第13話 思わぬ歓迎会


 そんなわけで、捕虜? として捕らえられた俺は、フィーネと名乗る謎のきれいなお姉さん? に縛られ、永遠に続くかのような禍々しい雰囲気の廊下を歩かされていた。


 探索者配信でピンチな状況に陥ったことなどいくらでもある。

 探索授業で生傷を作るなど日常茶飯事だ。

 だけど――、


(まさか実際にモンスターに捕らえらることになるとはなぁ)


 漫画の世界でもよくある展開だけど、まさか男の俺が体験することになろうとは。

 こういうのは可愛いヒロインの役目で、デブな俺が捕虜って誰得だよ。


 そんなわけで「これが俺の最後か」と腹を括ったまではよかったのだが――


『エルデンで働く従業員たちよ。ついに私たちの領域に、新たなマスターが現れたぞー!』

「は?」


 この歓迎のパレードは予想外だった。

 明らかに特別なものと分かる王座から、ダンジョンの『会場』を見下ろせば、ひしめき合うように群がる鎧たちが、一様に雄たけびを上げ始める。


『みんなー盛り上がってるかーい』

「いえーい!」

『新しい主が欲しいか―』

「いえーい!」

『よし、それじゃあ新しいマスターの歓迎式、最高にぶち上げていこーう!』


 陽キャのノリで巧みに場の雰囲気を盛り上げていけば、鎧たちと俺をたたえる声が会場に響き渡った。


『ミチユキさま、ばんざーい!』

『我らのマスターに栄光あれ!』

『きゃー、なにあの人かっこいい! 抱いてー!』


 なんだこれは。どうしてこうなった。

 するとさっきまで見事なマイクパフォーマンスで場を盛り上げていたフィーネが、ひと仕事終えたとばかりに汗を拭き、いい笑顔でマイクを向けてきた。


『ささ、マスター。この領域の支配者に選ばれたご感想は?』

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あまりにも突然のことで思考が追い付かないんだが――マスターってなんのことだ?」


 先ほどまでも緊張も忘れ、正直な疑問が口からこぼれる。

 モンスターが知性を持つこともそうだが、俺は化け物の親玉になった覚えはない。

 そもそもダンジョンが丸ごとパーティー会場に早変わりするなんて非常識あるはずがないのだが――


『ふふっ、驚きましたか? マスターのおかげとはいえ、少ない資源で色々と頑張った甲斐がありました』

「俺のおかげ?」

『はい。つい10時間前。マスターは私たちのサービスをご利用になったじゃないですか』


 久しぶりの大口課金だったので頑張りました。と言ってはにかんだ笑みを浮かべるフィーネ。 

 その笑顔に初対面で会ったときに禍々しさはない。

 それどころか、心の底から俺のことを慕ってくれているようにも見え、その態度がなおさら俺を混乱させる。


 ただ彼女の口ぶりに思い当たる節がないわけじゃない。


 『ダンジョン運営機構』


 それはミノタウロスに襲われる際に、藁にもすがる思いで『課金』したサービスがあったが、


「それじゃあここは――」

『はい! ダンジョン運営機構の運営領域です。マスターは100年ぶりの栄誉あるお客様として選ばれたのです』


 そういって晴れやかな営業スマイルを浮かべるフィーネ。

 どうやら彼女はその『ダンジョン運営機構』の従業員らしい。

 サービスを利用した俺をお客様として認識し、俺の願いをサポートする役目があるようだが、


「いったいなんのために、こんな茶番をする必要があったんだ」

『それはもちろん。お客様である、マスターにこの領域がいかに素晴らしいかわかりやすく理解してもらうためです』

「俺のために?」

『はい、こんな感じに』


 すると、フィーネが指を鳴らした瞬間。会場に溢れかえっていた鎧たちの姿が一瞬にして消え失せた。


 これは幻覚? いやこの実態を持つ幻覚はまさか――ッ⁉


「魔力投影か⁉」

『せっかく100年ぶりにお客様が現れたのに私だけのお迎えというのもなんだか寂しいと思いまして、簡単ですが賑やかなお出迎えにさせてもらいました』


 簡単ですがって、魔力投影装置はロストテクノロジーだ。

 もはや現代では再現不可能とされたダンジョンの機能で、それなりの魔力を使うはずだ。

 

 それを俺をもてなす為だけに使用したっていうのか?

 

「それじゃあ俺をここに連れてきたあの転移の光も――」

『はい。お客様をあのまま放置するのはまずいと判断し、勝手ながら実行させていただきましたが、やっぱり迷惑だったでしょうか』


 いや、迷惑ってことはないが――


『突然の出来事でマスターが私を疑うのは仕方がありません。ですがどのような方でも資格を持つお客様なら最高のサービスを提供するが私の役割ですので、マスターに危害を加えることは絶対にありません』


 まるで信用してほしいと言わんばかりの健気な表情。


 ピンと張りつめた空気が、無人の大広間に満ちていく。

 信じるべきか。それとも拒絶するべきか。


(コイツは魔族の姿をしていた。いくら俺に用があるからと言って、何のメリットもなしに助けるか?)


 実際、俺は他人に裏切られたばかりだ。

 正直、これ以上誰かに裏切られて傷つくのはごめんだ。

 だけど――


(事情は分からないにせよ。コイツに助けられたってのは事実なんだよな)


 そしてこれ以上の問答は無意味と悟ってそっと息を吐くと――、むき出しの警戒心を引っ込め降参するように両手を上げた。


「わかった、とりあえずお前のいうことは信用することにするよ」

『よろしいのですか。私はマスターを騙しているかもしれないですよ』

「その時は油断した俺がバカだったってだけさ」


 戦う手段を封じられている無力な以上。抵抗は無意味。

 向こうが友好的な姿勢を向けているのならば、わざわざ敵対するメリットはない。

 

(どうやら九頭代たちのせいで少し疑心暗鬼になりすぎていたようだな)


 簡単に信用する気はないが、それでも命の恩人の善意を疑うような『人でなし』になるつもりはない。

 まぁ、またどっかのクズに甘いってバカにさせるんだろうけど

 

『ありがとうございますマスター! 私、精一杯マスターの期待にこたえられるように頑張ります!』

 

 あー、だから仮だ仮! まだ本当に信用したわけじゃないんだからな!


「それにしても友好的なボスモンスなんて本当にいたんだな。掲示板の与太話だけかと思ったよ」

『私が、ボスモンスター? 何のことですか?』

「は?」


 予想外の言葉に今度は俺が驚く番だった。

 

「いやだって、ボスモンスターっていやアレだろ? ダンジョンを好き勝手にできるんだろ? その能力を応用して俺をここに連れてきたんじゃないのか?」

『……つまりマスターはこの私が、あの能無し以下のポンコツと言いたいんですか?』

「いやそうじゃないって」


 やけに荘厳って言うか、どこか魔王城めいた城の作りだし。

 そもそもダンジョンそのものの機能を利用して『サービス』を提供する商売している組織なんて聞いたことはなかったから、そう思っただけだ。


 それに異世界から勇者たちが帰還するような時代。

 100年という長い年月の中、人類に友好的なモンスターが代価を求めて商売してもおかしくないと思ったんだが――、


「違うのか?」

『はぁ、マスターが真に高く私のことを評価してくださるのは嬉しいですけど、至高で完成された存在の私を、あんな量産型の下等な生物と一緒にしてもらっては困ります。認識の訂正を求めます!』

「お、おう。悪いかった。謝るよ」

『ええ、理解してくださったのならそれでいいんです』


 だがだとすると、ますます目の前の存在が何なのかわからなくなってくるんだが。

 すると不快な表情から一転、楽しむような声が聞こえてきた。


『そうですね。では質問にお答えするついでに、二つほどマスターの認識を訂正しましょう。第一にマスターはここが、ダンジョンの階層と勘違いされていますが、ここはダンジョンコアの中。つまりダンジョンを運営する機構の中枢部です』

「はい?」

『ですから、この領域こそがダンジョンそのものなのです』


 あまりの衝撃的な真実に、声を出せずにいた。


 なにせダンジョンコアといえば、人類が、いや探索者が長年追い求めてきた『悲願』の一つだ。

 ダンジョンコアを手にしたものは、世界を制するとまで言われる代物で。

 英雄十三家は100年間もの間、その『制御装置』を求めてダンジョンに潜り続けているが、まだその形すら把握できていないと聞いているが、


『その疑問が私が訂正すべき二つ目の認識です。私が、このダンジョンを管理するのではありません。マスターが、このダンジョンを管理運営するんです』

「俺が」

『ええ、マスターにはその資格があります』


 そういって柔らかな笑みを浮かべるフィーネは、まるでこの空中で踊るように恭しく礼をすると、


『改めまして、ダンジョン運営機構――『エルデン』担当のフィーネは。

 私が持つダンジョンコア『エルデン』の管理権のすべてをマスターへと委譲し、これよりマスターの忠実なるしもべとして、ダンジョンを統べるにふさわしき主となるべくサポートさせていただきます』


 ダンジョン運営のサポート、だと⁉


『はい。この身と領域はすでに貴方のもの。ともにこの世の全てを支配下に置き、よりよいダンジョンライフを目指しましょう』


 そういって嬉しそうな笑みを浮かべ、「なんでだああああ!」という俺の魂の絶叫がダンジョンに響き渡るのであった。

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