第21話 朝の風景 初日
「た、大変なの、ミツキちゃんがいないの!」
翌朝、まひろが血相を変えてリビングに飛んできた。
時刻は朝六時三十分。
俺は冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いでいるところだった。
「にゃーん」
すっかり顔色を失っているまひろの足元には、茶トラの子猫がすり寄っている。
「あれ、その猫……」
「そうなの、さっき起きたら、ミツキちゃんじゃなくて、この
「あぁ、ごほん、奥さん、おはようございます」
あ、でたな不審者。
不審者は、昨夜俺の部屋で布団を敷いて寝ていた。
「ミツキちゃんは、朝早くうちの母が迎えに来たんで引き渡しました! 夕方になったらこちらに来ますので、その時はまたよろしくお願いします」
にこっ。
「あ、そうなんですか……なんだ、良かった……朝ご飯用意しなきゃって思ったんだけど……ていうか、この
「あ、この子はうちの飼い猫ですよ。母の車から降りちゃったのかなあ、ハハハ」
俺はまひろと不審者が話している間、しゃがみこんでじっと茶トラの子猫を見つめていた。
直っている。
昨日は取れていた、首輪の小さな鈴が。だが、気がついたのはそれだけじゃない。
パーツが同じ。
昨夜、ミツキちゃんのブレスレットに鈴を取り付けた時に使ったパーツが、そこにあった。
ピアスを作る時に使う、丸カンと呼ばれる小さなパーツだ。
俺は趣味でアクセサリーを作るから、たくさん持っている。
それはともかく、ということは、ミツキちゃんのブレスレットとこの子猫がしている首輪はまったく同じもの、ということだ。
「まさか……」
ミツキちゃんがわざわざ自分の手首から外して、子猫につけてるのか?
いや、そもそも猫の首輪を手首に巻くなんて、見たことも聞いたこともない。
俺は喉をゴロゴロ鳴らしている子猫を撫でた。
「あ、そういえば、ミツキちゃんのコートも預かりっぱなし……まあ、また来るならいいか……今日の夜ご飯、なににしようかな」
「ハンバーグなんかいいんじゃないか。昨日はシチューだったから、カレーはちょっとな」
「それもそうね……」
「ふし……カミさん、あの黒猫はどうした?」
俺は立ち上がって周りを見る。
姿が見当たらないような気がするが、あまり気にしている時間がない。
そろそろ準備を始めないと、遅刻してしまう。
『知りたいか、その首輪の秘密を』
「ん? 今なにか言ったか?」
俺は洗面所に行きかけて、まひろと不審者を振り返った。
「いや」
「なにも言ってないわよ」
まひろと不審者が同時に応える。
……おかしいな……いや、でも、この二人と声が違ったしな……顔は洗って……
もふっとした感覚がふくらはぎを通過していく。
「黒猫……」
『君が望むなら、すべて説明しよう。私から』
は?
俺は再びまひろと不審者を振り返った。
……二人はなにやら話し合っている。
「えぇ……まさか……」
『私が普通の猫とは違うことくらい、とっくに気づいていただろうに……くくっ……そんなに自分の知る世界から外れるのが怖いかね?』
金色の瞳、人を寄せつけない雰囲気。
「い、いや、いるじゃん、そんな猫……人に懐かない猫!」
俺は頭に響いた低くて中性的な声を無視した。
いつもはお湯で洗うけど、今日は水で顔を洗おう。
「冷た……」
「朝飯、外で食わないか?」
突然耳元で不審者の声がした。
「うわっ、近い!」
俺はとっさに耳を抑えて後退りした。
「黒龍様……まあ、代理みたいなもんだけどな、こいつは」
こいつ、と言って不審者が向けた視線の先には、あの黒猫がいる。
「話がしたいってさ。ま、私じゃ役不足だよ、たしかにさ。いつまで経っても君からは不審者扱いされてるし……なあ、石頭?」
「うるさい……着替えてくるから待ってろ」
なんだ、なんなんだ……俺は……あの黒猫が放つ空気に飲まれた気がする!
「じゃ、私はこの
「朝飯、外で食うから。じゃ」
矢継ぎ早に不審者と俺は言い、階段を足早に降りた。
「あ、うん、行ってらっしゃい」
背にかかるまひろの声が、ほんの少し呆気にとられているような気がしたが、それを気にしている余裕は、俺にはなかった。
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