2 美術女子
バス通りに続く坂道を、高等部生徒たちの下校がはじまった。
「——あの編入女子」
上級生とわかる女子が、まとまって
高等部の下校時間、坂道の男女比率は圧倒的に女子が多い。
高2、高3は、暁の星学院が共学になる前の女子校時代の生徒だ。女子しかいない。
共学になったのは、青木と小日向が中1の時。
男子一期生が今の高1だから。
「
おねえさまの集団をやり過ごしている間も、小日向は肩をふるわせていた。
「やめろ」
青木が渋い顔で、小日向の背中をはたいた。
「オレがカンちがいしてカラ回りしてたのが、楽しくってしかたないかよ」
中等部1年のときからの友を、かるくにらむ。
「だってさぁ。編入女子がオレの方ばっかり見てくる。
小日向は笑いすぎて、涙まで浮かべている。
青木によると、
その亜紀が青木を見たとたん、ぱっと瞳を輝かせたのだという。
「もう絶対こっちばっか見てるし。口数少ないけど、いい子かもしんないし。いや、グループが出来上がってる高等部に編入して心細いだろう。ちょっと気持ちをほぐしてやろうと思ったいたら、オレのカラダ、見てたんかーい、だよ」
ふだん、ご陽気な男子もさすがに、がっくりきたわけだ。
「っと」
青木が立ち止まった。
「田辺のプリント、置いてきた。
数学の宿題プリントが机に入ったままなのを、青木は思い出した。
「いっしょに帰れる日なんて、そうないだろ。ぼくも行く」
その頃、白井亜紀は教室に誰もいなくなるのを待っていた。
自分ひとりになったところで、おもむろに机の脇にかけていた、黒ナイロンのトートバックから
左手に2Bの鉛筆。
自分の右手がデッサン対象。
夕方の、ぬるいお湯のような光が描きたい。
放課後の教室は、からっぽ。だけどカーテンのひだに、まだ誰かの残像が、かくれんぼしているような気がする。そんな空気だ。
深呼吸してから、はじめる。
「——」
少し時間がたったのかもしれない。
「――
亜紀が集中していたところに、急に誰かの声が響いた。
「ぎゃっ」
動転。
水に潜っていて、いきなり水面に引っ張り出された魚のように。が、たーん。亜紀は椅子から立ちあがって、なぜだかバランス崩して、どたーんと倒れた。
(……うぅ)
床にひっくり返った亜紀には、トラバーチン模様の教室の天井が見えた。その次に、視界に入って来たのが〈虹色男子〉だった。
「ご、ごめん。急に話しかけて」
小日向は、亜紀の驚きっぷりに驚いていた。
青木と小日向が連れだって、放課後のCクラスに戻ってきたら編入生が、ひとりで絵を描いていた。
声かけたら、編入生がひっくり返った。
というのが、今の現場の状況。
「……」
しかめ面で、ゆっくり亜紀は上体を起こした。頭は打たなかったが、腰が痛かった。
「わた、し……」
中学の時もこれをやって、おかしな子だと噂がひろまってしまったのに。
(やってしまった)
だから、絵を描くときは、ひとりのときにしようって決めていたのに。
素早く、クロッキーノートと筆箱をトートバックに突っ込む。
「ごめんなさいっ!」
学校鞄とトートバックをひっつかみ、亜紀は廊下へ飛び出した。
あとには
「——なんか、おもしろい人みたいだね?」
小日向は、床に転がった2Bの鉛筆をひろいあげた。
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