第8話 覚悟の抵抗 と 乱入者


「よし、ここなら賞金目当てのクソどもに邪魔されずに話し合いができるな」


 そういって結局助けを呼ぶこともできず、連れてこられたのはダンジョン上層――第10階層だった。


 アカデミーでは、一学年が限界ギリギリで地上に戻ってこられる場所され、二学年へ進級するための舞台としてよく用いられており場所だ。

 ここ十数年、ボスモンスターが討伐されておらず。

 エリア環境が変わらないよう、学園側でボスモンスターを殺さないよう『管理』しているという噂は有名な話だ。


 もちろん。レベル2の俺では到底一人で攻略できない場所でもあるのだが――


「真上、テメェを特別に俺様たちのパーティーに戻ることを許してやる」

「は?」


 何の脈絡もなくにこやかに切り出された九頭代の一言に、俺はたまらず呆けた声を出していた。

 パーティーに戻ることを許してやる?

 俺はてっきり、俺が手に入れた賞金について何か文句を言ってくるうとばかり思っていたんだが――


「俺みたいなデブは配信ウケしないから追放したんじゃなかったのかよ」

「ふっ、そりゃそうなんだがよ。俺様としたことがよくよく考えたらパシリが必要だったってことを思いだしてな」

「は? パシリ?」


 編集としてでなく?


「探索に役に立たない貴方をうちに迎えるメリットがありません。ですが、どんな役立たずでも価値があるということに気づかされました。寛大にもソウヤは、あの非道な企画配信に追われている貴方を見て、心を痛め、英雄らしく助けたいと思ったそうなのです」


 はいぃぃぃぃぃ⁉

 あのクズで傲慢な九頭代が、俺を助ける?


「えーっと、意味が分からないんだけど」

「わかりませんか? いま、ほかの探索者に追われている現状をボク等が助けてあげようというのです」

「ほーんと自業自得だってのに、うちのリーダーはお人よしだよな。役立たずを入れてまで、落ちこぼれのために尽くそうっていうんだから」

「ふっ、そういうな。迷える民を救うのが十三英雄の末裔の役割だからな、このくらいは当然だぜ」


 そういってキランと歯を光らせ、得意げに鼻を鳴らす九頭代ソウヤ。


「そういうことで。いまウチに戻ってくれば特別に卒業まで面倒見てやるっていうんだ、今度はちゃんと契約書も書いてあるし悪い話じゃねぇだろ?」


 そういって自信ありげに持論を展開し、傲慢に契約書を投げつけてくる九頭代たち。


「どうだ。これで俺たちのパーティーに戻りたくなっただろう?」

「いや戻りたくなっただろうって――」


 そこに書かれている契約内容はおおよそ理不尽なものばかりだった。

 大まかに言えば、『三年間絶対服従』を意味する文言がコレでもかと事細かに記されているが、一番目を引くのははその後に続く文言で――


(契約者のすべての所有物、および権利は、卒業後も英雄の剣に献上される?)


 投げ渡された契約書をじっくりと読み込み、俺は思わず額を抑えた。


 なんだ、この頭痛が痛いみたいな契約書は?

 こいつら家柄はともかく、本当に馬鹿なんじゃね?

 というかこんな詐欺みたいな契約を突き出しておいて、なんでそんな誇らしげな顔できるんだ?

 

 そもそも、この話を俺に持ち掛ける時点で怪しさ満点なのは間違いないが、


「もしかしてSクラスに上がるのに専用の編集が必要不可欠って気づいて、慌てて従属契約を結んで支配下に置こうって魂胆じゃねぇだろうな」

「ギクゥ⁉」

「そんでもって昨日のオーク狩り騒動も、俺を素直に引き込むためのお前らの三文芝居だったりする?」

「ギクギクゥ⁉」

「なっ⁉ なんでテメェがそれを」

「はぁお前ら特権階級ってほんと、わかりやすいくらい傲慢だよな」


 あれか? やっぱり生まれながらのスキル強者だから、全部自分の思い通り世界が動くとか恥ずかしいこと考えちゃってるのか?

 というかそもそもの話。


「俺がなんで編集なんて探索の役にも立たない分野に特化した勉強をして特待生制度で入学したか本当にわかってないのか?」

「ふん、そんなの探索技術もろくに持たない底辺だから――」

「ちげぇよ。いや、それもあるが単純に金になるからに決まってんだろうが」


 アカデミーでの評価基準が人気度である以上、ただ配信するだけでは足りないということは、入学する前からわかっていた。

 なにせ俺のデバフスキルでは、一学年は奇跡的になんとかなっても、二学年以降は確実に退学になるからな。


 であればどうすればいいか。

 簡単だ。例え探索者になるっていうプライドを曲げてでも、切り捨てられない存在になればいい。


「それこそアカデミーを卒業すれば、それだけでエリート探索者として扱われるからな。探索者の夢は後からでも叶えられる。だけど学費だけはどうにもならないんだよ」


 そう。俺の家はお世辞にも裕福とは言えないくらい貧乏な家庭だった。

 妹が高校に行くか悩むくらいには。

 だから俺は兄として、家族の一員として、どうしても自分で稼ぐ手段が必要だったのだ。


「それをただ人気取りのためってだけで先に裏切ったのはお前らだろうが! そんなお前らがいまさら、Aランク降格するかもしれないから、戻ってこいって言われて『はいわかりました』なんて承諾できるはずねぇだろ!」


 1000億という大金を手に入れた以上。

 もう学費の心配も、配信の評価も気にする必要がない。

 つまり――


「もう俺は、お前らの言うことを聞いて、夢をあきらめる必要はなくなったんだよ。悪いがパシリの件は他をあたってくれ」


 すると思惑が外れて、面倒になったのか。

 人当たりのいい胡散臭い笑みが九頭代から消え失せ、いつもの不機嫌さが顔を出した。


「……ちっ、めんどくせぇな。わーったよ。なら金だ金。一回の配信で10万でいいだろ。それで俺たちの配信をこれまで以上ものに仕上げろ。それで許してやるよ」

「あのなー、何度も言うようにAクラス入りが確定したんだったらあとはそっちでやってくれ。俺は俺でAクラスを目指さなきゃなんねぇんだから」


 第一、お前らの配信をバズらせるために俺がどんだけ時間と気を使ってると思ってんだ。

 ぶっちゃけそんなはした金じゃ、動画のサムネ代にならねぇじゃねぇか。

 それに――


「俺はもう二度と、テメェらみたいなクズの言いなりになるようなダセェ生き方はしないって決めたんだよ!」


 平民でも尊敬されるすごい探索者になる!

 それが俺とアキラとの約束だ。

 そのためにまずダイエットとレベル上げして痩せるところから始めなきゃなんないのだ。


 自分たちの家の権力を振りかざすような馬鹿どもの道楽に付き合わされて貴重な時間も青春も使い潰されてたまるか!


「というわけで話は終わりか? だったら俺は帰らせてもらうけど」

「待て、まだ話は終わってねぇ」


 そうして覚悟を込めて九頭代を睨みつければ、大きなため息が漏れ聞こえてきた。


「いまさらいい子ぶったクズが、俺様の最後の温情を無駄にしやがって。平民はしょせん平民でしかねぇってことか。お前ら、あのブタをボコしてスマホを奪うぞ1000億総どりだ」


 そういって、おもむろに背中の大剣を構えて見せた。

 右隣に立つ太宰が訝しげそうに眉を顰め、九頭代を見る。 


「ほんとにやるのかソウヤ、探索者同士の戦いはご法度だぞ」

「バーカそれは平民が俺たち上級市民に逆らえないようにするための規則だろうが。それにこれはオーク狩りだ。条例には当たらねぇよ」

「そうですね。懲りない庶民をしつけるのも我々、英雄十三家の責務です」


 ちくしょう! やっぱこうなったか!


(あの胡散臭い笑みを見てから、こうなるんじゃないかと思ってたよ!)


 ピンと張りつめた空気がダンジョンを支配し、形だけは英雄らしく大剣を構える九頭代がニヤついた笑みで口を開く。


「最後の慈悲だ。金を置いてアカデミーから失せろ。そしたら命まではとらねぇでやるよ」

「……断る。俺はもうお前なんかに屈しない!」


 それに俺が何の策もなく、ノコノコ学園に来たと思ったら大間違いだぞ馬鹿野郎!

 そうして一触即発、九頭代たちの動きに合わせて、おもむろにアイテムポーチから取り出した『煙玉』を地面にたたきつけところで、


『BUMOOOOOOOOOOOOOOOッッ!』


 突如、ダンジョンの壁を突き破り、大斧を振り下ろす筋骨隆々の肉体を持つ牛頭の亜人――ミノタウロスの雄たけびがダンジョン10層『亡骸の迷宮』に響き渡るのであった。


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