第2話 異世界の似た者 月はもうそこにないかもしれない

「……え? いいの、言っちゃって? あー、旦那の方ね! 旦那の方に原因があるね! はい、以上、おしまい!」


 子どもなんて、望めばいつでも自然に授かるものだと思っていた。

 あの日、あの龍神の言葉を聞くまでは。



「う、嘘だ! だって兄貴達には子どもがたくさんいるんだ、同じ親から生まれてきたのに、俺だけその能力がないなんて、そんなわけない!」

 俺は目の前の巨大な龍神に向かって喚き散らした。

「あー、君、次の人待ってるから……苦情は苦情係に言ってね」

 年若い男の神官が、俺の体を無理やり龍神の前から移動させる。

 くそ、なにかオカシナ技を使いやがったな、身動きがとれん。

「もう、恥ずかしいから叫ばないでよ……ククク……」

 隣の妻が忍び笑いを漏らす。

「くそっ、なにがおかしいんだ!!」

「だっておかしいじゃない、あんた子どもができないこと、散々私のせいにしてきたでしょ。ざまあ」

 妻の表情は笑っていたが、その視線は凍えるほど冷たい。

 俺の全身からざあっと血の気が引く音がした。

「この国には、一度結婚したら別れられないってルールがあるのが、ほんっとに残念だわぁ」

 さらに追い打ちをかけるような、ねっとりとした妻の口調。

 たらり、冷たい汗がこめかみから流れ落ちた。

「そ、そうとも! 俺達は別れられないんだから、夫婦でいるしかないんだ! そうだ、養子……孤児院から養子を迎えよう!」

「私には、能力があるのよね。子を授かる」

 とんでもない殺傷能力を持つ一言が、俺の体を硬直させた。

「な、なに言ってんだ! お前は俺とは別れられないんだぞ! それに、浮気はバレたら国外追放になる……生きていけないだろ、そんなんじゃ!」

 ようやく唇からこぼれ出た自分の叫び声は、上ずっていて、まるっきり敗北者のもののように聞こえた。

 なんて情けない姿だろうか……心の底から崩折れそうになる。

 神殿の前で足を止め、動けなくなった俺を、妻は一瞥して、ふふん、と笑って颯爽と歩き出した。

 前を向いて。

 それはもう、嫌になるくらい、しっかりした足取りで。

 その後ろ姿には、もう不安しか感じられなかった。

 俺、捨てられるんだ。

 結婚してから今に至るまで、子が授からなかった十年間。

 俺はその原因を、散々妻のせいにしてきた。

 だって、俺の二人の兄貴には、子どもがそれぞれ五人もいたからだ。

 同じ両親から生まれたのに。

 なんで、俺だけが授からないのか。


 俺の国には、なんでもお見通しの龍神様がいて、国民は生涯で七回だけ、直接問いかけができるシステムになっている。

 生まれてすぐに、七つの水晶があしらわれたブレスレットが支給され、一つ質問すると七つある水晶が一つずつ透明から黒に色が変わる。

 俺の手首にあるブレスレットの水晶は、今回の問いで五個めが黒くなった。

 俺はそれをぼんやりと眺めていた。

 聞かなきゃ良かった、あんなこと。

 なんで聞いちゃったんだろう、あんなこと。

 子どもができなきゃできないで、妻と二人でのんびり暮らせば良かった!

 ああ、もう後悔しかない!


 苦情はこちらまで、とまた別の神殿の案内図があるが、今は文句すら言う気力がない。

 俺は重い足取で、家に向かって歩き始めた。

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