第19話 土星と黒猫
俺が黒い鈴をつけ直してる内に、ミツキちゃんの体がかくんかくんとし始めてしまった。
「あ、あともうちょっとだから、頑張って!」
と言っても無理か。
「できた、これで大丈夫……って、あーあ、寝ちゃったか」
俺は愛用のペンチ二本を駆使して丸カンを閉じ、黒い鈴は無事にミツキちゃんのブレスレットにつけられた。
それは良かったけど。
「きっとお腹がいっぱいになって安心したんだろうな……いやあ、それにしても石頭器用なんだな、さすが美容師」
不審者は俺のコレクションをちらりと見て、ニヤッと笑った。
流木を使った棚に並んでいる、ブレスレットやピアスだ。
「天然石にガラスビーズのアクセサリーねぇ……石頭はピアスホール空いてないのに、こんなの作るんだな」
「気持ち悪いな……人の耳見るなよ……ネットとかで販売してるんだよ。趣味で」
俺の手が自然と耳を覆い隠した。
「残念、もう見ちゃったわ」
ええい、不愉快だ! 早く帰れ!
「ミツキちゃん寝ちゃったけど、タクシーを呼べば帰れるだろ。もう帰れよ」
「えぇ?」
コンコン!
不審者が不満げな声をあげたところで、俺の部屋のドアがノックされる。
「どう、様子は……? あれ、ミツキちゃん、寝ちゃったの?」
まひろがドアから顔を出し、俺のベッドに倒れ込むように眠っているミツキちゃんを見た。
「もう遅い時間だし、うちに泊まってもらったら? 私のベッド広いから、ミツキちゃんが一緒に寝ても大丈夫だし……お客さん用のお布団もあるから、カミさんはお布団で寝てもらえばいいよね」
おいおい、まひろ、なんてこと言うんだ!
「え、いや、そんなの無理」
「いやあ、すみませんねぇ、奥さん! じゃ、お言葉に甘えさせてもらいますよ! ありがたいなあ!」
おい、そこは遠慮しろよ、不審者!
「よっこらしょ」
俺のベッドですやすやと眠るミツキちゃんを、不審者はさっさと抱きかかえようとした。
「あ、おい、待て」
まひろの部屋に入るな。
「俺がミツキちゃんを運ぶから、お前はリビングにでも行ってろ」
こうなったら仕方がない。せめて俺がミツキちゃんをまひろの部屋に運ぶ。
「じゃ、ここからは大人だけで盛り上がりましょ! お酒、お酒〜」
なぜか、まひろは嬉しそうに俺の部屋から出ていった。
「おい、盛り上がらなくていいんだけど」
「お酒、お酒! わぁい!」
不審者はまひろの後ろを、にこにこしながらついていく。
あのルンルンした足取り……さてはアイツ、相当な酒好きだな……酒癖が悪かったら、追い出してやる!
俺はそんなことを考えながら、ミツキちゃんの横に腰掛けた。
しんとなった部屋で、カチカチと時計の針が動く音だけがハッキリと聞こえる。
「疲れてるのかな……ぐっすりだ」
見つめる先のミツキちゃんは、微動だにせず眠っている。
まひろにそっくりな寝顔。かわいい。
自然と、手が小さな頭に向かってしまう。
「いかん」
だめだ、あまり感情移入するな。
この子は、俺の娘でもなんでもないんだから。
俺は自分で自分の手を止めて、ゆっくりと引っ込めた。
そのまま、視線が流れるようにミツキちゃんの手に向かう。
……やっぱり似てるよな……サトルの手に……まひろは、気がついていなかったみたいだけど。
『ミツキちゃんは、遺伝子上は君の奥さんと川上サトルとの娘だよ』
昼間聞いた、不審者の台詞が頭に蘇る。
わかってるんだ。
今、目の前で眠っているミツキちゃんが、なによりその証拠だって。
反論の余地なんかないくらいに、まひろとサトルの要素が色濃く存在している。
「未来……か」
俺は天井を見た。
そこには、大きな銀河のポスターが貼ってある。
濃紺の空間に、無数に散らばる小さくてきらびやかな星たち。
その中で中央を占めるのは、リングを纏った大きな天体。土星だ。
土星のユニークな形が、俺は昔から好きだった。
なにかのきっかけで、土星が意味を持っていることを知った。さらにそれを理解してからは、土星をますます好きになった。
「課題、か……これは、俺に与えられた人生の課題なんだろうか」
土星は、人生に課題を与える星とされている。
「でも……どんなことをしたって、俺はミツキちゃんのパパにはなれないんだ……その
ああ、胸が痛い。
あの不審者が言う通り、ミツキちゃんが本当に未来から来たんだとしたら、いずれ本来生きるべき時代に帰るんだろう。
俺は両手で顔を覆った。
早く、帰って欲しい。俺の心が壊れる前に。
俺はしばらくの間そう願ってから、眠っているミツキちゃんをそっと抱き上げた。
「あったかいな」
ずしりとした重さとぬくもりが、痛む胸にじんわりと沁みいってくる。
「パパ……」
不意にミツキちゃんの口から声が漏れた。
どきっとして、思わず足が止まる。
「なんだ、寝言か……」
まひろのベッドにゆっくり寝かせたミツキちゃんは、相変わらずぐっすりとよく眠っていた。
俺だって。
「君のパパになりたかったよ……ごめんな、ミツキちゃん」
そっと毛布をかける俺の足元が、急に暖かくなる。
見れば、鳴き声一つあげず、足音一つたてない黒猫がいた。
満月のような金色の瞳が、なにかを訴えているかのように見えて。
俺は泣きそうになっていた。
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