第10話 ミツキと神様

 ママは言った。

『素直な気持ちで神様にお祈りしていると、いつか願い事が叶うかもしれないよ』

 って。

『どうしてお金、箱に入れるの?』

 ママはお祈りする時、必ずギザギザのついた箱にお金を入れていた。

 チャリン、と音が立つのが面白い。

 箱には、ミツキには読めない難しい漢字が三文字書いてあった。

『お願いごとを聞いてくれて、ありがとうって入れるのよ』

『ふぅん……ばぁばは、願い事が叶うようにって入れるんだって言ってたよ。ミツキはお金持ってないから、お願い事叶わないなぁ……つまんないの』

 ママは笑ってた。

『お金は無理でも、ミツキにできるものをお供えすればいいんじゃないな。ほら、道に咲いてる、きれいなお花とか』

 きれいなお花、か。

 どわーっ、て、きれいな色の沢山のお花は、やっぱりお花屋さんでお金と交換しないと手に入らないよ。

『ミツキ、パパが欲しいな』

 ママが歩くのをやめて、ミツキをじっと見つめてくる。

 ママは、ミツキが“パパが欲しい”って言うと、いつもさみしそうな顔をする。

 そうだ、いつも、もう言うのやめようって思うのに、気がつくと言っちゃってる。

『ごめんね、ミツキ。さみしい思いをさせて』

 ママがぎゅっと抱きしめてくる。

 違うよ、ママ。

 私、さみしくないよ。

 だって、ママもばぁばも、お兄ちゃんもお姉ちゃんもいるんだもん。

 でも、それでもミツキは、パパが欲しいなって思っちゃうんだ。なんでかな。

 


 ミツキは、いいことを思いついたんだ。

『ミツキ、これ食べられないから、神様にあげる』

 いろんな味のするキャンディ。

 赤とか黄色とかの。

 でも、白いのはスースーして、ミツキは好きじゃないの。

 だから、いつまでも缶に残っちゃう。

『神様は大人だから、きっと好きだよね。おじちゃんは好きって言ってたもん。スースーするやつ』

 カラカラ鳴る缶を神様の前に置いて、ママがしているみたいに目を閉じてお祈りする。

 パパをください。

 次の日、缶がなくなってた。

 やった、神様が食べてくれたんだ! ミツキのお願い事、叶うかもしれない!

 それからずっと、ドロップの缶にスースーするやつだけが残ると、それを神様にあげてお祈りした。


 そしたらね、ほんとに来たんだよ、神様が!


 でも、神様はすぐにお話ができなかった。

 ミツキがどんなに話しかけても、ちょっと待って、しか返ってこなかった。

 しょうがないから、ミツキは神様と一緒にいた猫ちゃんをよしよしして遊んでたの。

 黒くて、ツヤツヤの毛をした猫ちゃん。目は、黄色。

『明日、また来て!』

 しゃがみこんだ神様は、なんだか泣きそうに見えた。

 なんでかな……でも、明日になったらミツキのお願い事が叶うんだから。

『うん、また明日ね!』

 って、神様と猫ちゃんにバイバイした。



『えっとね、ミツキちゃん……えー、まずは捧げものありがとう』

 次の日、神様は黒い猫ちゃんを抱っこしながら言った。

『ササゲモノってなに?』

『え、あ、これこれ、これのことだよ!』

 神様は、昨日ミツキが置いたキャンディの缶を指さした。

『これ、黒龍様の大好物なんだよね。あ、黒龍様って言ってもわかんないよね……えっと、とにかく、この捧げもののお礼として、君の願いを聞こうと思うんだ』

『やった! パパができるんだ!』

 あの、ママが大事にしてる写真に写ってる男の人。あの人がいい!

『あ、いや、その……色々と複雑な事情があってね、すぐにはお願い事叶えられないんだけど』

『えぇ……なんだあ……』

『あ、そんなに落ち込まないで! ミツキちゃん、自分のパパに会いたいんでしょ? その姿のままじゃ難しいけど、ちゃんと会わせてあげるから』

『ほんとに?』

 神様は、ちょっと変な顔をしていた。少しさみしそうな。

 どうしてかな……ミツキは、すんごく嬉しいのに。

『これは、魔法のブレスレットだよ』

 神様が私の手首になにかをつけた。

『あ、これ、猫ちゃんの首輪とおそろいだ』

 黒い鈴に、三日月の飾りがついている、かわいい首輪。

『喜んでもらってるのが心苦しい』

『え?』

『あ、いや、じゃあ今から魔法をかけるから、目をつぶって、十数えて』

『はぁい! いぃち、にぃい……』

 あれ? なんだか体がムズムズする。なんだろ?

『じゅう!』

 にゃーん!

 あれ? 今、にゃーんて……ミツキから聞こえたような……それに、地面がすっごく近い。

『はい、鏡。ミツキちゃんは、今だけ猫さんです』

 しゃがんだ神様が持ってる鏡には、茶色い猫さんが映っていた。

 大変だ! ミツキ、猫になっちゃった!

『大丈夫、パパのことが解決するまでの期間限定だし、夜は元の姿に戻るからね!』

 あ、良かった、戻るんだ……これでパパに会えるんだ、早くパパに会いたい!

『よっこいしょっと……じゃ、黒龍様、ちょっと行ってきます』

 神様は黒猫さんに言うと、ミツキをひょいっと抱っこしてくれた。

『行ってらっしゃい。よろしく頼むよ』

 黒猫さんから男の人の声がして、ミツキはびっくりしちゃった。

 今は猫さんだから、猫さんの言葉がわかるのかな?

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