第39話
「そんな魔法具を作っていたなんて、アロイス様もやるわね。見直したわ」
魔術師団長をぶん殴った後、私は謹慎になった。
侯爵で魔術師団のトップを殴ったのだから、何かしらの罰は当然だ。でも彼は罪人で、私も被害者だからと、一日だけの謹慎で済んだ。
『弟のために怒ってくれてありがとう』
ヘンリー殿下が笑いを堪えながら私に言ってくれたのが印象的だった。
(あの冷静で穏やかなヘンリー殿下が愉快そうな顔……)
アドを馬鹿にされて、ヘンリー殿下も腹を立てていたのかもしれない。
やっぱりアドは想われているんだなあ、とほっこりしたところで、イリスがじっとこちらを見ているのに気付いた。
「で?」
「で? とは?」
「アドリア殿下に好きって伝えるの?」
ブーッ、と飲んでいたお茶を吹き出す。
「ちょっ……、あんた……何度目よ!!」
そう言いながらも、イリスは予測したかのように華麗に避けている。
「だって……」
私はそんなイリスに顔を赤くして口をパクパクさせた。
「好きって自覚したんでしょ? 殿下のこと」
「なん……で」
机に肩肘を付きながら、もう片方の手の指をくるくると回すイリス。
「顔に書いてある」
「!」
イリスの言葉に顔がボッと熱くなる。
「わかりやすいんだよね、殿下もミューも。ねえ、覚えてる? あんたたちは合うって私が言ったの」
「……覚えてるよ」
魔法省でアドに再会して、クビになりそうだった時、イリスに言われた言葉。
あれからもう二ヶ月も経つ。
「明日試験だっていうのに私は謹慎食らって、家庭教師失格だなー」
「ちょっと、ミュー?」
話を逸らす私にイリスが眉を吊り上げる。
「言わないよ」
そんなイリスに私はきっぱりと告げる。
「え……何で……」
私の言葉にイリスは意外そうに続けた。
「あんたたち、お互いに想い合ってるんだから、何の問題も無いじゃない」
「問題、ありありよ!」
魔術師団長が魔法騎士団に拘束され連れて行かれた時、私は国王陛下とヘンリー殿下に呼び止められ、三人だけで話した。
★
「ミュリエル嬢、君を見誤っていたこと、許して欲しい。アドリアは随分といい方向に成長したようだ」
「いえ。アドリア殿下の努力の賜物です」
「……あいつと初めてちゃんと向き合って話をした気がするよ」
陛下は父親の顔で優しく笑った。
「あいつとちゃんと話をする約束、明日の試験が終わったら、必ず果たそう」
「その節は申し訳ございませんでした……」
陛下に啖呵を切った自分に恥ずかしくなり、私は深々と頭を下げた。
「その……あいつが君のことを大切な女だと……」
陛下が言いにくそうに私を見たので、ああ、と思った。
「今回の功績として、シルヴァラン伯爵家の家名を君が名乗れるよう手配しよう。それに、魔法学校への教職も復帰できるようにしようじゃないか」
「本当ですか!?」
ありがたい申し出に、私は素直に喜ぶ。
あの両親と顔を合わせることなく、勘当を撤回してもらい、今後も関わりなく仕事をしていけるなら願ったり叶ったりだ。
「しかし、シルヴァラン伯爵家は今の代で終わりだ。君はそのうち没落する。必要ならいい縁談も紹介しよう。でもアドリアは――」
陛下の言わんとすることがわかった。
私はにっこりと笑顔を作り、陛下に言った。
「陛下、アドリア殿下は師として私を慕ってくれているだけです。姉のような存在なんです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうか――」
私の言葉に陛下は安堵した顔を見せた。
「アドリアはこれから魔法騎士団の副団長としてこの国を、ヘンリーを支えていくことになる。あいつにはそれなりの伴侶を、と考えている。そこを魔術師団長につけ入られたのは申し訳なかったが……」
「いえ、当然です。それに、王家として魔力量のある継承者を、途絶えさせるわけにはまいりませんからね」
アドは魔力量が高い。そのアドと結婚してその子供にも継承させていくには、相手にも高い魔力量が求められるだろう。
自分の自虐に傷付きながらも、私はにっこりと笑ってみせた。陛下は少し困ったように笑ったが、優しく声をかけてくれた。
「君にアドリアの家庭教師を担当してもらえてよかった」
「そのお言葉だけで身に余る光栄です」
陛下に頭を下げると、私は一つだけお願いをした。
★
「明日の試験が終わっても、アドが魔法騎士団に入るまでは、あと一年ある。私が家庭教師でいられるためには、恋だの言ってられないんだよね」
明日の試験にアドが合格したら、約束通り私はあと一年だけ家庭教師を続けられることを改めて陛下と約束した。イリスに説明した所で、目の前の彼女は震えて怒った。
「ばっかじゃないの!? そうやって一人で決めて! 殿下には!?」
「言えるわけないじゃん。アド、今が一番大事な時なんだよ? それに、夢だってある」
その夢を邪魔したくない。それに。
「アドはさ、副団長になったら、私の夢も持って行くって言ってくれた。だから、それだけで充分」
「ミュー……」
ぎゅう、とイリスが私を抱きしめる。
「実家が没落したら、私塾でも開こうと思ってるんだー」
「……それ、私が出資したげるわ」
「えー、それは助かる!」
私の代わりに少し泣いているイリスが冗談っぽく言ったけど、彼女なら本当にそうしてくれそうだ。
それから私たちはイリスが買い込んだエールでまた乾杯をして、飲み明かした。
イリスがずっと「バカミュー」と繰り返していた。
私はそれを聞きながら、明日のアドの試験が上手くいきますように、と願った。
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