第39話 らくだ

 ミツキちゃんはヘイリーランドに向かう電車の中でも、ずっとウキウキした様子だった。

 夕方も五時を過ぎ、窓の外はすっかり暗くなっている。

 その中で白く光り輝く街の灯りが、きらきらと輝いて見えた。

「ミツキ、ヘイリーランド初めてなんだ! 憧れの地なの! ヘイリー君と一緒に写真撮れるかな……あ、でもミツキが一番好きなのは、ミャシリンちゃんなんだけどね!」

 ミャシリンちゃん? えっと……なんだっけ、そのキャラ……あ、思い出した、白い長毛種の猫だ!

「私もミャシリンちゃん好きよ」

 そうそう、確かまひろも好きだったはずだ。

「うん、ママも好きだよね! パパは、どのキャラが好きなの?」

 あ、困ったな……急に話をふられたぞ。

「ああ、えーっと……どれ?」

 正直、俺はあまりキャラクターものは詳しくないし、好きでもない。

 仕事中の客との会話でも、ヘイリーランドのキャラクターは話題に登ることがほとんどないし。

 スポーツやアニメ、好きなブランドの話などは話題にしやすいし、まだ興味があるから頭に情報をインプットしているが……

 えっと、ひとまずヘイリーランドのキャラクターで有名なのは、メインの男子キャラ・ヘイリーとそのガールフレンドのチャミリーだ。

 さすがにこのキャラは有名だから、知ってはいる。

 犬を人化したようなキャラだ。

 俺は別に犬が嫌いなわけじゃないけど、ヘイリーとチャミリーを特別にかわいいとは思えなかった。

「タケルはお笑い系のキャラが好きそうよね」

 まひろがせっかく出してくれた助け舟だったが、俺は首をひねった。

「お笑い系のキャラ? ヘイリーランドに、そんなのいたっけ?」

 ヘイリーランドのキャラクターは、アニメーションから生まれている。

 いくつもあるそのストーリーは、基本子どもたちがくすりと笑えるようなものになっていた……のは知っているが、あまりテレビで観た記憶がない。

「ハトソン・キャメルとソエー・キャメルとか?」

 ミツキちゃんが、選びやすいようにと俺に選択肢を与えてくれる。

 キャメル……ラクダ……あー、あのまつげが長くてカールしてるのが特徴の、ラクダのキャラか。

「ハトソンとソエーって、ヒトコブラクダとフタコブラクダなのよね」

 まひろがクスクスと笑った。

「ハトとソテーが?」

「その言い方だと、鳥の鳩と焼いたお肉のソテーみたいね」

 俺の真面目な問に、まひろがさらに笑う。

「ハトソンがヒトコブラクダ、ソエーがフタコブラクダだよ! 頭にコブがついてるの!」

 ミツキちゃんが、親切丁寧に特徴を教えてくれた。

「そうなんだ……さすがミツキちゃん、詳しいね」

「ミツキは、ソエーの方が好きだなあ」

「なんで?」

「ドジだから」

 俺は思わず吹き出した。

「ドジな方が好きなの?」

「うん、だって面白いもん!」

 ……そうか……俺は面白くもなんともない、いや、どっちかっていうと近寄りがたい男だと思うんだけど……

 ミツキちゃんはそれでもいいんだろうか?

「俺も、少しは見習った方がいいのかな……」

 あ、しまった。

 思ったことが、つい口から出てしまった。

「え? 見習うって、誰を?」

 まひろとミツキちゃんが、きょとんとした表情かおで俺を見る。

 いや、あのさ……二人ともよく似てるから、恥ずかしさが増すんだけど。

「えっとその……ソエー? だっけ?」

「ええ⁉ パパはかっこいいとこがステキなんだから、今のままでいいんだよ!」

 ステキ……なんだろう、ミツキちゃんに言われると、なんだか妙にくすぐったい。

「ママも、パパはかっこいい方がいいよね?」

 う……まひろ……なんて答えるんだ?

「そうねぇ……もう少し素直だったら、もっといいかなぁ?」

 チクリ。柔らかな棘が刺さる。

 素直、か……

「パパ、ひねくれてるの?」

「うーん……どうかな……色々大人の事情がね」

「素直に生きたほうが、楽だよ」

 ドキ。

「キャメルたちも、よく楽だ楽だって言ってるよね……ラクダなだけに……ぷぷっ」

 ……うん、まひろ……ありがとう……

「あっ、ヘイリーランド見えた!」

 はしゃぐミツキちゃんを見つめながら、思う。

 俺はいつ、それを捨てたんだっけ?


 そうだ……親に愛されることを、諦めた時からだ。

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