第37話 ヘイリーランドに行こう

 じゃあまたね、と手を振ってみさきと別れた。

 スマホで確認すると、時刻は二時半だった。

「やっぱり、お母さんらしい貫禄があったなぁ……さすがみさきだわ」

 みさきは私と同い歳だったけれど、昔から自信家で負けず嫌いで、なによりしっかり者だった。

 川上さんと結婚して、彼のご両親と同居しながら仕事を手伝って、さらに二人の娘さんを育てて。

「はぁ……世間のお母さんて、やっぱりすごいわ……でも良かった、みさきのとこが円満で。アレは、きっと私の思い過ごしね」

 先日川上さんから送られてきたメッセージは、単なる親切心だったんだ。

 今度四人で会わないかっていう話が出てること、タケルに話そうっと。


「ただいま〜」

「あ、おかえりなさい、まひろさん!」

 カーキ色のカフェエプロンをつけたカミさんが、私を出迎える。

 カミさんは家事のコツを学ぶべく、私に弟子入りしているのだ。

「昨日はなんやかやで忘れてましたけど、ちゃんと取ってありますからね」

 私は一息入れようと注いだコーヒーを飲んだ後で、カミさんにあるものを示した。

 横には、アイロンを用意して。

「取ってある、とは……いったい何を?」

「これです!」

 私は組み立てたアイロン台の上に、二枚のハンカチを置いた。

 一枚はクッシャクシャなもの、一枚はまあまあパリッとしたものだ。

「うっ……なに、なんですか! このシワシワは!」

「なに、じゃないですよ! これは、この間カミさんがシワを伸ばさずに干したハンカチのなれの果てです。こっちのは、私がシワを伸ばして干したもの……ね、全然違うでしょう?」

 私は、体積が同じなのにまったくそうは見えない二枚のハンカチを示して言った。

「は、はい……いや、なんともこう、汚らしいというか……」

「そう思うことは、とても大切なことです。汚いのとキレイなのとでは、キレイな方がいいですよね?」

 私は言いながら、アイロンのスイッチを入れた。

「はい……シワを伸ばして干すの、大事です……」

「それがわかればオッケーです。アイロンをかければシワは伸びますけど、クッシャクシャだとアイロンをかける時もちょっと面倒なんですよね」

 私は言いながら、クッシャクシャな方のハンカチをできるだけアイロン台の上で広げ、そこにアイロンを押し当てた。

 もちろん、スチームタイプにスイッチを合わせてある。

「ああ、シワがみるみる伸びていく……すごいですね! このアイロンってのは!」

「次に、こっちのシワが少ない方のハンカチにアイロンをかけます」

「……あ、かかる時間がぜんぜん違う」

 そう、そこ大事!

「手間がかかるということは、それだけ時間を無駄にしている、ということなのがわかったと思います」

「はい、まひろ先生! ありがとうございます! で、今日の予定ですなんですが」

「はい、今日はヘイリーランドでしたっけ?」

 ヘイリーランド。

 そこは外国生まれの大人気キャラクターたちに会える、通称『ふぉげらん』フォゲット(忘れる)ランド(園)だ。

 つまり、忙しい現実を忘れてハッピーになろうというアミューズメントパーク。

 もう創立二十周年になるが、人気は衰えることを知らず。

 チケットはかなり値上げされているのに、来園者は減っていないらしい。

「チケット、買えるかしら」

「心配ご無用です! 夕方からのチケット、三人分取ってありますから!」

 じゃーん、とカミさんがエプロンのポケットから封筒を取り出した。

「わあ……なんだかすみません」

 私はそれを受取り、中身を確認する。

 チケットには淡い紫のホログラムが施され、メインキャラクターのヘイリー君とチャミリーちゃんがプリントされている。

「ミツキちゃんは、好きなキャラクターいるのかしら?」

「えっと……確か、猫っぽいキャラが好きだって言ってた気がしますね」

 猫っぽい、かあ。

「てことは、ミャシリンちゃんかアーシャ君かな……私も好きなんですよね」

「そうなんですか……私はこないだ、そこの駅で落ちてたマスコットを拾いましたよ。うっすら汚れてたんで、洗いました……ほら、これです」

 カミさんが再びポケットから取り出したのは、手作りっぽい手のひらサイズのマスコットだった。

「なんか……形はブロッコリーに似てますね……色からすると、木っぽいような……なんだろう、見たことないキャラクターですね」

 私はしげしげとそれを見たけれど、記憶にひっかからなかった。

「どこか地方のゆるキャラとかなのかな? でも、なんだか可愛いですね……あれ、裏になにか書いてありますね……タグ? タグって名前のキャラなのかな?」

「まあ、見た目が良けりゃなんでもいいんです。そういえば、石頭はどっかに行ったんですか?」

 私はブロッコリーもどきのマスコットをカミさんに返しながら、首を左右に振った。

「今日は仕事が休みだから、部屋にいると思いますよ……多分、趣味に没頭してるんじゃないかな……タケル、けっこう器用で色んなものを手作りしてるんですよ」

「ああ、そういえば、部屋になんか色々置いてありましたねぇ。インターネットでも販売してるんでしたっけ?」

「そうなんですよ……でも、あまりに作業に没頭すると時間が経つのを忘れちゃうから、出かける時間を確認しておかないと……ミツキちゃんは、何時頃来ますか? チケットは夕方の五時以降入園可能で、ヘイリーランドまでは家から一時間ちょいかかりますよ」

「うーんと、四時半くらいだと思います」

「よし、じゃあすぐに出られるように、アラームをセットするよう言わなきゃ! 楽しみだなぁ、ヘイリーランド!」

 前に行ったのは何年前だろう……今は十二月の始めだから、クリスマスのパレードやイルミネーションが見られるかも……

 久しぶりに湧き上がってくるワクワク感に、私はうっとりと身を委ねたのだった。

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