第4話 『デブ』と『配信』と『宝くじ』
「レベルが上がらないなら上げればいい!」
そんなわけで【英雄の剣】から追放され、晴れてボッチになった俺は、ダンジョンの第一層で苦悶のうめき声をあげていた。
まるで腹の底からこみ上げるようなむずがゆさ。
ここが地上であれば、白い目で見られていただろうがここはダンジョン。
つまり遠慮なくこの思いを口にできるわけで――
「だああああ! やっぱり、一人でバズらせるのは難しすぎる!」
ボールのような体躯のオークモドキがスライムと戯れる動画を見つめて、俺の魂の咆哮がダンジョンに木霊した。
【英雄の剣】から追放されて数日。
俺は放課後、一人でダンジョンの一層に潜っては、配信活動に精を出していた。
目的は、もちろん『一人でもバズる配信』を実現し、クズどもを見返すため。
例え一人で結果を出せば問題ない。
今まで通りの配信を自分が実行すればいいと高をくくっていたのだが――
「同時接続3、て、ひどすぎるだろ常考……」
この前まで登録者数500万人を達成した配信パーティーの企画担当していた配信とは思えないひどい数字だ。
このままじゃ課題未達成で落第まっしぐらだ。
なにせ――
「アカデミーの課題も全部未提出扱いにされてたとか、普通ありえねぇだろ!」
昨日、担任の出頭に職員室に呼び出されたと思ったら、いきなり今後の進路について話をされたのだ。
『は? 提出されてない?』
『ああ、たしかに【英雄の剣】名義で課題は提出されていたが、お前の名前は書いてなかったぞ(笑) このままじゃ課題店提出で退学だな(笑)』
思い出すのは『配信リーダーは俺様だ。この課題データは俺様が責任をもって報告しとくぜ』というにやけた笑み。
あのクズの言葉を馬鹿正直に信じてたのがそもそもの間違いだったが、まさかこの三か月近くの課題がぜんぶ未提出扱いになってるとは思わないじゃん⁉
そもそも――
「よりにもよって昇級試験の間近に知らせるとかなに考えてんだあの教師!」
おそらく出頭もグルなんだろうけど、体育会系みたいな見た目してるくせにやることが陰湿すぎるッ!
俺だけ課題未提出で落第なんて洒落にならない!
なので失った評価と時間を取り戻すべく。
こうして話題作りの意味で、巷でバズってる配信企画を応用した『秘密の隠しエリアでデブとスライムが戯れてみた』という配信を実行したわけだが、
「だーめだ、何度見ても黒歴史すぎるッッ!」
全く伸びないどころか、正直死にたくなったね。うん。
編集、企画スキルには自信あるけど、どうやら俺は配信者として致命的に向いてないらしい。
なんだ、このひどい動画は。ほんとに俺が企画した配信か?
おまけに――
『ですからこの平穏な世界を守る事こそ、選ばれし英雄の子孫である我々の使命なのです』
そういってスマホの中で凛とありがたい演説を響かせる一年生にして生徒会長を務める幼馴染の姿に嫉妬の心がチクチク痛んだ。
「はぁ、ご近所のお隣さんがまさかの十三英雄の家系だったとはなー」
小学生の頃までご近所付き合いだったとは思えない気品のある立ち振る舞い。
記憶の中にある西條アキラはもっとお転婆だったと思うが、
「あの闘技場の光景を見たら信じるしかないよなぁ」
ジェネラルオークを一撃とか、平民には無理だ。
さすが入学早々、生徒会選挙で三年を押しのけて生徒会長に当選した期待の新人はやることが違いすぎる。
「はぁ、同じ地元で生まれたのにいったいどこでこんな差がついちまったんだか」
小さくぼやき、スマホの中で堂々と演説するアキラの配信を分析する。
今日は異世界から帰還したとされる『勇者』たちの手によって魔王を討伐し、世界に平和をもたらした記念すべき日だ。
【100周年ダンジョンアカデミー勝戦記念配信】と銘打たれた配信の通り、人類は一度、魔王軍と名乗る軍勢になすすべもなく敗北し、壊滅寸前まで追い込まれたという過去がある。
敗因は、人類側の油断。
スキルやレベルアップといった、これまでになかった超常現象で強くなれたのだ。誰だって自分たちがダンジョンの支配者だと思うだろう。
だけど真の支配者は、ダンジョンの奥深くに潜んでいたようで、ある日、魔王軍と名乗る魔族が地下から這い出してきたのだ。
もちろん地上は大パニック。
地上の半分以上の人間が魔族との抗争に巻き込まれ、命を落とした。
以来、ダンジョン特需で誰もが幸福な生活を送れた幻想は崩れ去り、厳しい戦いの日々が幕を開けたわけだが、
『ですからこの凄惨な事件を教訓にもう二度と世界に魔王を解き放たぬよう、日夜ダンジョンで探索活動に努め、皆さんの心を守ることこそが、十三英雄の、いえ聖女の末裔である私の役目なのです!』
生徒会長アキラの言葉に、演説を聞いていた会場が沸き上がった。
学園に入学し、即生徒会長の座について三か月という短期間にも関わらずこの人気っぷり。
まぁ当然といえば当然だ。
なにせ画面の向こう側で堂々と語り掛けるアキラを含む生徒会の一族――【英雄十三家】こそ、異世界から来訪した勇者たちの血族なのだから。
「ほんとあのクズと同じ、世界を救った家系とは思えない高潔さだよな」
そっとスマホに視線を落とせば、そこには生徒会長に対する惜しみない称賛のコメントがあふれかえっており
”アキラたん萌えー”
”さすが俺らの救世主!”
”漏れ、アキラたんのためなら死んでもいい!”
”初々しさ100万点! 十三英雄に栄光あれ!”
若干気持ち悪いコメントもあったが、おおむね十三英雄を称賛するコメントがあふれかえっていた。
「ハァ、ほんと国民に愛されるスターってのはなんでこうあったかいファンが多いんだろうな」
それに比べて俺の視聴者といえば――
”ぶはwwスライムに勝てないとか無様すぎてワロタ”
”これで本当にアカデミー生とかww”
”デブでも、あそこに入学できるんだなw”
くっ! なんだこの民度の悪さは。
まだ小学生の方が行儀がいいぞ。
”おいおいスライムって一般人でも倒せんじゃん”
”アカデミー学生のくせにいまさらレベル上げとかw”
”デブで雑魚とか生きてる意味ある?”
(くっそ、事実だけどひっぱたきてぇ!)
ネットの向こうも現実と変わらないのか。
アイツ等を見返す意味で開設した個人チャンネルは、暇を持て余したアカデミーアンチと冷やかしで溢れかえっていた。
ふー落ち着け、俺。人が集まることはいいことだ。
大事なのはいかに配信をバズらせるかだ。
たしかに10層とか、20層での探索配信の方が面白いだろうけど、低層は低層の面白さがあることを証明すればいい!
「みてろよお前ら! これこそが本当のリアル配信ってやつだ!」
だけど現実が思い通りに行ったら苦労しないわけで――
「これだけ、やっても、まだレベルは上がらない、ってどういう、ことだよ!」
支給品の棍棒を振り回し、無限湧きするスライムを追いかける。
流行でダメならと、【レベル上げ耐久】動画をやってみたけど一向にレベルが上がる気配がない。
画面の向こうの視聴者は『さっさと目立て』と煽ってくるけど――
「このステータスでどう目立てっていうんだよ!」
確認の意味でスマホを操作して【ステータス画面】を表示すれば、直視したくない数字が俺に現実をたたきつけてきた。
―――――
【ステータス】
<名前> 真上ミチユキ
<レベル> 2
<ジョブ>ビギナー
<ステータス>
最大HP:5
最大MP:14
STR:9
INT:14
VIT:6
AGI:2
MND:10
<スキル>
なし
≪加護≫
【醜悪の呪い】
大いなる魔族の呪詛。姿かたちを魔族同然にし、獲得経験値を1/100にする。
―――――
うわ、俺のステータス低すぎ。
誰がやった嫌がらせか。
中学の頃、妹の誕プレにかかっていた呪いを代わりに受け、この最悪な加護を得たわけだが、なんだよこの【醜悪の呪い】って!
効果が姿かたちを魔族同然にし、獲得経験値を1/100にするって!
(妹じゃなく呪われたのが俺でほんとよかったけども)
探索者を志す身としてはやっぱ獲得経験値減少は痛いすぎる。
おかげでいくら運動してもオーク同然の身体は変わらず。今日まで真剣にダンジョンに潜って探索活動をしてもレベル2までしか上がらなかった。
他のクラスメイトのレベルは7~8だってのにえらい差だ。
視聴者に請われるままステータスを曝せば、爆笑と呼べる反応が返ってきた。
”うわwwテラヨワスww”
”こんなステでよく学園は入れたな”
”金でもつんで不正入学したんじゃね?”
くっ、お前らに言われなくたって学生としても探索者としても、致命的な欠陥を持って生活してる理解してるっての。
だけど俺には死んでも果たさなきゃならない夢がある。
(俺は、誰もが認める配信者になって家族を楽させてやんだ!)
だからこんなことで挫けてる暇なんてない! はずなんだけど――
「あーもうヤメだ。今日のところはこれで終わり!」
べっとりと不快な汗を滴らせ、ダンジョンの真ん中で弱音を吐く。
別にいくらスライムをつぶしてもレベルアップしないから心折れたわけじゃない。
ただ唐突にダンジョンの天井を観察したくなっただけなんだからな!
幸いにも課題提出まではまだ2週間近く時間がある。
それまでに今の俺でもできる、ソロ企画を考えればいい。
それに――
「どうせデブな俺の配信なんてイケメンの活躍に比べればクソみたいなもんなんだろ!」
どうせ俺は、アキラと比べたら醜いオークだよ!
そうしてやけくそな気味に視聴者に別れを告げ、ダンジョン配信を切ろうとすとすると、スマホ端末の【お知らせアラート】がピカピカ光った。
うん? なんだこの予定。
今日、誰かと一緒に配信する予定なんてなかったはずだが――
「ダンジョン宝くじの抽選日?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます