今度からそう名乗らせてもらうわ。」


少女は何故か笑いを堪えていた。その態度が癪に触り、少女の右足を大斧で切断した。それでも尚、悲鳴一つ上げなかった。


「オメェ…痛くねえのか?」


「痛いよ。でもそうやって痛がる度に叫ぶなんて非効率的だ。しかもここはゲームの世界だよ。足なんて回復アイテムを使えば治るし、仮にそれが無くても、時間は掛かるだろうけど寝たら治るんじゃないかな。」


「…ケッ……興醒めだぜ。」


大男…うつけ者は大斧をインベントリに収納した。


「…ん、私を殺さないのかな?」


「オメエはつまらねえんだよ。」


「それは助かるよ!私にはやるべき事が沢山あってね。まず手始めにこのゲームのシステムを乗っ取ってから、楽しみながら解体しなきゃいけな、」


「うるせえ。」


嬉々として少女は夢中に話すのをうつけ者はうんざりしながらもその場を後にしようと少女に背を向けた。


「ち、ちょっと待って欲しい……まさか私をここに置いて行く気なのかな。」


「…?まあな……ヘッ、命拾いしたな。」


「あのさ、私も一緒に連れて行って欲しいんだけど。」


うつけ者は少女の方を振り返った。


「…あん?」


「そこまで睨まなくても…実は私と君の目的は共通しているんだよ。」


「俺様はこのデスゲームを全力で楽しむのが目的だぜ?オメェは…システムがどうとかだったか…つまり…あれだ。全然違えだろ?」


少女は年相応の女の子のように笑う。

——その姿が何故か印象的に映った。


「あははっ。私はね、ゲームはするよりも隣で見る方が好きなんだ。でもシステムの解析だけしてたら流石の私も飽きてしまうかもしれない。」


「分かりやすく言えよ。つまり何なんだ?」


「つまりね…このデスゲームの解析が終わるまで、君が全力で楽しんでいるのを特等席で見ていたいんだ。」


「……。」


「君みたいなプレイスタイルなら、見てても飽きないだろうし…あっ、勿論ただでとは言わないよ。私に出来る事なら何でも言ってくれ。文字通り、何でも…だよ?なんなら、解析が終わった後なら……私を殺してくれてもいい。」


「…。」


必死に説得する少女を見て、うつけ者はただ笑った。


「いいぜ乗った……お前は最後に殺す。」

「やったぁ!…でも結局は私を殺すんだね。」

「おう、期待しとけよ。オメェをマジで痛がらせられる様に他の奴らできっちり練習するからよ。」


そう言ってうつけ者は少女を抱えてマンションの外に出る。


「…ひゅう、生まれてこの方お姫様抱っこされるのは初めてだね。これは中々に興味深い。」


「右足が無えからな…仕方なくだぜ。」


「元はと言えば君が斬ったんだろうに。」


「キャハ。知るかよ…そんなんで斬れるオメェの足が悪いんだよ。」


ふと、うつけ者は少女を見る。


「…何かな?私が実は可愛い美少女だって気づいてしまったのかな…全く、罪な美貌だね。」

「違えよ名前だ…そういや、聞いてなかったから教えろよ。最後に俺様が直々に殺す奴の名前くらいは覚えてなきゃ失礼ってもんだろ?」


少女は少し悩んでから言った。


「…本名は駄目らしいから…じゃあ『博士』でいこう。私にふさわしい名前だね。」


「博士か………覚えたぜ。」


「…あのさ、本当にそれだけなのかい?てっきり君の様なタイプはもっとこう、いやらしい事とかさ、」


「あー俺様は死体にしか興奮しねえから、そうだなぁ…博士をぶち殺した後なら…アリかも知れねえな。」


「ネクロフィリアかぁ……世界は広いなぁ。」


少女…博士は心なしか顔を青ざめながら、うつけ者から目を逸らした。そうとも知らずにうつけ者は突然、焦る様に駆け出した。


「っ!?待って、どうしたの?」


「ヤベぇ。博士の長話の所為でアイツを見失っちまったじゃねえか!!」


「…誰かを探しているのかい?」


「そうだ、アイツは俺様から逃れやがったんだ。だから確実に殺さなきゃなんねえんだよぉ!!!」


叫びながらうつけ者がひたすら走っていると、博士が声をかけてくる。


「あのマンションにいたのかな?」


「…っ!ああ、いたぜぇ!!何か分かったのかよ博士?」


「…じゃあ、行った場所はただ一つだね。」


「勿体つけずにさっさと言いやがれ!」


「このまま真っ直ぐにあるアパートを拠点とするギルド『神秘の門』にいるよ。」


「ギルドとか良く分かんねえけど、そこにいるんだな!?」


「…博士の名において断言してあげるよ。」


「しゃあ!!!行くぜ行くぜ行くぜ!!!!!」



博士を抱えながらうつけ者はただ走り続けた。

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