第36話 川上みさき

「なぁにそれ! それ黒よ、黒! 絶対に黒!」

 そうに決まってるじゃない。

 タケルだって、女と遊びたいのよ。

 うちの旦那と同じようにね。

 

『そろそろ髪伸びたんじゃない? 私、今お店を休んでるから、明日、久しぶりにランチでもどう?』

 たまたま家でまひろの話題が出たと思ったら、本人からランチの誘いが来た。

 変な偶然だな、と思いながらも、傍にいた旦那に行っていいかと聞くと、いいよと言われた。

 まあ、明日の予約も少ないもんね。はあーあ。

『いいよ。明日の朝十一時半に、駅の改札口で待ってるね』

 私は昔の同期、まひろにそうメッセージを送った。


 まひろは、見た目は素朴な印象の可愛い系の女子だった。私とは違って。

 男って、こういうちょっと見大人しそうな女が好きなのかしら?

 私をふったタケルも、ふられて落ち込む私を慰めてくれたサトルも、まひろのことが好きだった。

 面白くなかった。

 だって、彼女より私のほうが見栄えがいいし、気遣いだってできた。

 まあ、カットの腕前はまひろのほうが上だったけどさ。

 ま、あれから月日が経って、今の私たちは昔とは違う立場にいる。

 私はサトルとの間できた娘を二人も生んで、育てている。旦那のサポートをしながらね。

 自分でもよく頑張ってると思うよ。

 二世帯住宅の下の階に住んでる舅姑と、たまにぶつかりながらもなんとかやっているしさ。

 旦那は元から浮気症だったから、もうなにも期待していない。愛人が何人いようが、知ったこっちゃないんだ。

 私と娘たちが不自由なく暮らせる額を稼いでくれれば、それでいい。

 私だって、子育てが一段落したら、かっこいい男を愛人にしてやる。今度は歳下がいいな。

 そんな夢を抱いてる。

 子ども、欲しかったんだよね、まひろ?

 タケルと結婚する前、私に言ってたもんね?

 三人はほしいなってさ。

 現実は残酷よね。

 うちは二人もいるの。羨ましい? 羨ましいでしょ?

 って思ってたら、なぁに、タケルのやつ、客と遊んでるわけ?


「なぁにそれ! それ黒よ、黒! 絶対に黒!」

 

 私は持っていたフォークをふり翳して笑った。

 ナイスじゃない、サトル。

 面白いとこに出くわしたもんだわね。

 え? うちは円満か、ですって? 

 ……そう聞くってことは、そう見えなくもないってことよね?

 まひろ、あんたにうちの殺伐とした内情を打ち明けると思う? 私にだってプライドってもんがあるのよ。


「まあ、うちは二人子育てしてて、色々バタバタしてるしね……お父さんやお母さんも、なにかと病院行ったりしてるし……まあでも、よくある話よね。円満って言っていいと思うな、私的には」

 なんだろう、少し胸の奥が淀む感じがする。

 なによ、いいじゃない。まひろにいい顔するくらいさ。

 え? サトルがなんであんなメッセージを送ってきたと思うかって?

「そりゃ、あんたはかつての後輩だもん、心配になったんでしょ?」

 違うわ。

 サトルはそんなお人好しじゃないわよ。

 タケルと違ってね。

 あいつは、私と同じように他人の家庭が壊れていくのを楽しむつもりなのよ。

「で、まひろはどうするわけ? もう別れちゃえば? あんたたちのとこには子どもがいないんだから、別れるにしたって身軽じゃない」

 身軽……か……私も娘たちがいなかったら、今頃サトルとは別れてるよ。

「あ、そう……信じてるの、タケルのこと……ふぅん……相変わらずお人好しだねぇ」

 ガーリックが効いているトマトソースのパスタを頬張る。

 なんだぁ……つまんな……

「裏切られなきゃいいけどね」

 胸がちくりとした。

 サトル……もしかしてまひろと浮気する気じゃないでしょうね……まさか、そこまではしないわよね?

「いや、四人で会いたいなんて聞いてないけど……まあ、予定が合えばいいんじゃない?」

 やめてよ? 間違っても、あんたとうちの旦那が二人きりで会うなんてのはさ。

 なんだろ、まひろをあざ笑うつもりで来たのに、余計な心配の種を拾った気がする。

 まひろ……あんた、昔からあまり体型が変わってないわね。

 グラスの水を口に含みながら、ちらりと思う。

 ビールの量、今日から少し減らそうっと。

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