第5話 【ダンジョン宝くじ】

 

 【ダンジョン宝くじ】


 それはダンジョン黎明期。

 ダンジョンから発掘された疑似通貨――【リソース】と呼ばれる魔力結晶体を用いた探索者の夢を凝縮したギャンブルの総称だ。


『これぞ神が我々に与えたもう叡智の結晶だ!』


 と学者が言うように。

 リソースは、人工のアイテム生成の際に使用するなど、今の時代ならどの国でも支払いが可能な代替品として信頼度も高く、探索者からは『ガチャ石』として親しまれている。


 今回は【魔王討伐100周年】ということもあり。ダンジョンを保有する各国が、現存するリソースを持ち寄って、夢を掴まんとする探索者を支援しようという一大イベントとなったわけだが――


「あーそうだ。九頭代たちに無理やり買わされてそのままにしてたんだ」


 スマホの通知欄を見れば、苦々しい記憶に大きなため息を吐いた。


 ひと月ほど前。

 このイベントが発表され『配信の笑い話になるかも知れねぇから買ってみろ』とクズどもに面白半分に脅され、世界各国の宝くじを買わされたのだ。


 費用はもちろん俺の金ッ!


 おかげで俺の財布の中身はスッカスカ。

 一時期はマジでアンパンすら買えないほどピンチな目に合ったけど――


「ま、まぁ、パーティーから追放されたんだし、最後に希望を見るくらい許されるよな」


 自分じゃどうにもならない現実が多かったからこそ、昔からちょっとしたギャンブルは好きだった。

 いまさらアイツらに返すのも癪に障るし、倍率が高すぎて一等なんて夢のまた夢だ。

 実際に『ダンジョン宝くじ、100周年、倍率』で検索すれば、その天文学的な倍率に、顔をしかめた。

 

(げッ、倍率70億とか。渡す気ねぇだろ絶対)


 まぁそれだけ探索者がこのイベントに夢を見てる証拠だろう。

 せめて使い果たした小遣いが戻ってくれば御の字といったところか。


「ええっと中継中継っと」


 スマホの端末を操作し、配信画面から配信中継に切り替える。

 ちょうど当選番号の発表タイミングだったらしく。

 バニー姿の格好をしたおねぇさんが、画面に向かって愛想を振りまいているところだった。


『それでは、いよいよ魔王討伐100周年・記念のダンジョン宝くじの発表です! 70億という倍率のなかから栄えある平和の【リソース】を手にできる加護もちはいったい誰になるのでしょうかーっっ!』


 ダラララっとお馴染みのドラムと共に、数字がひとつずつ発表される。


 おお、なんだかわかんねぇけど、すげぇドキドキしてきた。


 コメント欄を見れば、『特賞は俺のもんだ』だの『俺この宝くじ当てて彼女と一緒に暮らすんだ』だのいかにもなフラグがあふれかえっており、いかに人生を変えたいと願う探索者がいるかがわかる。


 俺が買った宝くじは配信映えを考えた25桁の完全詠唱バージョンだから――


「ええっと、下一桁が0から始まって、0,9だから――」


 うん? あれ? なんか地味に当たってね?

 そうして確定していく数字を一桁ずつ慎重に読み上げていけば、高揚する俺の声が数字の羅列を追うごとに震えていき、


「あ、当たってるだとおおおおおおっっ!」


 思わず飛び出た大声を片手で抑え、あたりを見渡す。

 

(誰もいない、よな)


 そうして何度も当選番号を確認するも、間違いなく同じ数列だ。

 しかも――


「他に買ったダンジョン宝くじも当たってるしッ⁉」


 夢かと思い、頬を引きちぎる勢いで引っ張るも、夢から覚める気配はない。

 ならばこれは俺が夢見た幻覚か? と慌ててスマホを操作し、振込金額を確認すれば、今度は立ち眩みに似た衝撃に襲われた。


 ――獲得賞金1000億リソース。


「ええっと1リソース100円だから、日本円に換算して10兆円ッッ⁉」


 10兆円というとあれだ、一円玉が十兆枚で。


(や、やべぇ、あまりの桁の数に目前してきた)


 奇しくも国家予算並みの金額を前に心臓がドクドク脈打つ。

 あれ? これ俺、心停止して死ぬんじゃね? 

 

(と、とにかく。落ち着けミチユキ。確かに大金持ちだけど、今はこの金の使い道より、この状況をどうにかすることを考えろッッ!)


 一瞬、億万長者に目がくらんで数々のごちそうが思い浮かぶが、思考を切り替える。


 平民である俺がこんな大金持ってると周りに知れたら、それこそ確実に面倒ごとが待ってる。


 100年前の日本でも、宝くじに当たった奴が碌な目に合わなかったなんてよく聞く話だ。

 しかも残念なことに俺の見た目はめちゃくちゃ目立つッ!

 噂が広まれば一気に変な奴に付きまとわれる可能性が高い。


「とにかく面倒ごとに巻き込まれる前に、親父たち以外にこのことは秘密にして――」


 と、そこまで言いかけて、ハッと気づく。


 ――そういえば俺、配信ってどうなった?


 もしかして切り忘れたなんてことないよな?


「い、いやーまさかー、この俺がそんな初歩的なミスするはずがー(震)」


 そうして恐る恐る配信ドローンの設定を操作すれば、そこには同時接続100万人と書かれたバカみたいな数字が。

 当然、コメント欄はお祭り騒ぎの興奮状態で、上から下まで荒れ狂っており――


”いいカモみーっけ”


 ギラギラと欲望丸出しコメントと『オーク狩りじゃーッ!』という謎の宣言に俺の意識は一瞬にしてブラックアウトし、ダンジョンにもかかわらずその場にぶっ倒れるのだった。

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