第14話 迫りくる肌色の罠⁉


 叫びすぎて塞がりかけていた傷が開くという一幕があったものの。


 どうやら俺は自分でも知らないうちに、人類史上初、ダンジョンコアを手に入れた男になっていたらしい。


 ――そんなわけで次の日。

 失血死寸前の俺はふかふかのベットに運び込まれ、目を覚ました。 


「やっぱ、夢じゃなかったか」


 どうやら今回はそこまで重篤な怪我でなかったのか。

 液体の中でお目覚めという最悪な目覚めを体験は回避できたらしい。

 それでも気を失うまでの出来事を思い出しただけで頭が痛かった。


(まさか金のチカラで、本当にダンジョンの主になるとはな)


 それこそ地上に帰ったらどう言い訳すればいいのかわかったもんじゃないが、


「腹減ったな」


 ぐぅうううと盛大に腹が鳴り、そういえば昨日から何も食べていないような。

 そうしてスマホで時間を確認しようとシーツを探れば、俺の指がやけに生暖かく柔らかい何かをムニっと掴んだ。


「むに?」


 この部屋には俺しかいないのだが、なんだこの妙にずっと触っていたくなるようこの感触は?

 そうして感触のする方へ視線をやれば、そこには見覚えの女が横になっていて、


『無事、お目覚めになられて安心しましたマスター』

「どおあっしゃあああああああッッッ⁉⁉⁉」


 シーツ一枚のすっぽんぽんな『秘書』の姿を見て、今世紀最大級の驚きの声を上げ、転げまわるようにベットから落ちる俺。

 頭を激しくぶつけたせいか。チカチカと視界が明滅するが、そんなもの今はどうでもよく


「フィーネ! どどどど、どうしてお前がここに――」

『どうしてって、昨日、マスターが朝方ここに来るように呼びつけたんじゃないですか』

「き、昨日の俺が?」


 いや、確かに昨日、気絶する寸前にフィーネと何か話し合った記憶はある。

 だけど出血多量で朦朧としていたせいでその内容までは覚えていない。


(いったい彼女と何の約束をしたんだ俺ッッ!)


 もしや意識が朦朧としすぎて何か良からぬことを口走ったんじゃないだろうな⁉


 すると「もう我慢できないんです」と熱っぽく意味深なセリフと共に頬を上気させたフィーネの身体が一歩一歩、俺の腹に覆いかぶさるように距離を詰めてきた。


『ごめんなさい。マスター。私、マスターが目覚めるまで我慢しようとしたんですけど、もう限界なんです。一刻もはやくマスターのが欲しくて仕方がなくて』

「俺の⁉」


 思春期真っ盛りのワードの数々に、俺の思考がピンク色に埋め尽くされる。

 そしてその汚れの知らない手を這わせ、どんなことをしてきたかと思えば――


『マスター! はやく私に応急処置の治療費を払ってください!』

「は?」





「まったく。立て替えたリソースが欲しかったんならそう言え」


 そんなわけで腹の傷の応急処置代――10万リソースを即金で払うことしばらく。

 満足そうなフィーネの表情を尻目に、俺は本気で胸を撫でおろしていた。


 よかった。社会的に死ななくてほんっっと良かった!


 どうやら勝手にリソース移動させることはできないのか。

 緊急事態につき、フィーネが俺の治療費を立て替えてくれていたらしい。

 それでフィーネ本人のリソースもカツカツになり、存在を保てなくなるとか本末転倒過ぎるがその前に!


「それじゃあフィーネ。弁明を聞こうか」


 腕を組んで、見下ろせばチョコンと床に正座するフィーネ。


「お前の軽率な行動で、俺は危うく社会的に殺されそうになったわけだが」

『なんでと言われましてもこっちの方が喜んでもらえると思ったのですが、満足いただけませんでしたか?」


 いや、満足どころか。危うく社会的に殺されるところだったわけだが


『殺される、ですか? おかしいですね。殿方は胸を見ると元気になると聞きましたんですが。私の裸体では満足できませんでしたか? でしたら至急、お好みの大きさになるよう調節いたしますけど』

「だー! だからそういうサービスはいらないんだって、脱ぐな! 服を着ろ!」


 そういえばで初めて会った時も人前にかかわらず顔色も変えず脱ぎだしていた気がするが、どうやらフィーネからしてみれば裸体などあってないようなものらしい。

 たしかにAIだし気を使えという方が無理からぬことだが、こいつ人間の情緒を知らなすぎる!

 具体的には、なんでホログラムのくせにいいにおいがするんだよ! ちょっとドキッとした自分が悔しい!

 というわけで――


「今後、緊急時以外、俺への過剰な接触は禁止とする」

『えー』

「えーじゃない。地上だと純粋なセクハラ案件だからな」

『ですが人類はベットの上で仲良くするのが最も効率的なんですよね? 私、一刻も早くマスターと仲良くなりたくて――』

「なれるか! お前の優秀な頭にはピンク色の情報しか入ってのか!」


 フィーネ曰く。

 俺の登録はまだ仮審査のようなもので、運営から正式に資格ありと認められれば全エリアの『サービス』を使えるようになるらしい。


 なので一刻も早く、俺を正式なマスターにしたいフィーネとしては、たくさん満足してたくさんリソースを使ってもらいたいようだが、


(この管理AI、人間に対する知識が乏しすぎやしないか⁉)


 つか、誰だ。どんな怪しげな情報を吹き込んだ奴は!


『そんな⁉ ベットで一緒に寝るとたくさんのサービス料をもらえると、ダンジョンの探索者が言っていましたが、おっぱいを揉ませれば男などいくらでも金を払うんじゃないですか⁉』

「だとしたら余計にたちが悪いわ!」


 くっ、朝から叫びすぎてめっちゃ疲れた。


 そんなわけで道徳とは何ぞやをAIにみっちり説くことしばらく。

 

「……読めん」


 フィーネと一緒に遅めの朝食を取ろうとした俺は、食堂の券売機を前に唸り声を上げていた。

 ここに食堂はないのかと尋ねたところ、案内されたのがこの廃れた食堂なのだが、肝心のメニューがよくわからない文字上に、明らかに長年誰も使っていないとわかるくらい廃れていた。

 かろうじて読める数字は『リソース』の値段のみ。

 しかも軒並み50リソースとか、富士山料金な値段もいいところな値段設定だが


「どうしろっていうんだよ。これ」

『どんな感じがいいんじゃないですか? 前のマスターもよく食べてましたよ』


 ニュッと適切な距離間を保ったフィーネが頭上から声を掛ける。

 とりあえず悩んでていても仕方ないし、フィーネのおススメ『ズメロポチャット』なるボタンを押し、カウンターに持っていく。

 すると人形サイズの可愛らしい小人が明らかに生気を吹き返したような顔で俺を見上げ、厨房の奥に引っ込んでいった。

 そして――

 

『ウイ』


 可愛らしい数人がかりでドンと置かれたのは、赤と紫が入り混じったペースト状のなにかだった。

 見た目からしてヤバい色をしているが、配信者だからわかる。

 

(これ絶対罰ゲームの企画用じゃんッッ!!)


 配信探索者魂がムクムクと悲鳴を上げる。

 くぅ、配信したい! 

 具体的にはこれを食った俺がどんな感じに悶絶する姿を画に収めたい!

 こんな時に配信ドローン及び、アイテムポーチを失うことの弊害が出てくるなんて想定外だ!


「絶対、バズる撮れ高チャンスなのに」


 ええい、ままよ! と料理? を口に突っ込めば予想通り、一食5000円の味とは思えないえぐみと酸味が口の中に広がった。

 栄養満点のようだが致命的にマズすぎる!


「ぐぅぅううううっ、配信としては大正解だけどどうなってるんだここの食堂は! とてもじゃないが料金に対して割に合わない味だぞ」

『あーそればっかりは仕方ないんじゃないですかね。なにせリソース不足のあおりを真っ先に喰らったのがこのエリアなんで』


 どうやら今までエルデンの維持にリソースを使っていたので必要のないところは優先的にカットしていたようで。

 この『エルデン』には俺以外に食堂を利用する者はいないらしい。


 しかし、俺が人間ということもあって、急遽、フィーネがないリソースを無理やり捻出して何とか食堂を復旧させたものの、


「リソース不足の結果が、このひどい食事か」

『そういうわけです』


 どうやらダンジョンコアのリソース不足はこんなところにも響いているらしい。

 本当にここに、人類の希望が詰まっているのか怪しくなってきた。


『設備に投資できていないから味ガン無視ですけど、栄養はありますよ?」

「だからって限度があるだろう。なぁフィーネ、もっとマシなメシはないのかよ」

『そうですねぇ。マスターが施設の設備に【課金】してくださるならいくらでも最高のおもてなしを提供できますけど、これが結構な改修費になりまして』


『バージョンアップにこれだけかかります』と【ダンジョン運営機構からのお知らせ】を開封すれば、俺は思わずうめき声をあげた。


(くっ、食堂の改築費だけで1000万リソースか)


 一食5000円だと仮定したら俺ならもっとマシな料理が作れるが、背に腹は代えられない!


「ああもう分ったよ。もってけ泥棒!」 

『ありがとうございますマスターッ! それでは昼食までには完ぺきに営業再開できるようにしておきますね』


 そうして『了承』のボタンを押せば、晴れやかな笑みでお礼を言うフィーネ。

 なんだかハメられたような気もしなくはないが、こんな拷問食みたいなのは毎日食べたくないので、仕方ないと思い込むことにする。


 どうせ、リソースなら腐るほどあるんだ。

 いまさら1000万リソース使ったところで、痛くない――はずだ。


≪所持金残高≫999億7400万リソース。


 それが現在俺が持つ、全財産だ。


 このダンジョンに転移してまだそれほど時間が立っていないけど、一つ分かったことがある。

 それは何をおいても【ダンジョン運営機構】のサービスを利用するには『リソース』が必要なことだ。

 サービスを提供するというくらいだから対価が必要なことはわかっていたが、


(まさかリソースを持ってることが、マスターに選ばれる条件だったとはな)


 どうやら俺はダンジョンコアにどんな金持ちと認識され、半ば拉致のような形で転移させられたらしい。


 フィーネの説明曰く。地上で『リソース』と呼ばれる疑似通貨は、元々ダンジョンを運営する上でなくてはならないエネルギー資源のようで。

 その小さな疑似通貨には、俺たちが想像もできないほど、ダンジョンを好き放題できるほどの力が込められているようだが、


『はぁ、財政難でなければ、マスターにエルデンの資源状況を心配させることなく、万全な状態で自由にダンジョンライフを楽しんでもらえたはずなのですが。本当に情けないです』

「そういえば昨日もリソースカツカツ的なこと言ってたけど、そんなにヤバい状況なのか、ここ」


 【ダンジョン運営機構】ってサービス名なくらいだから、てっきり潤沢なリソースがあると思ってたんだけど、


『100年前までは潤沢なリソースがあったけど、ある時を境にリソースが減って、頼みの綱だった前任の『マスター』との連絡がつかなくなってしまってしまいまして、今では残った施設をリソースに還元して切り盛りしていた状態なんです』

「リソースに還元って、なんかトラブルでもあったのか?」

『それもありますが、どうやら地上でもリソースが使われるようになったのか。最近になって大量に持ち出されたようで。マスターがいなかったから介入できなかったんです』

「あーそれは災難だったな」


 リソースさえ潤沢にあればあんな奴らに負けなかったのにと呟き、そっと肩を落とすフィーネ。


 俺の脳裏には例の魔王討伐記念イベントが脳裏に浮かぶ。

 なにせ額が額だったし、1000億リソースとかふざけた桁がダンジョンからゴッソリ消えたのなら、そりゃ足りなくもなるか。


(宝くじの件もそうだけど、ほんと、配信できない取れ高だけに恵まれてるな俺は)


 これで俺が、ダンジョンコアの管理主なんてバレた日には文字通り、地上に入れなくなるかもしれない。


「これは早々に対策を考えとかないとだな」


 すると落ち込んでいた表情から一転。

 気分を変えるように話題を変えるフィーネがにこやかな笑みを浮かべて、パンと手を叩いた。


「ところでマスター、食事は終わったみたいですけど、今日の予定はいかがします?」

「いや特に決めてないけど」


 メシを食べたらとりあえず、昨日できなかったこのエルデンの全容を見て回ろうかと思ってたくらいだし


『でしたら私が考えたプランをぜひ検討していただきたいので、とりあえず闘技場に行ってみませんか?』


 とこっちに選択権をゆだねたと思ったら、グイグイと制服の袖を引っ張られ、俺は半ば拉致される形で食堂を後にするのだった。

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