第38話 川上家のヘイリーランド

「で、どうだった? まひろは元気だったか?」

 お客さんが途切れた、夕方四時のうちの美容室みせ

 換気扇の下でタバコをふかしながら、サトルが呑気な口調で聞いてきた。

 なによ、いつも私がまひろにヘアカットしてもらっても、なにも言わないくせにさ。

「別に……まひろには三ヶ月前に会ったばかりだもん。私、髪切ってもらってるんだからさ……三ヶ月じゃ、たいして変わってるわけないじゃない」

 あんた、浮気相手と別れたから、まひろが気になってるんじゃないでしょうね?

 私はお客さん向けに設置しているコーヒーサーバーから、自分のマグカップにコーヒーを注いだ。

「なんで黙ってたの……まひろにメッセージ送ったこと」

 言う自分の声が、やけに静かに聞こえた。

「え? なんのこと?」

「だから、タケルが客の女と居酒屋から出てきたとこを見たっていうメッセージよ。あんた、送ったんでしょ、まひろに!」

 あれ? 私、なんでこんなに苛ついてるんだろう?

「確かに、お前にメッセージを送ったこと言わなかったけどさ、それ、そんなに怒ることかよ?」

「怒ってないわよ」

 それが嘘なのは、自分でもわかってる。

 私はなにかをごまかすように、サトルからマグカップに視線を移した。

「ただ、それでもまひろは、タケルを信じるって言ってたけどね」

「え? 他の女と浮気してんのに?」

 なんで、そう決めつけてるのよ?

「タケルは、愚痴を聞いてるだけなんだって。馴染のお客さんの」

「はっ……そんな都合のいい言い訳信じるなんて、相変わらず人がいいんだな、まひろは」

「あんたは、タケルが嘘をついてると思うのね?」

 私は思わず、サトルの瞳を睨みつけた。

 サトルは少しバツの悪そうな表情かおで、視線を逸らした。

 そりゃそうよね。

 馴染の客と浮気してたの、タケルじゃなくてあんただもんね。

「魔が差すってのか……そんなことくらいあるだろ……多分」

 魔が差す?

 三年も付き合ってた言い訳が、ただ魔が差しただけだっていうの?

「ただいま〜」

 玄関の方から、ガチャンという扉の開閉の音と次女の声が聞こえてきた。小学校から帰ってきたのだ。

「おかえり!」

 私は怒れる妻の面を脱いだ。

 あの子の為に、おやつを準備しなくっちゃ。

 今日は駅前に行ったから、おいしいシュークリームを買ってきたんだ。

 私はマグカップのコーヒーを一気に飲み干して店側のシンクに置くと、シュークリームの入った箱を手に歩き出した。

 サトルは、客用のソファに座って雑誌をめくっている。

 私はそれを目の端で捉えて、無視をした。

 サトルの元浮気相手は、あいつの馴染客であり、シングルマザーの私のママ友だ。

 玄関に飾ってある家族写真。

 ヘイリーランドに行った時に撮影したものだ。

 もう……五年くらい前だろうか。

 上の子がまだ小学校に上る前だ。

 あの頃は、楽しかったのに。

 幸せそうに笑う私たちの後ろで、クリスマスのイルミネーションがきらきらと賑やかに輝いていた。

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