第6話【クズ視点】 Aクラスへ――(ざまぁ回)

 目覚めると、九頭代ソウヤは、真っ白な部屋のなかで目を覚ました。

 どこか消毒の匂いが鼻につき、不快感に顔をしかめる。


「ここは保健室か――」


 ふと、時計を見上げれば時刻は午後5時を回っているところだった。

 するとカーテンの奥から慌ただしく身じろぎする気配があり、見慣れた仲間が顔を出した。


「おお、ようやく目覚めたかソウヤ。もう、心配かけさせんなよな」


 ホッと息を吐く太宰の不可解な言葉に首を傾げる。

 ようやく目覚めたとはどういう意味だ。


「お前、午後の授業から半日眠りっぱなしだったんだぜ」

「眠りっぱなしだと⁉」

「ええ、戦闘訓練の授業で気絶したんですが覚えてないのですか」


 善財トウシロウの言葉に眉を顰めれば、ズキンと頭が痛み、忌々しい記憶がよみがえってきた。


「そうだ俺は、闘技場でクソオークにぶっ飛ばされて――」


 ギリィッと歯を食いしばり、握った拳が震える。


 十三英雄――『勇者』の家系である九頭代がオークごときに敗北。

 その事実は自分の血を何よりも誇っている九頭代に、大きな屈辱を与えた。


 クラス分けが決まる大事な時期にこんな失態を冒すとは。

 いやそれより――


「あのジェネラルオークはどうなった!」

「それは、西條アキラが対処しました」

「クソ、あの教師、俺様に恥をかかせやがってッッ!」


 西條アキラにふさわしい男は、自分だと証明するチャンスだったのに!


 そうして勢いよく布団をひっくり返し、出頭に抗議しようと息まけば、慌てた太宰タメオが九頭代の肩を抑えた。


「落ち着けって、相手があの出頭とは言え無理すんな。今日は大事な打ち合わせに行くんだろ」

「そうです。我々が十三家の血族とはいえアカデミーで問題を起こせば配属取り消しもあり得るんですから」


 善財の声に冷や水を浴びせられたように頭が冷え、徐々に落ち着きを取り戻す。


「あ、ああ、そういやそうだったな」


 そうだ。

 今日はAクラスに行く前に、あの役立たずが抜けた穴を補うべく、生徒会に編集を手配してもらうんだった。


「わりぃ、ブタのホロだと油断したとはいえ、つい頭がカッとなっちまった」

「いえいえ、念願のAクラスに転属が掛かっているんですから心配するのは当然ですよ。戦闘訓練での一件はあくまで事故。評価は本番で取り返せばいいだけです」

「そーそー昇級試験から配属とはいえ、俺たちのAクラス入りは確定なんだ。『英雄ジョブ』を手に入れてから教師を脅したって遅くはないって」


 それは、異世界から帰還せし勇者たちの能力を、【巫女】が≪ジョブ≫という形に落とし込んだチカラの結晶のことだ。


 ≪基本ジョブ≫の「戦士」「盗賊」「僧侶」から始まり。

 ≪中級ジョブ≫の「騎士」「弓兵」「魔法使い」

 ≪上級ジョブ≫ともなれば枝分かれするように様々な特製のジョブが増え、

 選ばれし血族の英雄十三家のみが継承することが許された≪英雄ジョブ≫というものが存在し、たとえ血族であろうと「魔王を倒すにふさわしき者」しか名乗ることが許されないという厳格な掟がある。


 ただし、この掟もAランクを経ることにより、どれだけ血の薄い傍系であっても『英雄ジョブ』に転職することが許され、いまでは多くの血族が『英雄ジョブ』につけるようになっていた。


 それこそ、すでに【後継者】の枠が埋まっている≪賢者≫の『善財』や≪拳聖≫の太宰といった二人が九頭代の下についている理由は、まだ≪勇者≫の後継者が正式に決まっていないからだ。


(勇者の後継者はまだ不在! この三か月は試運転とはいえ、勇者の血を引く俺様こそ正統後継者であることを証明し。生徒会ともどもこの学園を支配してやるッ!)


 そうして己の野望を胸に、二人の仲間を率いて、生徒会室の扉をノックする。

 すると扉の向こうから、どこか底冷えする男の声が聞こえてきた。


「入れ」

「邪魔するぜ」


 初対面で舐められないよう、己に活を入れ、扉をくぐる。

 婚約候補の西條アキラはいなかったが、代わりに生徒会長の机に、生徒会選挙で負けたはずの生徒会副会長が座っていた。

 バッジの色を見るところ三年生。

 たしか≪剣聖≫の家系の東条家後継者――東条マコトという名前だったはずだが


「西條アキラはどこだ。俺様はあいつに用があってきたんだが」

「会長は、今の仕事だ。今回はオレが対応する」


 そうピシャリと言い放ち、不遜にも九頭代家の後継者の前で偉そうに指を組む副会長。


「それで今日は生徒会に願いたいことがあるそうだが」

「ああ、新しい編集者を手配してもらおうと思ってな。手続きに来た」

「新しい編集者だと?」


 不可解といった反応をする副会長に、九頭代はたまらず声を荒げる。


「ああん? 俺たちが学園に頼って、変なことがあるか」

「いや、噂では特待生の一学年が管理していたという話を聞いてな」


 忌々しい男の話題に九頭代はたまらず舌打ちする。

 こんなところまでアイツの名を聞くとは思わなかったが


「あいつはクビにした」

「クビ?」

「ああ、探索では役に立たないからな。それに勘違いしてもらっちゃ困るんだが、いままで編集してきたのは俺たちで、撮影係の雑用じゃねぇ」

「では、これまで配信はお前らがやっていたと」

「だからそう言ってんだろうが!」


 まるで試すような物言いに、思わず机をたたく。


 これだから序列を理解していない愚か者は嫌いなんだ。

 英雄十三家とひとくくりにされてはいるが、その中には明確に序列が存在する。

 本来≪剣聖≫の家系は、≪勇者≫である九頭代を敬うべき立場であるはずなのだ。それはたとえ学年が違っていても変わらない。


(英雄十三家の集いでも、何度か顔を合わせたことがあるが、相変わらずのクソまじめで嫌になる)


 どうやら、俺様が勇者となった暁には、支配者として多くの変革を起こさなければならないらしい。


「俺たちはAクラスだ。平民がいたらせっかく上がった人気が下がるだろ? 邪魔な弱者を切り捨て、もっと上のランクを目指そうとするのはそんなにおかしいことかよ」

「なるほど。確かにその言い分はもっともだ。だが編集者を雇うというが金は支払えるのか」


 はぁ? 金? 


「おいおい、おれたちはいずれSクラスに行くほど有望視されている【英雄の剣】なんだぜ。むしろ学園側から進んで俺たちの活動に援助するのが筋だろうが」

「……たしかにランクの優遇措置はあるが、それも無制限じゃない。学園のスタッフを利用するなら月にこれだけかかる」


 そうして見積もりを出され、九頭代は思わず不可解な声を上げて副会長を見た。


「な、なんだこのふざけた金額は!」

「ふざけてなどいない。お前たちも知っての通り、編集者は学園でもかなり貴重な存在でな。Eクラス程度ならまだしも、お前たちのように安定した質の動画を維持するならそれ相応の金が必要になってくるのだ」

「だからって一度の配信に1000万だと⁉ ぼったくりにもほどがあるだろうが!」

「なんだ、十三家の九頭代家の後継者『候補』はこの程度の常識も知らずに来たのか。本来、Aクラス入りにはお抱えの『編集者』を用意するのが基本だぞ」


 あからさまに鼻で笑われ、あまりにも想定外のことで開いた口が塞がらない。

 あのクズがそこまで貴重だとは思わなかった。


「どうやら双方の行き違いがあったようだな。もしまだ間に合うのならその撮影係とやらに戻ってきてもらったらどうだ」

「ふ、ふざけんじゃねぇ! あいつは平民だ! あんな奴がいなくたって俺様たちは優秀なんだよ!」

「――そうか、まぁ金が用意できるのならそれでいい。編集スタッフの件は申請しておこう。ちなみに配属届けは見込みなしと判断されれば即降格処分もあり得るから覚えておくように」

「――ッ! わかっている!」


 そういって怒鳴り散らし、生徒会室の扉を荒々しく閉める。


「ちくしょう! すでに後継者と決まってるからと言って俺様のことをバカにしやがって! なんで勇者の血を引く俺様があんな根暗に馬鹿にされなきゃならねぇんだよ!」

「落ち着いてくださいソウヤ。それよりも編集者のことです。どうするんですか。ボクらの家の援助があればひと月は可能ですけど、永続的に利用するとなると難しいはずです」

「おい、どうすんだよ。あの副会長の言う通りいまからアイツに頭を下げんのか」

「んなみっともねぇマネできるか!」


 平民に頭を下げる? そんなのプライドが許さない。

 だが東条を脅そうとしてもどうにもならない。

 生徒会は基本的に直系の血族で構成されている。

 同じ本家である親父の権力も通用しない。


 そうして今後のことを太宰が驚いた声を上げた。


「おいうるせぇぞ! いま考え事をしてる途中だろうが」

「いやそれより、これ見ろよ! あのブタめちゃくちゃ目立ってやがる!」

「なんだと⁉」


 慌てて太宰のスマホを奪い取り、配信を見れば確かにあのオーク顔が映っていたが、


「おい、どういうことだ。なんであのオークの配信が人気になってやがる!」

「なんでもダンジョン宝くじを当てたみたいだぜ。それも一等」

「なにいいいいい!」


 配信のコメント欄を見れば、確かにダンジョン宝くじのことで持ち切りだ。

 

(アイツ、俺様たちが大変なことになってるのに、自分だけいい思いしやがって)


 そしてギリィッと歯を食いしばり、思いつく。


「おい、ちょっと耳貸せ。この状況を全部打開できるいい考えを思いついた」


 そして善財たちに自分の考えを耳打ちすると、九頭代たちは各々のスマホを起動し、コメント欄に『あること』を書きこむのだった。


 曰く『オーク狩り』の開催と――

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