第3話 闘技場での戦闘訓練
どうやらこの豊満ボディでは、幼馴染の『真上ミチユキ』とは認識してもらえないらしい。
そんな新たに苦々しい青春の一ページが刻まれた午後。
俺はぴっちりとした体操着姿で、緑色のゴブリンと向き合っていた。
「次、真上、前方のゴブリンを倒してみせろ」
「はい!」
学園の闘技場で行われる戦闘訓練。
担任の出頭の合図に棍棒を構えると、俺はいつになく真剣な心持で目の前の『亜人』に武器を振り下ろしていた。
なにせ一か月後、クラス配属を決めるため、人生のかかった大事な昇級試験が迫っているのだ。
退学がかかった大事な試験である以上、いくら運動が苦手とはいえ、必死に訓練せざるおえなかった。
(大丈夫だ俺、相手はプログラム。訓練通りに動けば絶対勝てる)
相手はこれまでの探索者が配信ドローンで得たデータを元に、AIが忠実に再現したホログラムだ。
攻撃されても死ぬことはない。
ただ肉体が魔力で構成されているため攻撃されればそれなりに痛いし、レベル2の俺にはどんなモンスターも強敵には違いなかった。
推定レベルはおそらく5といったところだろうけど、
(今度こそぶっ倒して、レベルを上げるみせる!)
ダンジョンアカデミーに多くの入学志願が殺到する理由が、この【闘技場システム】があるからだ。
普通、経験値を得るためにはダンジョンでモンスターを倒さねばならない。
当然、ダンジョンに潜れば、それなりの危険が伴うし、強いモンスターと戦えば、負傷して引退なんてのもあり得る。
だが、この学園の一部はダンジョンと繋がっているのか。
闘技場に召喚されたモンスターを倒せば、ダンジョンで戦うように経験値が手に入る仕組みになっているのだ。
普段は上級生や有名配信者に独占されて、申請が通らず、安全にレベル上げできないけど――
(今は授業中。あとは相手の動きを予測して倒せばいいだけだ)
不気味な笑い声を上げながら、突貫してくるゴブリン。
知能が低いのか動きは直線的だ。頭を叩けば倒せるはずなのに、
(くっそ、どう動けば勝てるかわかってんのに体が追い付かない!)
突き出された短剣を避けながら攻撃するも脂肪が邪魔で動きずらい。
すると棍棒を振り下ろした瞬間足がもつれ、俺は盛大に地面に顔をこすりつけた。
「ぶははは、見たかお前ら! あの豚オーク自分で自滅しやがったぞ!」
九頭代の爆笑に釣られいくつもの笑い声が闘技場に響き渡り、皮肉気に顔を歪めた出頭からあからさまなため息が飛んでくる。
「はぁ、いくら座学の成績が優秀だからと言ってもやはり平民などこの程度か」
まるで初めから期待していない、とでも言いたげな出頭の物言いに、何も言い返せない。
「真上。わかっていると思うが、ダンジョンのフロアボスはほとんどが亜人だ。探索者とは言え、学園の名を背負う以上、ただ倒すだけで合格点がもらえると思うなよ」
「そんなこと、わかってますよ」
「ふん、ならばいいがな。このままゴブリン程度も倒せない醜態が続くようなら一か月後の昇級試験の結果次第で即刻、退学にするよう取り計らってもらうことになるからな」
「……はい。努力します」
頭上から降ってくる出頭の嫌味に、俺はたまらず唇を噛む。
配信での『成果』こそが全てを信条にするこの学園とはいえ、やはりそれなりに探索者としての実力を求められる。
特に、俺のように国から金銭的支援を受けている【アカデミー特待生】は、他の生徒と比べ生まれ持った≪探索スキル≫もレベルが劣っているので、尋常じゃないほどの成果を求められるからマジでキツイ。
(はぁ、やっぱりこの身体じゃ10層以上まで行くのは無理だよな)
デップリと脂肪の詰まったお腹を押さえる。
せめてこの贅肉が消えればまだ探索者として望みがあるのだけど
「まったく。学園はいったい何を考えてこんな無能を特待生に選んだのか。編集者とはいえ、こんなのを連れてダンジョン探索に付き合わされる俺の身にもなってもらいたいもんだな」
「そーそー美女ならまだしも、豚を助ける物好きなんていないんだからな」
「九頭代。お前の言っていることは正しいが、お前はもっと真剣に授業を受けろ。昨日提出してきた配信データ、評価値が下がっていたぞ」
「わーってるって出頭。今回はたまたま調子が出なかっただけだっての。そこのデブと違って、俺様は優秀だからな、撮れ高作るのなんざ朝飯前よ」
九頭代の調子のいい言葉に、周りの取り巻きがゲラゲラと笑いだす。
そうして屈辱の視線にさらされながら、クラスメイトに視線を合わせないように元の位置に戻れば、端末を操作していた出頭が次の訓練相手の名前を呼んだ。
「それじゃあ次、西條アキラ、お前の実力を見せてもらおうか」
「はい」
自分のダメさに落ち込んでいたところ、刀剣を思わせる静かな返事に、沈んでいた気持ちが持ち直す。
おおっ、次はアキラの番か。
周りの様子を窺えば、あれほど騒がしかった声が静まりかえり、視線がアキラに集中していた。
それだけみんな、『西條アキラ』に注目しているということだろうけど、
(そういえば、アキラの実力はどんなもんなんだ?)
ぶっちゃけ運動音痴すぎて、毎回戦闘訓練で気絶しまくってるせいで、アキラの戦いぶりを見たことがない。
昔はよく、ふざけてチャンバラごっこなんてしたけど。
そうしてアキラが≪魔法使い≫が使うとされる訓練用の魔杖を構えれば、闘技場の中央にゴブリンとは比較にならないほど大きなモンスターが現れた。
「ジェネラルオーク⁉」
ダンジョンではモンスターたちをまとめ上げる『統率者』と呼ばれる個体がいる。
10階層以降に現れるダンジョンボスの一体で、たしかレベル35以上のはず。
ふつうはパーティーを組んでようやくといった相手だが、
(訓練とはいえ、学生に勝てるような相手じゃないぞ!)
案の定、『統率者』の存在を知っているクラスメイトたちから悲鳴が上がた。
「おいおい、おちつけよお前らいくらなんでもビビりすぎでしょ」
「そうですね。これはただの戦闘ホロです。攻撃されてもボクらのステータスなら痛くないですよ」
「そうそう、例え暴れてもこのくらいAクラスの俺様がちょっちょっと片してやるから――よ?」
そういって間抜けな声を漏らし、闘技場の結界まで吹き飛ばされる九頭代。
まるで勝ち誇るようにジェネラルオークの雄たけびが闘技場に響き渡った。
闘技場の戦闘ホロに、勝ち名乗りなんてシミュは入っていないはずだが。
まさか――
「戦闘ホロじゃない⁉」
「し、しまったああ! こいつは上級生が使うレイド用の召喚獣だった!」
こんのボンクラ教師。肝心なところで設定ミスしやがって!
「みんな逃げろ! 訓練用と違って召喚獣はダンジョンと同じ仕様だぞ! 死にたくなければ結界の外まで下がるんだ!」
結界の外に逃げるよう呼びかければ、俺の声にクラスメイト達がクモの子を散らすように退避していく。
だがその一言で注目を集めてしまったのか。目標を定めたかのようにアキラに向かって突進するジェネラルオーク。
逃げ遅れたのか、以前武器を構えて硬直するアキラ。
その顔はやけに無表情で――
「アキラ! 危ない!」
叫ぶよりも前に、無意識に体が勝手に動いていた。
ドタドタと揺れるぜい肉。アキラのもとに走ろうとするも間に合わない。
せめて肉壁程度になれれば――
「≪セイクリッド・ランス≫」
「は?」
凛としたスキルを唱え声色が鼓膜を震わせ、まばゆい光の刃がジェネラルオークを貫き、光の奔流が一瞬でそのバカでかい図体を消し飛ばしていた。
スキルの余波で粉塵が上がり、踏ん張りの利かない足が浮き上がり、情けない叫び吠えを上げながら、後ろに転がる。
クラス全員が、結界の外で先ほどの一部始終を呆然と見つめるなか。
仰向けに倒れた俺を見下ろすようにして、こちらを睨みつけるアキラと目があい、
「わたし、落ちこぼれのあなたと違って、誰かに守られるほど弱くありませんから」
踵を返すように去っていくアキラ。
そうして、一人闘技場に取り残された俺は、幼馴染の寂しげな背中を呆然と見送る事しかできなかった。
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