第15話 【吉報】ダンジョンにも【ガチャ】はある⁉


 デブにマラソンはつらすぎる。

 そんなわけで『マスターを待っていたら夕食になっちゃいますよ』と割とショックなことを言われ、半ば無理やり転移して連れてこられたのはやけに既視感のある『会場』だった。


 白い大理石のような支柱が会場を囲うように立ち並ぶコロッセオ。

 室内にこれほどまで広い空間が収まっているとは思わなかったが――、


「ここはもしかしてアカデミーの闘技場かっ⁉」


 いや、似ているけど規模が違うような気がする。


 アカデミーの闘技場は、任意で様々な環境に設定できるような機能はないし、天候や地形を再現できる機能は失われているはずだ。


 明らかにアカデミーより高性能な機能の充実具合に我を忘れて驚いていると、「ふふん」と鼻を鳴らすようにフィーネの誇らしげな声が聞こえてきた。


『マスターにそこまで満足していただけたのなら、リソース不足で他の設備を停止させてでも、ここだけ最新の設備を保ったままにした甲斐がありましたね』


 すごいなんてもんじゃない!

 よくここまで完璧な状態で保てたものだ。

 

「それでフィーネ、俺をこの闘技場に連れてきてどうするつもりなんだ?」


 まさかこの設備を自慢するためだけに俺を連れてきたわけじゃないんだろ?


『ええ、それはもちろん、マスターの悩みを解決するためです』

「俺の悩み?」

「はい! マスターは自分のレベルが低いことにコンプレックスを抱いて、戦闘自体を諦めている傾向にありますよね」


 うっ、なんでそれを――


『ふふ、この録画映像を見ればわかりますよ』


 するといつ撮ったものなのか。

 空中に、仲間に裏切られて、ミノタウロスで自分の力不足を嘆く『俺』が映し出された。

 客観的に見ると本当に蹂躙と呼べるくらい、悲惨なスプラッタ動画だが、


「いつの間にこんなの撮ってたんだよ、こんな動画」

『マスターを見つけてからずっとアプローチしていたといったでしょう。お客様のお悩みや欲望は余さずデータとして記録済みです」


 そこまで言われて、フィーネが何を言いたいのかわかった。


「まさか闘技場の機能を使ったレベル上げで、苦手意識を克服しようっていうんじゃ」

「もちろん、今すぐというわけじゃないですけど。その前にこちらをご覧ください」


 そうしてスプラッタ動画が消えたかと思えば、俺の視界にあるデータが送られてきた。

 これは。【マスター最強無双サポートプラン】?


『はい、ダンジョンを自由にできる権限を手にしたと言ってもミノタウロスのような格下に負けるようでは宝の持ち腐れだと思いまして、勝手ながら強くなるためにプランを立ててみました!』


 ネーミングセンスはともかく。

 どうやら内容自体は真面目に考えてくれていたらしい。

 パッと見た感じ、不備らしい不備はないように見えるが、


『仮登録とはいえマスターはこのエルデンを好きにする権利を得たので使わない手はありません! 私と正式に契約していただければ、ダンジョン活動のすべてをサポートすることを約束しますが、その――どうでしょうか?』


 スイスイと、契約書を読む勢いで提示された資料を読み込んでいく俺があまりにも無反応なので、不安になったのか。

 不安げなフィーネの視線とぶつかる。


「うん。軽く目を通した感じ、悪くないんじゃないか」

『すですよね! 人間のマスターを担当するのは初めてだったので、どうなるか不安だったんですが、AI知能をフル活用してプランニングした甲斐がありました』


  フィーネが掲げる具体的なプラン概要は主に三つあるようで、

 ・ダンジョンの施設を使ったレベル上げ

 ・設備の充実によるサポートの強化

 ・マスター資格をゲットと、ジョブスキルを上げ 

 ――とのことだった。


 俺としては三番目の資格のゲット? が気になるところではあるが――


「具体的に俺に何をさせるつもりだ。あの現場を観察してたんならわかると思うが、俺は仲間にも見捨てられるような最弱のレベル2だぞ」


 それともあれか?

 食堂でやったように設備投資すれば、戦わずに強くなれるっていうのか?


『そうですね。食堂を強化改修していただいたようにリソースをこのエルデンに課金してくださるのでしたら、それほどうれしいことはないのですがが、マスターをここに連れてきた一番の理由はアレです』


 そうして、会場の中央。フィーネが指さした方向を見て、俺は思わず目をかっぴらいた。

 あ、アレは――ッッ!


「おい、フィーネ。あれはもしかして――ガチャボックスか⁉」

『やっぱり知っていましたか。ダンジョンでも現存していること自体が希少だと言われている、我が『エルデン』が誇る唯一の【聖遺物】です』


 ガチャボックス。

 それはダンジョン黎明期に25層で発掘され、人類が初めて観測したオーパーツの一つだ。


 博物館に展示してある、壊れたガチャボックスを見たことがあるが、まさか稼働状態のガチャボックスをこの目で見られるなんて!


 巫女機関の最高位≪巫女≫のスキル≪天通眼≫の鑑定結果では、リソースを捧げることで、ランダムでアイテムを手に入れられることができるものだとされていたが、


「もしかしてお前はこれを俺に使わせて」

「はい、手っ取り早く装備を整えて強くなろうというわけです」


 なるほど、チートレベリングか。


 よくあるゲームのレベル上げでも、最弱ステータスでも最強の武器をそろえれば、魔王を倒せるのは世界が証明しているのだ。

 ガチャのアイテム次第だが、たしかにレベル2の俺でも、闘技場で戦うことは不可能ではないだろう。


「それにマスターの服もボロボロですし、アイテムボックスもなくしていますよね? ガチャを回せば回しただけエルデンも潤うので、これを機にエルデンに課金するメリットを知っていただこうと思いまして」


 そうしてフィーネの言われた通りに視線を落とせば、ミノタウロスとの死闘のせいで制服はかろうじて服としての機能を留めている状態だたった。

 応急処置を受けたとはいえ、身体の調子もよくないし、アイテムボックスも落としてしまった。

 たしかにレベル上げをするのであれば、装備を整えるところから始めなければならない。


「でも本当に回していいのか?」


 一度回すと決めたら満足するまで回すぞ?


『どうぞご自由に。仮権限とはいえマスターはすでにこのエルデンの支配者。自分が支配するこの領域がいかに課金するだけに相応しい場所か検証してみてください』


 そういうことなら遠慮なく。


「とりあえず一回くらいは様子見で回してみるとするか」


 フィーネの話を聞く限り。どうやら投入するリソースの金額で、アイテムの質が変わってくるらしい。

 俺の貧乏根性が最低保証の300リソースを回せと言っているが、そんなもったいないことはできるはずがない。


(なにせ俺は配信者だ! 取れ高を前に引き下がれるか!)


 撮れ高を追い求める者としては中途半端は許されない。


「ということでとりあえず10万リソースぶっこんでっと――」


 日本円換算で100万円の高額ベットに脳内のアドレナリンが吹き荒れる。

 頼む。いいアイテムよ出てくれよ!

 リソースを投入し、レバーを勢いよく引く。

 するとガチャボックスから光が上がり、排出口から手のひらサイズのカプセルが出てきた。

 カプセルを拾い、ひねるようにして開ければ、中から深紅のように赤いポーションが出てきた。


「くっ、ただのポーションか」

『おや? 嬉しくないのですか』

「いや嬉しいよ。嬉しいけど――」


 一万リソースつぎ込んで出てきたのがポーション一つか。

 俺はまだ≪ジョブ≫についていないから≪鑑定眼≫といった鑑定系スキルを習得してないけど、地上の価格でポーションの値段はたしか一つ5000円くらいだったはず。


(最初のチュートリアルガチャはSSRを期待するのが現代っ子とはいえ、期待が出かかっただけにしょぼさがすごいな)


 取れ高としてはいまいちだが、まぁ現実なんてこんなものだろう。

 さっそく煽るよにしてポーションを飲めば、応急処置では治らなかった体のだるさや痛みがすぐさま回復していった。


 おおっ、さすがはダンジョン製。最低保証とはいえすごい性能だ。


「うん? というか心なしか体が軽くなったような?」


 何か変だと思いステータスを開けば、本来あるべきはずの記述がなくなっていて、俺は目を剥いて叫んだ。


「なっ⁉ あの忌々しかった【醜悪の呪い】が消えているだと⁉」

『そりゃガチャ製ですからね。1万リソースも使えばそうなりますよ』

「ガチャ製だから?」


 フィーネ曰く。リソースを使ったアイテムというものはダンジョンの中でも特別な部類に入るらしい。

 地上では素材とリソースを混ぜてアイテムを作るが、それだと低品質なアイテムしか作れないようだ。


『その点、ガチャ製のアイテムは純度100%のリソースで出来ているので、同じアイテムでも性能に差が出るのは当然です』

「へーそうなんだ。初めて知った」

『ちなみにマスターはリソースをどういう存在だと思いますか』


 どういう素材って、ダンジョンを維持するためのエネルギーなんだろ?

 ただのエネルギーの塊なんじゃないのか?


『なるほど地上ではその程度の認識なんですね』

「違うのか?」

『マスターの認識も正しいですけど、リソースは『この世のありとあらゆる願いを叶えることのできる奇跡の結晶体』でもあるんです』


 奇跡の結晶体?


「それってつまりリソースさえ、あればどんな願いも敵うってことか?」

『はい。ですのでダンジョンの支配者となったマスターは、先ほど食べた料理の味はもちろんのこと。自分に忠実な生き物を生み出すのも、このエルデンを好きに改造するのもマスターの願い次第なんです」

「マジかよ。ただのお金程度の認識だったけど、そんなに重要アイテムだったのか、コレ」


『それにマスターは一度、我々のサービスを体験してるはずですよ?』と言われ、俺は首を傾げた。

 俺がすでにリソースの恩恵を受けている?

 俺自身がリソースを使って願ったことといえば――


「ああ、もしかしてフィーネが言っていた『魔弾』とかいう奴のことか?」

『はい。あれはマスターの願いを聞き、私が新たに創造した≪サービススキル≫です』


 いきなりビームが出せるようになって、俺にも特別な力が目覚めたんだと嬉しくなったが、どうやらあの一撃――リソースの解放も、俺がリソースを使って願ったからこそできたことらしい。


「なるほどな。フィーネがしきりに俺にリソースを使わせようとした理由がわかったよ」


 それこそ今までのフィーネなりのおもてなしは、リソースの不足でその最低限のサービスとサポートしかできないかったらしい。

 それがマスターを満足させることに誇りを持つフィーネにはとても悔しいことだったようだ。


 なにせアイテムを生み出すガチャに課金しただけでこれだけの恩恵が得られるのだ。

 フィーネの言う通り、このリソースを設備強化に回せばどれほど上質なサポートが得られるか、想像できない。


『まぁリソースそのものを打ち出す魔弾は本来意図した使い方でないのであまり推奨できませんが――どうです。もっと課金したくなって来たでしょう?』

「ふっ、たしかにその通りかもな」


 だけど、フィーネ。お前は一つ思い違いをしている。

 俺は、探索者である前に配信者なのだ。一度負けたら『あたり』を引くまでやり続けるのが、配信者のサガというもので――


「SSR引くまで終わらない耐久配信の始まりだぜ!」

『はい、それがマスターの幸福につながるのなら、どうぞ気の済むまで回してください!』


 そして全肯定マスター至上主義のフィーネという名の悪魔を味方につけた俺は、歯止めの利かない欲望を暴走させ、リソースを投入しまくり、脳汁ジャブジャブになりながら5000万をガチャで溶かすという大罪を背負うことになるのであった。


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