41.行くよ。


          †


 崩れ落ちるように、おとの身体が沈んだ時、真っ先に飛び出していったのはとおるさんだった。観客席がざわめいている中、澄さんは音希を抱え上げて舞台袖に駆け戻ってゆく。そのタイミングで、小休憩のアナウンスが流れた。テレビ放映のCMに入ったらしい。澄さんたちに続いて、私達も舞台袖に引けた。


 音希の顔面は、蒼白になっていた。


「――酸素不足と貧血だ」


 華月さんの呟きに、全員がはっと息を呑む。


 なんてことだろう。こんな、直前になってこんなことになるなんて。でもそうか、これだけの規模の長時間のステージなんて、音希に経験はないんだから。体力配分なんて、わかってたはずがない。


 音希の口許にボンベを当て介抱している澄さんの後ろで、密かにベースを握りなおす。

 次なんだ。この次が最終なんだ。一番肝心なものなんだ。


「音。音希?」


 澄さんが名を呼んでも、音希は薄目を開けるだけで精一杯みたいだ。眉間には深い縦皺が刻み込まれている。


「駄目だ。これ以上は危険すぎる――」


 溜息混じりに華月さんは首を振った。タタラさんも片岡さんも、深い溜息をつく。

 次だ。


 次の【evanescent】で全てが終わるのに……。


 全員が同じ思いを抱えている。そのことが、私にこの言葉を呟かせた。



「みんなに、聞こう」



 その場の全員が、振りかえる。

 華月さんが、片岡さんが、タタラさんが、澄さんが、そして先輩が私のほうへと振りかえっている。


 みんなの目を見て、続けた。


「ここまでを聞いてくれた、観客のみんなに聞こう。【evanescentエヴァンスセント】を、音希の歌で聞きたいか。もう、答えは出してくれているはずだから」


 意味を察してくれた華月さんが、頷いて三井さんを呼んだ。三井さんと少し話して、頷いた三井さんがその場で電話を掛けた。テレビ局にだった。ちょうどそのタイミンクで、バックステージのモニターがCMから音楽番組の放送に切り替わる。会場のスクリーンにも、同じものが映し出されているはずだ。



 スーツ姿の、中堅アイドル男性司会者が、横からスタッフが持ってきた紙を受け取って読み上げる。


「――えー、F港の特設会場から、中継でお送りしております、《WEST‐GO》のラストライブですが、この後お伝えしていた通り、予定変更しまして、完全新譜をお送りすることになっているのですが、会場から今しがた連絡が入りまして、ええと……今回からボーカルのPsyさんに代わり、ええ、おとさん、がメンバー変更候補としてステージに立たれています」


 司会さんが難しそうな顔で、ちらちらとステージ袖を見ながら、紙に書かれている内容を読み上げていく。


「それでですね、ここまでのライブを見た上で、メンバー変更の上での活動継続を望むか、受け入れるか、それとも受け入れずに解散を求めるか、それを、会場の皆さんと、視聴者の皆さんの判断に委ねたいと、そういうご希望が届きました」


 画面左側にテロップ枠が映し出される。番組アカウントに流れてきているSNSの声が騒然としていた。


「ええ、これからですね、投票を行いたいと思います。①音希さんの歌で新譜を聞き継続希望。②音希さんの歌で新譜を聞き継続を希望しない。③新譜を聞かず継続を希望。④新譜を聞かず継続を希望しない。お手元のリモコンで、操作してください。当番組のホームページにも、只今緊急でアンケートの回答ページをご用意いたしました。ご協力をお願いいたします。では、はじめ」



 画面下に投票が瞬く間に伸びてゆく。同時に、華月さんたちがステージに向かって走った。私もそれについてゆく。ステージに戻ったタタラさんがマイクを握り、呼びかけた。


「今放送されてる通り、ここでみなさんの判断をあおぎたいと思います。項目は、スクリーンに出ている通りよ。今から聞くから、それだと思うものに声を上げて。それで、私達の今後を決めます。――行くよ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る