第12話 一難去ってまた一難――
どうやら俺は死に損なったらしい。
どうも、謎のチカラでミノタウロスをぶっ殺した真上ミチユキです。
唐突だが、俺は闇の中に立っていた。
たしか、俺は第10層にてミノタウロスと交戦し、死にかけたはずだ。
不思議なチカラで何とか討伐できたもの、気を失う瞬間。誰かに温かい言葉をかけられたことだけは、鮮明に覚えている。
だけどそれ以降の記憶はさっぱり抜け落ちて――、
目が覚めたと言っていいのか。意識が戻ったらこの場に立っていたのだ。
『―――、―――』
なんだか虚空で誰かが俺に向かって話しかけている。
声が遠すぎて、内容はよくわからない。だが「欲望」とか、「支配」とか、漫画でよくある『力が欲しいか』的なことが囁かれているような気がする。
力が欲しいか? そんなの欲しいに決まってる。
なんのために? そんなの誰よりも目立つために!
どんな理不尽な評価も、立場も覆せるような。
平民の俺でも、みんなが憧れる最強の探索者になれるって証明できるだけの、誰もが認めるチカラが欲しい。
それも――
「できれば配信向けで!」
『は、配信向け?』
どうやらこの声は、現代で配信がいかに配信映えのする力が重要かわかっていないらしい。
配信=人気。人気=地位の現代において、偉くなってみんなに認められるには、ただ強いだけではダメなのだ。
視聴者の度肝を抜くような、まさかと思わせるような意外性が必要なってくる!
『ふふ、面白い契約者ですね。では、その野望を成すだけのチカラを授けましょう。あとのすべてはあなた次第です』
せいぜい楽しませてください、哀れな人の子よ。
そんな冗談みたいな女の声に囚われながら、俺の意識が徐々に浮上していくのがわかった。
揺蕩うような浮遊感が妙に心地がいい。
まるで柔らかいお湯の中にいるようだ。
いつまでも眠っていたいけど誰かが俺を呼ぶ声がする。
(この声は、レイナか)
そうか。もう朝か。
そして目を開けば、文字通り俺の身体は水の中に沈んでおり――
「ぶんばごればぁぼがぼっぼぼぼぼb――ッ⁉」
思わずパニックになって息を吸い込めば、ツンとした痛みが鼻の奥にダイレクトに伝わってきた。
しまった⁉ びっくりして思わず息を吸ってしまった。
もがくようにして両手を動かす。そして水の吸った服ごと起き上がれば、せき込むようにして息を吐いた。
あ、危うく本当に死ぬところだった!
『あ、今度こそお目覚めですね。おはようございますマスター』
「いや、おはようの前に永眠するかと思ったわッ⁉」
そうしてハッとなって、辺りを見渡すが誰もいない。
なにか、夢を見ていたような気がするが、目覚めのインパクトが強すぎて思い出せない。
それより――
「ここはどこだ?」
パッと見た感じ、俺が寝かされて? いたのは病院らしからぬ時代錯誤な部屋だった。
ヒト一人くらい入る大きな浴槽が立ち並ぶ、不思議な部屋。
点滴のようなものが腕に刺さってるところから、治療室か何かなのだろう。
見慣れない機材が多く。まるで中世ヨーロッパの世界観に無理やり未来の技術を埋め込んだようなちぐはぐさを感じた。
一応、探索者らしく。部屋の中を物色してみたが、出てくるのは謎の言語で書かれた書類ばかりで、何もわからないことだけがわかった。
(……どっかで見たことのある文字なんだよな)
それに不可解なことならまだある。
そう、俺の身体だ。なんと肥満ボディがちょっとだけ痩せてる気がするのだ⁉
気絶する寸前に応急薬を飲んだとはいえ、あれだけの重傷がここまで回復するなんてありえない。
見知らぬ部屋に監禁されているところからも。誰かが死ぬ寸前に、俺をここに運んだということだろう。
(俺が気絶した最中に、救助隊が駆けつけてダンジョンから救出されたのか? いや。それならそれで誰かしら気づくだろうし、看護師や医者が駆けつけてこないのはおかしい)
いったい何が目的だ?
この状況。まるで俺の出方を窺っているように見えるのだが、
「まさか。賞金目当てで誘拐されたとかじゃねぇだろうな」
もしくは何かしらのデスゲームとか。
なにせ俺には賞金が掛かっている上に、莫大なリソースがある。
美人を助けるならまだしも、デブな俺を助けるメリットなどそれしかない。
それにあの謎の攻撃。
もしかしたらあの謎現象を解析させるために、どこかの秘密機関が俺を捕まえて、解析しようとしている可能性だってある。
普段ならこんな中二病みたいな考えは絶対に思い浮かばない。
だけど裏切られたばかりの俺の頭には、他人の思惑を疑うことしかできなかった。
「とりあえずここを脱出しているか」
そうして脱走を決め込み、恐る恐る部屋を抜け出すことしばらく。
一人逃げ出した俺は絶賛、どこか城を思わせるような廊下の中で迷子になっていた。
「あーもう! いったい、どうなってんだよこの施設は!」
人が一人もいないかと思えば、なぞのトラップが作動するは、変な機械兵に追いかけられるはで散々な目に合っていた。
どこをどう歩いても、同じ道に戻ってきてしまうのだ。
逃げる意味がねぇ。
(人がいない割にはきれいに掃除されてるってことは、誰かがここを管理してるのは間違いないんだけど、いったい何が目的なんだよ!)
ここを探索するまでにちょくちょく100リソースずつ使って、迫りくる難敵を打倒してきたが、傷が開いてきたのかそろそろ限界だ。
(いっそ、ミノタウロスを倒した時のように、リソースを使って大穴を開けてみるか?)
すると最後の行き止まりなのか。気づけば、やけに厳重に閉ざされた扉の前に立っていた。
その荘厳な装飾が施された扉を前に、全身に小さな震えが走る。
生き物の気配はないが、配信者としての勘がここにはとんでもない秘密が眠っていると叫んでいる。
なぜかこの先が気になって仕方がない。
(ここに俺を連れだした張本人がいるのか?)
そうしてその思い金属の扉に触れようとしたとき。
背後から脳を痺れさせるような甘い声が聞こえてきた。
『マスター、そちらのご利用はまだ許可されていませんよ?』
「うおっ⁉」
慌てて腕を構えて後ろを振り向けば、そこには先ほどまでいなかった絶世の美女がが立っていた。
いや、だたの美女ではない。
この病的なまでに青白い肌に、黒眼。それに背中から生えた悪魔の翼をもつ種族など、有史以来一つしか確認されておらず――
「魔族だと⁉ なんで人類の敵がここに⁉」
『ご安心ください。こちらには敵意はありません。それより無事にお目覚めして安心しました、マスター』
恭しく微笑みかけてくる魔族の女に、ますます頭が混乱する。
マスター。目覚めてよかった? 一体どういうことだ?
くそ、普通の場所ではないとは思っていたけど、
「まさか、魔族の根城だったとか冗談じゃねぇぞッ」
『マスター? なにを』
「動くな! 動くと撃つぞ! これは脅しでも何でもないんだからな!」
指を銃に見たたて構え、魔族の女からわずかに距離を取る。
リソースをつぎ込めば、魔力光線になるのはわかってるんだ。
この魔族に通じるかはわからないけど、脅し程度にはなるはず。
『どうしたのですかマスター。こっちは敵意はないと言っているのですけど』
「そう言われて、今の俺がはいそうですかって素直に信じられると思ってるのか?」
ダンジョンでは油断した者から死んでいく。当たり前の常識だ。
現に先ほど、裏切られて殺されそうになったばかりだ。
そう簡単に人を信用できる気分にはなれない。
『なるほど。今回のマスターはかなり疑り深いようですね、ではこれなら信じていただけますか?』
「おい、いったいなにを――ッ⁉」
『なにとは武装解除の真似事ですが』
どういう仕組みか、唐突に服を脱ぎ始める魔族の女の行動に、思わず視線を外す。
「おいバカ、やめろ! 服を着ろ!」
『ハァ先ほどから、動くなと行ったり服を着ろと言ったり、支離滅裂ですね。先ほどからモニターさせていただきましたが、お世辞にも支配者という風格は見られませんし、仮にもダンジョンの支配者になられる方なら、もう少し堂々とした威厳が欲しいところなのですが』
『これが長年待ち望んだ私の新しい主ですか』と、なぜか初対面なのに、すごいがっかりされた。
『ではマスターの言うことに従いますので、とりあえずその腕を下ろして私の言葉に耳を傾けてはいただけないでしょうか。マスターの負傷を確認したところ。それ以上の『魔弾』の使用は命にかかわります』
「……魔族の言うこと素直に聞く人間がいると思ってるのか」
悪いが俺は生きて帰らなきゃならないんだ。
狙いを若干『下』に定めて、先ほどのようにリソースを打ち放つ。
だが――
「不発、だと⁉」
『申し訳ありません。マスターの体調と、施設への損壊を考慮し管理AIの権限で、一時的にマスターの課金権限を停止させていただきました』
管理AI?
「魔族、じゃないのか?」
『魔族? 私がですか?』
「その角と翼。それにその青白い肌は魔族の証だろうが!」
探索者を目指すならまず、一番最初に教えられるのがこの魔族の存在だ。
いくら記憶が薄れようと、人類を滅亡寸前まで追い詰めた宿敵の姿かたちや特徴は忘れ去られるものではない。
すると、不可解そうに首をかしげる魔族の女が自分の格好を自覚したのか。
手を打つように明るい声を出した。
『ああ、なるほど。今回のマスターが人間であることを失念しておりました。確かに人類の天敵たるこの姿では警戒されて当たり前ですね。それでは――そうですね、こちらの姿なんてどうでしょう』
「なっ⁉」
『マスターの思考パターンから肉体投影の再構成を開始します』
そうして魔族の姿がたちまち解けるように搔き消えたかと思えば、今度は『金髪碧眼の美女』が生まれたままの姿で現れた。
惜しみなく晒される女性の豊満な胸に、引き締まったくびれ。
さらりと背中まで流れるいくつもの光沢を放つ金髪は幻想的で、その姿はすぐにどこか軍服めいた露出度の高い服装に切り替わっていった。
『ふふ、これでいかがでしょうか? マスター。お気に召しました?』
そういって先ほどまでの蠱惑的な笑みとは打って変わって、凛としたような柔らかな笑みを浮かべる人間の姿をした半透明な『美人秘書』が目の前に立っていた。
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